第148話 約束

「この戦いで一体どれだけの人が犠牲になったか……」


 戦いを終え、ド・ワーフ城内にある高台から外を見渡しているリンと雷迅。


「戦争で一々気にしてたら頭おかしくなっちまうぜ?」


 魔王軍の残党も倒し、再び襲ってくる事は無いであろうが、警戒を怠るわけにはいかないとリンが申し出て、雷迅と一緒に見張る事になっていた。


「ド・ワーフ兵の内 三千百十人死亡……重傷者は六百七人……か」


 攻め滅ぼそうとした魔王軍を退け、なんとかド・ワーフ陥落の危機は去った。


 ただ、当然それに伴う犠牲は払わなくてはならなかった。


「重傷者含めれば千人近くは生き残ったんだ 差があった割には生き残ったほうだと思うぜ」


 魔王軍との差を覆し、ド・ワーフに勝利をもたらした事は十分な功績であろう。


「だとしても……三千百十人の兵士は死んだ」


 それでも気になってしまうリン。


 もっと上手く立ち回れたのではないかと、他に効率の良いやり方があったのではないかと。


「……そりゃあ『傲慢』だぜユウヅキ」


「何がだ?」


「その考え方だよ 後であれやこれや考えたって結果は変わらねえ……その時できる全力を尽くしたのならそれが最高効率だったんだよ」


 たとえ今最善策を思いついた所で何も変わらない。


 失敗と感じたのであれば次こそは失敗しないと胸に抱き、またそういった直面に出くわした時に活かせる様にするしかないのだと言う。


「この世界に来てから……俺は学ばされてばかりいるな」


「ハッハッハ! わからないことがあれば何でも聞けよ! この雷迅様が伝授してやるぜ!」


「これから先アンタから教えられることが果たしたあるやら……今の格言も奇跡みたいなもんだし」


「テメェ喧嘩売ってんのか?」


 軽口を言い合う二人。最初に出会ったときは敵同士だったというのに、随分と打ち解けられたものだとリンは思う。


「お前とアクアガーデンで戦ったときはまだまだひよっこだったってのにまあ……強くなったもんだよ」


「あの時はアンタには随分と苦労させられたもんだよ 戦いなんて馴れてなかったってのに」


「あの後ろ髪結ってるえーと……アヤカだったか? あの女がお前の師匠だったか」


 いつもレイだったら『赤髪』とか、シオンだったら『蒼髪』といったように、特徴でしか人を覚える気が無いとばかり思っていたリンは驚いた。


「良い師匠に弟子入りしたな」


「無理やりさせられたんだ 負けたら弟子になれってな」


「そのおかげで強くなれたんだから文句言うなよ 一度手合わせ願いたいもんだ」


「なんだ?『血が騒ぐ』ってヤツか?」


「おうよ! それにアヤカだけじゃあねぇ……レイの銃にシオンの魔法と剣の腕前も充分……ムロウのおっさんの刀捌きもアヤカとは違った強さがある 退屈なんてしねえよ」


「驚いたな……名前覚えてたんだな」


「馬鹿にしてんだろ?」


 冗談抜きでリンは驚いていた。


「チビルの事も忘れないでやってくれ 戦闘に参加はできなくても治癒魔法には今でも助けられてるんだからな」


「そういやその事なんだが……オレとチビル含めて『ライトゲート』には気をつけろよ」


 ここド・ワーフの次に向かうのは 光国家『ライトゲート』 である。


「気をつける……? いったい何に?」


「オレとチビルは『魔族』だ オレは生粋の魔界育ちの魔族でアイツはこっちの『人界』出身って違いはあるけどよ ライトゲートのヤツらからしたら大差ねえ」


「……魔族嫌いか」


「そういうこと あそこの連中は自分たちは光の『正義』で魔族は皆闇に心を侵された『悪』って考えだからな まあ中に入るべきじゃあねえだろうな」


 今までは自分たちの存在を快く受け入れてくれていたが、そういった差別意識が強い国もあってもおかしく無い。


 争い事は避けたいが、なるべく穏便に事が運ぶなら平和的であろうか。


「肝に銘じておく」


「まあ何かあれば強行突破だ 任せな」


「絶対任せない」


 教えてくれた本人がコレでは、ちゃんと考えておかなければ大問題であろう。


「どう? 見張りは楽しんでる?」


 そう言って現れたのは、交代の為にやって来たシオンだった。


「誰も気やしねえ つまんねえの」


「はいはい平和が一番なんだからそんなこと言わないの 変わるわ」


「そんじゃあ任せたぜ蒼髪」


「名前で呼びなさいよ……ってリンも休んだら?」


 雷迅はそのままシオンに任せてその場を離れるがリンはその場に残る。


「言いだしっぺだからな 俺はここで待機してるよ」


「妙なところで律儀よねリンは」


 外を見張るリンの横にそっと近づくシオン。


「ええと……敵はいなさそう?」


「今のところ影も形も無し まあ十中八九来ないだろうがな」


