第163話 終わりの始まり

「負けた……? 私が……? 何故だ……?」


 ルシファーは仰向けに倒れ伏し、今の自分に起きた事を理解出来ないでいた。


 リンの体力も限界だった。ルシファーの横で膝を突き、なんとか耐えている。


「こんな事ありえない……私はルシファー……無数に瞬く星の如く輝き……神にも手が届く私が……」


 力が抜けていく。リンは的確に肉体と精神を繋ぎる楔を斬り裂いていた。


「終わりだよ……お前はもう一度眠るんだ」


「ふざ……けるな! 私は下界の者達を愛している! その私に尽くし! 平伏するのが……お前達の役目であろう!?」


「そんな一夫通行の『愛』に……誰がついてこれるんだ?」


「な……に……!?」


 ルシファーにはルシファーの考えがあったのであろう。


 ルシファーは考え、答えを見出し、そして実行した。


「人間は誰しも強くない 寧ろ弱いんだ……ちょっとした事で躓く ちょっとした事でも傷つく……だから力ある者が弱い人達を守るんだ」


「そうだ! だから私は……っ!」


「お前の与える『強すぎる愛』は……弱い人間には余りにも強すぎる」


 どれだけ考え、実行しても、力ある者が掲げた輝かしき『理想』は、か弱い者達には薄暗い『現実』しか映らない。


「手を貸しても『寄り添う事』をしなかった……無理やり与えるだけ与えて」


 決して釣り合わない対価。


 当然払える筈が無い。対等でない相手と、結べる筈が無い。


「して当然だとか……自分が正しいとか……『傲慢』だろ?」


 力その物は悪では無い。


「正しい事は『正義』では無いんだ アンタの人間に対する思いは正しくても……行き過ぎてしまえばそれは悪にも劣る『偽善』になる」


 力その物は正義でも無い。


 だから力ある者が力に溺れるのか、それとも誰かの為に使うのか、与えるのであれば『責任』を持たなくてはならない。与えられた者は、与えられた力に『相応しくなる責任』を持たなくてはならない。


