第161話 神と魔王と人間と

 魔王サタンが、この状況を想定していたのかは定かでは無い。


「ここ『仮想世界』であれば……『神の定めた掟』に従う必要も無いか」


 神は『下界』への干渉を避けている。だからこそ、神が直接手を下す事は本来あり得ない事だった。


 だが世界の理より離れ、魔王三銃士の『ドライ』が創り出したこの断絶された『仮想世界』であれば、神が顕現をする為の隠れ蓑となる。


「まあ……『イレギュラー』ではある 下界にまさか二人目の魔王・・・・・・が現れるとはな? 上手く隠れたものだ」


 戦の神『バイヴ・カハ』がルシファーに言う。


 今回のバイヴ・カハの干渉も本来であればタブーである。しかし想定外の出来事に加え、その本来の目的である『魔王サタン』の討伐を任せた『優月ユウヅキ リン』の危機という状況から、顕現せざるお得なかったのだ。


「人間を依代にしていれば『神界』からも気づかれぬであろう ライトゲート自体にも結界が張られていたしな」


 自らの存在を隠す事と、天高く聳え立つ『塔』の目的を隠す為に結界が張られていた。


 ライトゲートの門をくぐる前に、塔に気づけなかったのもそれが原因である。


「七欲の一つを掌る『傲慢の王』 神に背きし愚かなる堕天使……『ルシファー』よ さあ喜ぶが良い! 我は……『神』は来たぞ!」


 バイヴ・カハは傷つくリンの前に立ち、ルシファーと相対した。


「まさか……下界へと神が舞い降りる事があろうとは……驚いた」


「驚いたのはこちらも同じだ……よもや『バベルの塔をもう一度』などと考える輩が現れる事など考えもしなかったぞ?」


 神の言うイレギュラーとは『神界』への影響の事。


 下界で発生した出来事が、いずれ『神界』へと及ぶと判断された時、その処置として第一に『警告』をし、第二に『忠告』をする。


 そして手に負えないと判断されれば、第三段階である神の『干渉』となる。


 今、魔王ルシファーは『第三段階』であると判断された。


「やはり貴方方神は人間を理解していない……あれ程完成された生き物はいないでしょう? それだというのに何故『奪う』のです? この世に産み落としておきながら何故『認めない』のです?」


