第162話 切り札

「ルシファーよ! お望みの『神』が相手になってやろう! 我を失望させるなよ? 戦いは楽しまなくてはなぁ!?」


 戦の神『バイヴ・カハ』が二本の槍を構える。


 先程までの深紅の姿から髪とマントは灰色となった。三相女神の神『ヴァハ』から『モリガン』へと、力の性質の変化が表面化したからだ。


「戦う事にしか能の無い野蛮な神が……図に乗るな」


「それはお前が言えた義理か? 戦いの最中に余所見をするな」


 たとえバイヴ・カハがいなくとも、もう一人の魔王である『サタン』がいる。


 魔剣『グラム』を握るサタンの力とはほぼ互角。今の状態でバイヴ・カハが加わるのは、ルシファーにとっては不利である。


「まだまだ……私の勝利は揺るがない」


「大した自信だがどこまで持つかぁ?」


「その前に報告だ諸君……私は再び『覚醒』する」


 背に生えた八枚の翼。そして新たに十枚目の翼が加わった。


「これで『十翼』だ……もうわかるだろう? 復活はすぐそこだ!」


 十二翼まであと少し。もう一度覚醒した時こそ、傲慢を掌る魔王ルシファーがこの地に完全に『蘇る』時が近づく。


 槍がルシファー目掛けて投擲されるが、寸前のところで掴まれる。


「お返ししよう……神よ!」


 掴んだ槍を投げ返す。その投げた瞬間を狙って、サタンは斬りかかった。


「随分動きが遅くなったな……いや 『私がお前を超えた』のか?」


「!?」


 動きは見切られ、魔剣はルシファーを斬り裂く事無く、代わりにサタンの腹部が殴りつけられ返り討ちとなる。


(翼が増えるごとに力が増している……流石に一筋縄ではいかないな)


 受けたダメージからも、力が増している事実感させられるサタン。


「神の槍を粗末に扱うな」


「これは失礼……多少は礼節に心得があったのですね?」


「……いい度胸だ」


 拳に魔力が集まっていく。


「堕天使風情がよく吼えた! 褒美に轢き殺して・・・・・くれようか!?」


 魔力を宿した拳を地面へと叩けつける。すると魔法陣が現れ、そこから赤い馬が牽く『戦車』を召喚した。


「駆けよ我愛馬! 眼前の敵を討て!」


 主であるバイヴ・カハの声に応え、赤き馬は戦車を牽く。


「神との戦いなど……何年ぶりかぁ!?」


 遥か昔の戦い。神と天使の戦いは神が勝利し、天使達は堕天した。


「戦の神の力! どれ程のものかぁ!」


 ルシファーへ向かう戦車を、真正面から受けてたつ。


 光を展開し、守りの体制に入るルシファー。


「その程度の守り! 打ち砕けぬと思うか戯け!?」


 バイヴ・カハは槍を突き立てる。正面から受けてたつのであればこちもと、強引に槍を捻じ込んでいく。


「いくぞグラム……遅れを取る訳にはいかない」


 更にサタンが攻撃を加え、光の盾は砕け散る。


「『動乱どうらん暴翼ぼうよく』」


 だが光の盾が砕けると共に、ルシファーは迎撃の準備を終えていた。


 輝く十翼がバイヴ・カハとサタンを嵐の如く襲う。咄嗟に守りに入ったが、完全に防ぐ事は出来なかった。


「全盛期まであと少し 魔王も神も……私には敵わない!」


「流石はルシファー……今のままでは・・・・・・勝てないか」


 攻撃を受けつつも、立ち上がるサタン。


 今の一撃で戦車を壊されたバイヴ・カハ。


「まったく……手を煩わせるな?」


「今回ばかりは神でもお手上げか?」


「馬鹿を言うなサタン これしきの事で膝を突くなどありえん」


 確かに戦車は失いはしているが、バイヴ・カハ自身が傷を受けた様子は無い。


「いい加減お前は使わんのか? 『サタンの力』を?」


 サタンはまだ本気を出していない。その証拠に今の姿は『人間』のままだ。


「……切り札はとっておきたいのでな」


「ほう? そのザマで良く言えたものだ」


「だがまあ……使い時は今だな」


 十翼となったルシファーを相手に、これ以上力を温存できないと判断する。


「どうした? まだ何かあるのか?」


「ああそうだ……今見せてやる」


 魔力が高まる。体は巨大化する。


 悪魔の翼、獣の体、異形の姿をした化け物の姿。


《……いい加減退屈であったろう? そろそろ終わらせよう》


 魔王の力を高めた憤怒の王。これこそが魔王サタンの姿。


「偽りの魔王が……その力を使うか?」


《当然だ 我は『魔王サタン』である》


「……お前がサタンを語るな・・・・・・・・・・


 ルシファーは魔方陣を描き、光がサタンを襲う。だが傷つける事は出来ない。


 サタンの口から放たれた光線をルシファーが避ける。巨体にもかかわらず俊敏な動きでルシファーへ追いつく。


「醜い獣の姿……怒りに身を染めた哀れな魔王だ」


《関係ない 力さえあれば》


 ルシファーの方が僅かに速度が上回っているが、逆に力と耐久力ではサタンが僅かに上回っているこの戦い。


「楽しそうでは無いか? 我も……混ぜろ!」


 二対一の状況では流石のルシファーといえど押されていく。


(まだか……まだ十二翼にはなれないのか!?)