「だから……ちゃんと『見定めて欲しい』 弱くても必死に迷って選んだ道は……正しいのか間違ってるのかは……きっと進んでみないとわからないから」


 理想を掲げ、自分の正しさを選んだ者の末路。


「お前も……『傲慢』だな……魔王の私に説教が出来る立場にいるとでも?」


 薄れゆく意識の中、ルシファーはリンに言う。


「別に……俺だって人類代表で言ってる訳じゃあないさ ただ余計なお世話って思うヤツもいるんだって話だ 案外……弱くても何とかなるんだってな」


「それこそ余計なお世話だ……誰よりも正しい私が間違える筈が無い」


 たとえ神であろうと、自分が信じた『正しさ』であれば、叛逆する事すら厭わなかった『光をもたらす者』であり、かつて『明けの明星』であった熾天使の成れの果て。


「私は『ルシファー』……神にもっとも近き者 『傲慢の魔王』だ」


 憤怒の王と共に目覚めた魔王は、再び長き眠りにつく事にした。


「まあ……私が信じた『人間』の願いだ……叶えてやらん事も無いぞ?」


 一度は神に敗れ、今度は神と魔王、そして人間に敗れさった。


「……良い返事を期待してるよ」


 ライトゲートの王エルロスの体から、ルシファーは完全に姿を消した。


「息は……あるな」


 十二翼に目覚めたばかりのルシファーであれば、エルロスの体から引き剥がす事が出来ると考えたが、本当に一か八かであった。


「よくぞやり遂げた優月ユウヅキ リン 勝利をもたらす戦の神である我がいたのだ 当たり前の事ではあるがな」


「それと……そこにいる『魔王様』のおかげだな」


 最後の最後に切り札を見せたもう一人の魔王サタン。


「一時だけの共闘戦線というヤツだ……利害が一致していたからな」


「……じゃあ今は『敵同士』だな?」


「そうなるな」


 獣の様な姿から、今の魔王の姿はまるで『竜』である。


 肉体は魔王の力と竜の力が融合し、より強大な力を覚醒させたサタン。


「ふん……今のお前を倒しても意味が無い 俺は『最強の聖剣使い』を倒す その為にお前を泳がせてきたのだからな」


「見逃すってのか?」


そうだ・・・ 残る聖剣はあと四つ……もうじき手に入るであろう」


 正々堂々と、互いの全力をぶつけて勝利を収める事が、魔王サタンが世界征服をするうえで、絶対に譲る事の出来ない重要な条件。


「ドライ」


「お呼びですか魔王様」


「帰るぞ 戦の準備を進めなくては」


「かしこまりました」


「魔王サタン!」


 この場から離れようとする魔王を呼び止めるリン。


「……俺はお前を許さない 必ず今までの償いをさせてみせる」


「やってみろ……早々に『ギアズエンパイア』へと向かうが良い そこでお前達人間は対魔王軍に備えているのであろう?」


 次に向かう目的地。魔王軍との最後の戦いの為、沢山の兵士が集められている。


「決着の時だ……俺の前に立ち塞がるのはお前か? それとも……再び伝説の英雄である 『もう一人の聖剣使い』が世界を救うか?」


「何だと……?」


「俺は……は『魔王サタン』 憤怒の魔王! 止められるものなら止めてみせろ! 異世界から転移せし……もう一人の英雄よ!」


 最後にそう言い残し、魔王三銃士のドライと共に姿を消した。


 それと同時に、ドライが創り出した『仮想世界』も崩れていく。この世界を創造したドライが離れたからだ。


「これで我の役目も終えたか……ならば我も消えるとしよう」


(もう一人の聖剣使い……まさか?)


優月ユウヅキ リン


 戦の神『バイヴ・カハ』が呼ぶ。


「よくぞ成し遂げた お前は人類の脅威になり得る存在である魔王を倒した」


「……力は借りっぱなしだったがな」


 一人では絶対に勝てなかった。


 圧倒的力で捻じ伏せられ、神と、敵である筈のサタンの力を借りて漸くだった。


「前にも言ったな 『神は戦場と共にあると』な」


 魔王サタンとの戦いの後、助けたリンを再び送り出す時に言った言葉。


「再び異常事態が起こればどうなるかわからん……だが神である我は下界への干渉は出来ん 顕現できるのは神界の眼の届かない『仮想世界』にいる時か……または『第三段階』に移行した場合だ」


 第三段階である『神の干渉』に入った時、それは神と魔王の想像を絶する戦い。その始まりを告げる破滅への戦いの鐘がなる時。


 今ドライが創り出したここ『仮想世界』の崩壊の様に、この現象が現実にも起こりえるかも知れないのだ。


「だから我と契約しろ・・・・・・ お前が我を戦場に呼ぶのだ」


「どうやって……?」


「簡単だ 『ゲッシュ』の応用だ」


 槍を突きたて、魔力を込める。


「『誓う』のだ 神である我に その誓いを『対価』として我が力を貸そう……必ず成し遂げられる誓いを立てろ? さもなくば災いが降りかかるのでなぁ?」


 だからといって、大した誓いでなければ意味が無い。


 誓いに込められて思いが強ければ強いほど、相応の力が与えられ、破られた時には相応の代償を支払わなくてはならない。いわば『呪い』の力である。


「問おう お前は神に何を『誓い』……何を背負い力を得る?」


 力を得る為、されど背負った物を絶対に守れる誓い。


「俺の『ゲッシュ』の内容は……」


 考え、出した答えは。


「何があっても……『世界を守る』だ」


 何よりも重く、難しい。絶対に破れない誓い。


「……大きく出たな?」


 無謀な誓いだと笑われてしまうかもしれない。


 だが決して『不可能』ではないと、信じられる誓いでもあった。


「ゲッシュ……破る事禁ずる そなたの誓いは『バイヴ・カハ』が聞き届けたぞ」


 現れる一冊の本。


「一度だけだ……お前が我名を告げたときに一度だけ 力を貸してやる」


 ゲッシュを交わし、得た力は『召喚』の力。


「大事に使え この方法も本来は違反なのでな……また会おう」


 バイヴ・カハは光となって本に吸い込まれる様にして消えた。


 次に出会うときは、リンがこの本から『呼び出した時』である。


「……大事に使わせてもらおう」


 ドライが創り出した世界は消え、元の場所へ戻される。


 ライトゲートでの戦いは終わった。次の目的地が最後の場所となる。


「ギアズエンパイア……魔王軍との最後の戦いの場か」


 終わりの始まり。次の目的地を最後に、旅は終わりを告げる。

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