第165話  締め付ける思い

「ハーイ町に到着よー 『ギアズエンパイア』まではまだ時間がかかるから今日はこの町で休憩にしましょう」


 対魔王軍に備え、各地から兵力が集まるギアズエンパイアに向けて、リン達聖剣使い一行は馬車を走らせる。


 ライトゲートからは少々距離がある場所。流石に出発して直ぐに着くのは無理があった為、休憩できそうな手ごろな町を転々としていく。


「やっぱ馬車は居心地悪いな~オレはやっぱ船が良いよ」


「なんだぁ? そろそろ姉ちゃんが恋しくなったのか?」


「このオレに喧嘩売るとは良い度胸だなチビルゥ?」


「まあまあそう怒りなさんな……で? レイちゃんのお姉さんは美人なのかい?」


「殺すぞオッサン」


 和気藹々かと言われると少々疑問だが、まあいつもどおりだろうとリンも特には気にせず、町の様子を窺う。


「ここはギルド街じゃあないか……だったらシオン 一緒に宿探しでもするか」


「えっ!? いや! 勿論良いけど……」


「ハイハイ! オレも一緒に探します!」


「命令だ お前はどこかで別のところで時間を潰せ」


「ラジャー!」


 この変わり身の速さ、レイ以外にはとても真似できないであろう。


「だったらオレも久しぶりに羽目を外すかねえ」


「外し過ぎて町出禁になるなよ」


「はいはいわかってますよ」


 雷迅が離れると同時に、皆自由時間となる。


「それじゃあシオン殿……デートを満喫するでござるよ?」


「ちょっとアヤカ!?」


「ではリン殿! 宿探しは任せた!」


「……何の話しだったんだ?」


「え~と……なるべく広いとこが良いって」


 ただでさえ意識していたというのに、アヤカの一言で余計に意識させらてしまうシオン。


「悪いな いつも任せて」


 二人っきりのこの状況。なった事何度かあるが、リンから誘うのはあまり無い。


(どうしよう……意識した途端話しづらくなっちゃった)


 いつもの調子で話そうとすると、途端に普段何を話してるかわからなくなる。


「……ありがとう」


「え?」


 宿を探す為、町を散策する二人。


 何か言わなくてはと考えて沈黙が続くなか、意外にも先にリンから、それもお礼の言葉を言われるシオン。


「アンタにはいつも頼ってばかりいるからな ちゃんと礼を言っておきたかった……ほんの少し頼りないとこもあるけどな」


「何よそれ?」


「さあ? 何のことだろうな?」


「もう!」


 緊張がやわらぎ、いつもどおりの雰囲気に戻される。


 いつもなら積極的に話しはしないであろうリンが解してくれた事、なによりもリンがそう思っていた事に嬉しく思うと同時に、それが『別れ』の時が近づいているからであろう事を察した。


「ギアズエンパイアについたらゆっくりもしていられないものね……魔王軍との全面戦争になるだろうから」


「そういうことだ ゆっくりできるのは戦いが終わってからになる」


「勝った時限定で……ね?」


「難易度は高いな」


 やっとの思いでここまで来たが、勝たなくては意味が無い。


「リンは強くなったよ 私全然教えられなかったし」


「でも魔法のことは教えてくれたろ?」


「ほんの少しだけね 鍛えるのはアヤカに取られちゃったし」


 最初にアクアガーデンで出会って、王妃の命令で一緒に旅をする事になったシオンは、面目上は護衛と戦闘経験の浅いリンを鍛えるという役目があった。


 ただその役目はカザネ以降はアヤカが担っていた。魔法を教えるといっても、特別得意という訳でも無い魔法は初歩的な事で、役に立てたかはわからない。


「だとしてもだ シオンは俺に『誓い』をしてくれた……そのおかげで聖剣が使えなくなった時も 二手に別れる時も助かった」


 アクアガーデンに伝わる『誓いの儀』により、魔力を繋いで魔力を分け与えたり、互いの位置をしらせる事ができるのも、シオンだけである。


「一度きりしか使えないのに俺なんかにしてくれたんだ 本当に感謝してる」


(惚れた弱み……なんて口が裂けても言えないわ)


 最初は馴れない男性にどぎまぎしてというのもあった。


 が、口が悪いながらも他人を思いやる優しさを知り、いつもどこか儚げな様子でほっとけないリンを知っていく内に、どんどん惹かれている気持ち。


「俺は助けられてばかりいる なんでも一人でいた方が楽だってのに……仲間がいなければここに来るまでに何度も死んでいた」


「……随分素直ね?」


「俺はいつも素直だ」


 その言葉に若干不信感を持つがあえて口に出さなかったシオン。


「何だその……何か言いたげな顔は?」


「別に~? リンがそう思ってるならそれでいいかって」


「それはほぼ答えだ」


 二人で楽しく町を歩く。目的の宿を探しながら、ささいな会話に花を咲かせ、愛おしい時間はあっという間に過ぎていく。


「どこが一番良かった?」


「個人的には三番目の宿か……安かったからな」


 日は沈み始め、人も少なくなってきたのでそろそろ決めなくてはならない。


「私は五番目かな~少し高いけどその分広くて綺麗だったし」


「なら五番目だな」


「あれ? 何か意見とかは無いの?」


「別に拘りはない 一緒に探したのもシオンと話す口実が欲しかっただけだしな」


「……ん?」


 何かとんでもない事をさらりと言われた気がすると、シオンはもう一度リンに尋ねてみる。


「ごめん もう一度言ってくれる?」


「シオンと話す口実が欲しかったからの部分か?」


「そこよ!」


 聞き間違いなどでは無い。リンはシオンと話したかったという理由で、二人っきりの状況を故意に作り出し、まるで『デート』の形にセッティングしていたのだ。


(これはあれよ! 所謂『脈あり』のサインよ! 前に本で読んだもの)