 徐々に追い込まれていくルシファー。隙を見せれば瞬く間に攻撃を受けてしまうであろう。


(……負けられない 私が導かなくて誰が人間を! 魔族を導くか!)


 背に背負った翼が輝く。


「『熾天してん双翼そうよく』」


 翼の光と共に、サタンとバイヴ・カハを怯ませ、その隙に魔方陣を刻む。


「私は正しさを証明する! 神よ! 愛すべき下界の民達よ! 確と見届けよ!」


 何重にも魔方陣は刻まれ、動きは封じられる。


「古代術式展開……目標補足! 起動せよ!」


 凄まじい輝きが包み込む。


「『エンシェント・ニュークリアス』」


 輝きと轟音。ルシファーが放つ古代魔法の究極奥義。


「……少しは効くか」


 初めて見せたバイヴ・カハの苦悶の表情。


《遂に……『十二翼』か》


 今の魔王サタンの姿ですら、大きく傷つく。


「ああそうだ……『遂に到った』のだ」


 神々しく、禍々しく、背に背負う十二翼。


「完成だ……私はこの地に帰ってきた!」


 堕天の象徴である黒翼が十二翼揃う時、傲慢の魔王は蘇る。


「刮目せよ! 畏れよ! 平伏せよ! 私は叛逆の狼煙を上げる者なり!」


 かつて神に最も近いとされ、叛旗を翻した熾天使の成れの果て。


「最後の仕上げだ……この人間の姿を捨てて 真の姿となるだけだ!」


 今までとは比べ物に成らない程の魔力。


 再び神々とに戦いを始めようと、ルシファーはサタンとバイヴ・カハとの戦いを終わらせようとした時。


「俺が……いるんだよ!」


「!?」


 この時をずっと待っていた者。


「……誰かと思えば『聖剣使い』かぁ!」


 ルシファーともう一人・・・・


「良かったよ……本当の完成がその体を脱いだときだったのは」


 木の聖剣は受け止められる。力の差は歴然だった。


「アンタの野望なんて知ったことか……とっとと体を返しやがれ!」


「返してやろう! ただし抜け殻だ! この体の命を触媒に私の命となるのだ!」


「……知ってるさ・・・・・! 俺には『視えていた』からな!」


 完全に同化する前に、リンは体を取り返す。


 ずっとこの時を待っていたのだ。


(時間が無い! あの十二枚目の翼の『繋ぎ』さえ斬れれば!)


 エルロスの体とルシファーを繋ぐのは、背に生えた翼と体の繋ぎ目である。


 繋ぎ目さえ斬れれば体を奪い返し、顕現する為の命が無くなりルシファーはこの世に留まれなくなるのである。


「私とお前の力の差が理解できないか? 所詮『人間』はその程度だ」


「アンタの信じた『人間』ってのは……ここで諦めるのか」


「何だと……?」


「この程度でしり込みして諦めるような存在が……『神を超える』なんてできると思うか? そんな存在を導いたところで高が知れてるなぁ?」


 人間達の頂点に立ち、導こうとするルシファー。


 人間の存在を今、ルシファー自身が否定したのだ。


「……ッ! 黙れッ!」


 傲慢が故に認めない。自分こそが絶対の存在だと信じているから。


 矛盾した考えなど、絶対に認められない。


「私を惑わすな!」


(避けら……!?)


「言った筈だ……お前に『勝利を与える』とな」


 ルシファーの魔法を、バイヴ・カハは身を挺してリンを守る。


「『ゲッシュ』は絶対だ……破る筈が無いであろう?」


「邪魔をする……ッ!?」






 ルシファーへと高速で、|何かが斬りつける。


「あの姿が『切り札』と……誰が言った?」


 獣のような姿は消え失せ、まるで"竜の鎧"を纏ったかのような姿へと変化した、正真正銘の『切り札』を、遂にサタンは切った。


 新たに得た、サタンが覚醒した姿であった。


「馬鹿な!? こんな事があって……!?」


 あり得ない出来事に思考が乱れ、平静を保てなくなる。


「もう一度……寝てろ!」


 この機を逃す筈が無い。


 リンはルシファーと体の繋ぎ目を斬り裂き、エルロスを解放した。

 

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