 それでも不安だったリン。戦いで傷ついたド・ワーフの人達の負担にならないように、自分がやると決めたのだ。


「守ってみせる……俺の手の届く範囲なら 今の俺にはその力があるんだ」


 過去にあった出来事を繰り返さない為に、固く決意していたリン。


「……ねえリン 魔王軍が攻めてくる前に何か言いかけたよね?」


 魔王軍が来る前、リンはシオンに『頼み』があると言っていた。


 シオンはそれが気がかりでっあった。

話の流れから察するに、その内容は決して軽いものではないであろうと思っていたからだ。


「覚えててくれたのか」


「まあリンの言うことなら……って変な意味は無いのよ!? 本当よ!?」


「いや疑いはしないが……」


 一人で勝手に慌てて言い繕うシオン。リンは何の事だとは思うが、とりあえず話を進める。


「教えて欲しいことがあるんだ シオンにしか・・・・・・頼めない」


「私にしか……?」


「ああ それは──」


 シオンはリンの言葉に驚くが、本気である事が伝わった。


 だから『教える』事にした。上手くいくかはわからないが、国を出る前にやらなくては無い。


「聖剣使い様……この度はお力を貸していただき誠にありがとうございます 未だ眠りから覚めないマリー姫様に代わり我々ド・ワーフ兵一同がお礼を申し上げます」


 そして次の場所を目指す為、リン達は早々に出立する。


 ユキが今、この世界では『マリー』姫として眠っている玉座の間。


 兵士たちは深々と頭を下げ、リン達聖剣使い一行の戦いに礼を言う。


「いえ 自分一人の力では絶対に勝てることはありませんでした 国を守ったのは我々全員の力です」


 魔王軍の侵入を押し止め、自分たちの国の為に勇敢に戦ったのは他でもない『ド・ワーフ』の兵士達であると言うリン。


「我々ド・ワーフの民は貴方様の武功を決して忘れる事は無いでしょう……本当にありがとうございます」


 もう一度深々と頭を下げて礼を言うド・ワーフの兵士たち。


 その後、リン達に対して申し訳なそうに言う。


「この国を守って頂いたというのに……申し訳ないのですがそれに見合って物を用意できないのです」


 今回の被害はド・ワーフの人達にとって甚大なものであった。

そもそも魔王軍討伐の為に『ギアズエンパイア』へと向かい『魔王軍討伐作戦本部基地』へ参加する筈だった兵士達であった。


 準備を整え、いざギアズエンパイアへといった矢先に今回の騒動である。

疲労した兵士達に加え、幸い民に被害は出なかったが結界が破れたことで防げなかった街の被害の復興。戦いは終わったが今これからはそちらを考えなくてはならなかった。


「安心してください 何も謝礼の為に戦っていた訳ではありませんので」


「よろしいのですか……?」


「その代わり……お願いします ユキを……姫を絶対に守って欲しいのです」


 今度はリンが深々と頭を下げる。


 ド・ワーフの本当の姫であった『マリー姫』は殺され、理由はわからないがリンと同じ世界から来た『白羽シラハ ユキ』がこの世界に迷い込んでしまった。


 姫と同じくこの国の玉座に座っていると『結界』が張られる。深い眠りに閉ざされたユキを一緒に連れて行くよりも、ここド・ワーフに任せたほうが安心だと判断したのだ。


「ああそんな! 顔をお上げください! 我々は必ず姫様を守り抜きますので!」


「ありがとうございます……最後に姫に二人だけで挨拶をさせてください」


 快くリンの願いを受け入れ、皆が出て行く。 


「ユキ……」


 残された二人。これで誰にも邪魔されない。


「……『誓いを立てよう』」


 リンはユキに刀を向けた・・・・・


「『この無礼をお許しを この罪 我が人生全てを懸け償おう』」


 刀を鞘に納め、片膝を立てて跪くリン。


「『我が力は剣となり この身は貴方を護る盾となる』」


 今度こそ護りたい。今度こそあの日の約束・・・・・・の為に。


「『我が名は 優月ユウヅキ リン 我が人生は主人あるじに全てを捧げよう』」


 これはシオンに教わったアクアガーデンの騎士の誓い。


 シオンが以前にリンに立てた『誓いの儀式』である。


「ユキ……待っててくれ」


 成功するかどうかわからなかった。


 が、あの時と同じようにユキの首筋に薄っすらと紋章が現れる。リンがシオンにされた時と同じように、これで魔力を繋げる事が出来た。


「この戦いを終わらせて……一緒に元の世界に帰ろう」


 魔力の譲渡、視界の共有、遠くにいても互いの位置を知らせられるこの誓いは必ず役に立つ。


 だがそれ以上に、もう二度と過ちを繰り返さない為の誓いであり『約束』であった。



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