 ちなみに参考書は少女漫画である。


「……嫌だったか?」


「いいえ全然まったくもって」


 こんな展開予想していなかったと、胸の鼓動が早くなる。


「シオン……聞いていいか?」


「な……なんでしょうか?」


 リンの口から「俺のことどう思っている?」など言われてしまえば、もう正直に答えるしか出来ないであろう。


(あーでも心の準備がまだ……)


「アンタのとこの『ピヴワ王妃』のことなんだが……」


「他の女の話しをしないでよ!」


「アンタの国の王妃だろう!?」


 期待は裏切られる。縮められた寿命は無駄だった。


「貴方のそういう思わせぶりな態度良くないと思うの!」


(……何で怒られてるんだろう?)


 強いて言えば言い方が不味かった。


 図らずともシオンの心を弄んでしまい、女心がいまいち理解できていないリンは気づいていない。


「ハァ~……それで? 王妃が何?」


「いえ 連絡の方はまだつかないのでしょうか?」


 シオンの怒りがヒシヒシと伝わり、思わず敬語となってしまう。


 まあ期待してしまったのは自分だからと諦めて、今だ通信不能なピヴワ王妃についての事を話すシオン。


「今のところはね アクアガーデンが襲われた情報も無いから心配してないけど」


「通信が出来なくなったのは『ド・ワーフ』の時からだな」


「そうね」


「最後の内容は『アレキサンドラ』が襲われている……心当たりは無いか?」


「……残念ながらね」


「そうか……悪かったな 呼び出すみたいになって」


 納得し、すぐに引き下がるリン。


「まあ私お姉さんですから それぐらい当然よ」


 シオンはリンの疑問に答え、少々投げやりに言う。


「なんだ謎理論は……そういえば誓いの儀のことは王妃に話したのか?」


「やめて……言わないで……」


「言ってないのかよ」


「だって! 王妃に捧げる誓いを勝手に使ったなんて知られたら!?」


 怖くて報告出来ないでいたシオン。もしもバレたら戻った時どんな処罰が下るのか想像もつかず、おびえてしまっていた。


「だったら次に連絡が出来た時に一緒に謝るか」


「本当!?」


「ただし……『本当の事』を話してくれたらな」


「え……?」


 リンの本当に聞きたい事。それは『真実』である。


「王妃は以前賢者の石は『盗まれた』と言った……だがその賢者の石は『初代聖剣使い』が持っていると聞いた」


「誰からその事を?」


「魔王だ」


 まるで魔王サタンは『初代聖剣使い』に会ったかのような口ぶりであった。


 残りの聖剣を『すぐに揃う』と言い、魔王が姿を見せたと聞いたアレキサンドラの事を考えると、初代聖剣使いはアレキサンドラで出会い、交戦した。


「だとすればアレキサンドラの被害が軽微だったのも頷ける 王妃は俺への要請が不可能だとわかったから代わりに初代の方へ要請した」


「……それで?」


盗まれた事にした・・・・・・・・ 俺では無く初代に渡してしまっていたから仕方なく……な あの時の推理を修正するなら『二代目の聖剣使い』が来ると知っていたからすんなり通したが真実か?」


「……ごめんなさい」


 シオンは深く頭を下げ、謝罪する。


「貴方には悪いことをしたと思ってる 賢者の石が無い場所も知っていたけど……言えなかった」


 秘密裏に動いていた初代聖剣使いの事を、たとえリンであったとしても口外する事は許されなかった。


「俺の役目は『カモフラージュ』だ 行方不明の初代に代わって俺が動いてたほうが都合が良いだろうしな」


「ずっと言えなかった……言ってしまえば作戦が台無しになってしまうから」


 人類の切り札である初代聖剣使いの存在を知られる事を恐れ、知らされた人物は最小限に抑えられていた。


 失望されてしまったと、嫌われてしまったと、シオンは胸が締め付けられる。


「……俺が宿を探す前に言った事を覚えてるか?」


「え……?」


 その言葉は『ありがとう』である。


「敵を騙すにはまず味方から……だろ? 仮説を立てた時からそんなことだろうって予想してたさ」


「怒って……ないの?」


「感謝はするが怒ることなんてあると思うか?」


 シオンの視界がぼやける。


 いっぱいの涙を浮かべて、シオンは安堵する。


「よかった……本当に」


 改めて、リンの優しさに触れたからだ。

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