「認めているとも……分かり合う事もするし愛し合う事もした だがな……所詮は『神と人間』だ 似て非なる存在だ だからこそ互いの領域に踏み入る事を禁じた」


  そう学んだ・・・・・んだからこそ、神々は関わる事をやめた。


「違うでしょう? 神は人間に『おそれ』を抱いた……自ら生み出した存在に超えられる事に不安を覚えたからこそ! 人間の一部を『魔族』へ変えて互いに争わせた!」


 塔の建設に関わった者達を今の魔族へと変え、理性を失った者、自らの姿に絶望した者達が人間を襲い始めた。


「だからこそ私は愛そう……人間も魔族も! 私が導こう!」


「『神を超えた後』は……その先導者であるお前が新たな『神』を名乗るのか?」


「当然であろう? 私あっての・・・・・人間と魔族なのだから」


 八翼を背負うルシファー。完全な覚醒まであと『四翼』である。


「残念ながら神よ……貴方は私の求めた神では無い 転生を繰り返した末に妖精となった貴方では……純粋な神とは言えない」


「それは『ヴァハ』の事か? 我は三柱であり一柱……一つの器として顕現しているが故に我ら・・を指すのであれば『三相女神』である事を覚えておけ」


 瞳の色が紫へと変わり、髪と全身の衣装が真紅に染まる。


「これが『ヴァハ』だ 文句があるのなら直接言え」


 バイヴ・カハが魔法を放つ。


「文句などありません……邪魔さえしなければ!」


 光の盾が魔法をはじき、八翼が輝く。


「『永遠えいえん破滅翼はめつよく』」


 王の間全てを包み込む強大な光が放たれる。バイヴ・カハは背後に倒れたリンを抱え、身を守った。


「無事か? 優月ユウヅキ リン?」


「……そう見えるか?」


「大丈夫そうだな」


 今までであれば、深手を負った時点で戦う事は出来なかったのだが、木の賢者の石『ローズロード』を手に入れてから傷の治りは劇的に速くなった。


「とは言っても無敵じゃあ無い 今日だけでもかなりこの力は使ったし再生力が落ちてる……それに体力までは戻らないしな」


「驚いたぞ? お前が『サタン』と共闘するとはな」


「成り行きだ……そのサタンはどうした?」


「今の一撃で消し飛んでいれば良いのだが」


 辺りを見渡すと、魔王サタンの姿が見当たらない。


「まさか逃げたか? 敵わぬと判断したのか 賢明だな」


「馬鹿も休み休み言え」


 声のした方向を見やると、上空で魔王が見下ろしていた。


「上の方に隙があってな 飛んでいただけだ」


「そもそも……逃がすと持っているのか?」


 サタンの背後にルシファーが回りこむ。


「残念だったな もう馴れた」


 ルシファーの手刀で貫かれる筈だったサタンの体は、難なく対応したサタンに防がれる


「同じ手は食わん」


「それでも私が上だ」


「いいやお前が下だ」


 上空で繰り広げられる攻防。高速で繰り広げられるその光景に、リンには追いつけていなかった。


「魔王二人に神様一人……もう俺はいらないな」


「まあ待て優月ユウヅキ リン なるべくは我も手を出したくない お前も戦うのだ」


「勘弁してくれ……人間辞めろってか?」


「もう充分辞めているぞ」


 そう言われてしまえばあまり言い返しも出来なかったのだが、今は任せるしか出来なかった。


「ルシファーの完全体……『十二翼』になるその時になるまで俺は倒せない」


「狙いは何だ? 倒すだけでは駄目なのか?」


「俺は憑依された『エルロス』ってヤツを助けたい 今までの態度がどっちの性格かは知らないが……倒すのはルシファーだけだ」


 敵はルシファーではあるが、憑依されたライトゲートの王である『エルロス』まで巻き添えにする訳にはいかない。


「ルシファーの本体は『翼』だ まだ生えてきていない翼……おそらくは『十二枚目の翼』が寄生している本体なんだ」


 相手の急所、命そのものを視認する力。


 リンの目に映ったエルロスに絡みついた『糸』こそ、ルシファーがエルロスを縛りつけ、傀儡のように操っている力の正体であり、それを断つ事が出来ればエルロスは解放されるであろう。


「翼が増える度に絡み付いた糸が減っている 糸が全部無くなった時……つまり『覚醒した直後』に引き剥がせば解放できる」


「その根拠は? そもそも態々助ける必要など無いであろう?」


「アンタも言うか……俺は『手の届く人』は……なるべく助けたいんだよ」


 危険だと理解していても、微かな希望を信じたい。


「勿論チャンスは覚醒しきる前だけだ 完全に同化される前に引き剥がす必要がある……出来なければ諦めるさ」


 たとえ今の状態でルシファーの翼を捥いだところで、直ぐに再生されてしまう。一瞬にして消し去る事も難しい。


 ならば覚醒した直後に、剥き出しとなる本体である『急所』を狙うというのも間違った考えでもなかった。


「……まったく面倒な話だ」


「ここは可愛い人間を助けると思って協力してくれ」


「自分で言うか」


 深紅の髪が灰色となり、手には二本の槍が現れる。


「まあ良い 戦の神の名にかけて……『ゲッシュ』を交わしてやろう」


 ゲッシュとは『契約』である。


 破る事ので出来ない契約。破れば災いが降り注ぐ『禁断の誓い』である。


「戦士……『優月ユウヅキ リン』に誓おう 必ず其方に『勝利』を与えよう 戦の神である我ら・・三相女神の『バイヴ・カハ』の名に懸けて」


 契約を破れば災いが、守るのであれば力を与えるゲッシュ。


「気に入ったぞ 褒美としてお前の為に戦ってやろう」


 戦の神は、槍を振るった。

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