第149話 大事な談議

「それじゃあ思惑通りことが運んだってことね」


 ド・ワーフに進軍した魔王軍を追い返し、目的の賢者の石も手に入れた聖剣使い一行は、次の目的地を光国家『ライトゲート』に定め、馬車で向かっていた。


「なんだか俺が悪巧みしたみたいな言い方だが……まあそうだな」


 馬車を引くシオンの隣に座り、ド・ワーフを発つ最後に行った儀式の事について、シオンにリンは報告する。


 過去の出来事がきっかけで未だに目を覚まさない『ユキ』が目覚めないのであれば、一緒に連れて行くよりも結界に守られたド・ワーフに残っていたほうが良かったのであろう。


「あの契約のおかげででユキに何かあればすぐにわかる 俺の魔力も少しは足しになるだろうしな」


 アクアガーデンに伝わる『誓いの儀式』をシオンから教わり、リンはユキに誓いを立てた。


「俺なりのけじめでもあった……今度こそ約束を守るってな」


「そう……まあそうよね」


 リンとユキの関係を聞いてしまったシオンからしたら何も言えなかった。


「でもそういう意図もあったのね 魔力の譲渡をそこに活かすなんて」


「前にシオンが言ってたろ 魔力の受け渡しができるようになるからって」


「それに『誓いの儀式』……私はアクアガーデン出身だからできたんだろうけどリンも出来るなんてね」


「半信半疑だったがな おそらくはアクアガーデン出身で無ければ使えないんだろうが……シオンと繋げた魔力があればもしかしてと思ってな」


 仮に『誓いの儀式』が誰にでも出来るのであれば、その方法が流失したが最後、誰もが利用することだろう。


 今回出来たのはリンの言うとおり『シオンの魔力』と繋げた事で、条件を満たすという云わば強引な『裏技』であった。


「それでも一度しか出来ないって言ってたからな シオンはすでに俺にしてたから無理かもとは思ってたよ」


「お役に立てたなら本望です これからも私に頼ると良いわ」


「急にお姉さん感出してきな」


 自信有り気に胸を張って言うシオン。


 実際の所、こうしてリンに頼られることをシオンは嬉しく思っていた。


(動機が他の女の子の為とはいったものの……駄目よシオン! 嫉妬だなんて醜いわ!)


 その動機というのも決して軽いものだけでは無く、力になりたいと思ったからこそ貸したのだ。悔いなど無い。


(でも……きっとあの子の為に無茶するわよね)


 自分の身も省みず、困ってる人がいれば何だかんだ言って助けてしまうリン。


 その行動原理の基盤となっていたのが『ユキ』であった。


(いえ……いいえチャンスよシオン! たとえ壁が厚くとも! そばで支えて上げられるのは大きなメリットよ!)


 打算的ではあるが、形振り構っていられないと意気込んでいるのだが。


「黙り込んでどうしたんだシオン? 疲れが溜まってるんじゃあないのか?」


「えっ? 別に何でも……きゃあああ!?」


 心配そうにリンはシオンの顔を覗き込み、顔の近さに思わず悲鳴を上げる。


 どれだけ策を講じたところで、それを実行に移せないのであれば意味は無い。


「鼓膜が……」


「ああ!? ごめんなさい! ただちょっと考えごとしてただけだから!」


「いや……そろそろ休憩にしよう 次の町までしばらく掛かるんだろ?」


 こうして次の目的地まで馬車を走らせてはいるが、距離を考えると今日は野宿となるだろう。


 ならば無理に急がず休憩を取りながら、まだ癒えぬド・ワーフでの戦いの疲労をゆっくり取るべきだと判断した。


「そうね……そうしましょうか」


 丁度良い泉の見える場所を見つけ、馬車を止める。


 広大な景色、一面に広がる泉、澄んだ空気のこの場所は休息をとるにはうってつけであった。


 一旦全員を降ろし、馬車を置きやすい場所を探しにいったシオン。残されたリン達はまるでキャンプでもするかのように、降ろした荷物で野宿の準備を始めた。


「馴れたものだな」


「任せてくださいよアニキ! ちゃんと二人用のテント用意しとくんで!」


「ちゃんと男女に分けろ」


 勝手にリンとレイ用のテントを張る気でいたレイを止めて、リンも焚き木集めを始める。


「なあなあ さっきの悲鳴ってなんだったんだ?」


「俺が聞きたい」


 チビルが先程の悲鳴の理由を聞くが、当然知る由も無い。


「大方二代目が譲ちゃんの胸でも揉んだんだろう? 駄目だぜ二代目? 幾ら若いからってそんな相手の事も考えずなぁ?」


「……」


「せめてなんか言えや」


 無言でムロウを睨み付けるリン。まるで汚らわしいモノを見るかのような視線である。


「なんと言うか……アンタはこんな大人になったら駄目なんだなって見本になるな 感心するよ本当に」


「そういう目じゃあねえから! 今おじさんの事本気で汚物を見る目してるから!」


(内容も一切褒めてないけどな)


「なんだか面白そうな話しをしているでござるな」


「げっアヤカ」


 この手の話題に一番悪乗りして来るであろうアヤカが加わる。


「なんでござる? 拙者は仲間外れでござるか?」


「ただ面倒なごとになりそうだなと」


 刹那の一撃。


 目にも留まらぬ鋭い拳がリンの腹部を捉え、問答無用で頭を垂れさせる。


「仲間外れは良くないでござるな」


「左様ですね……」


 アヤカが「他に異議のある者は?」と目で問うが、誰も異議は無い。出せない。


「それで? 聞くところによるとリン殿の性癖話の様でござるが」


「ちげーよ何処情報だよ」


「いやねアヤカさん この二代目聖剣使い様が色気づいたと……」


「なんだそんなことでござったか~そういう事は師匠に相談するべきでござるよ?」


 話をややこしくするムロウ。何故か得意気な顔で言うアヤカ。


 カザネの住人はこんな奴等ばかりなのかと、リンは偏見を持ちそうになる。


「おい見ろよ! デッケェ魚捕まえてきたぞ!」


「でかした雷迅!」


 ここにきて食料確保に出ていた雷迅が戻ってくる。


 本人としてはただ自慢しに来ただけであったが、リンからすればこの状況を切り抜けられるかもしれないと、淡い期待を寄せる。


「ハッハッハ! そうだろう! でもオレのだから! こういうのは捕まえてきたヤツが食べる権利があるんだからな!」


「そうだな雷迅 そのことについてはゆっくり話そう 是非ともどうやって捕まえたのかと色々聞かせて欲しいから……」


「そうでござるな 何もここで立ち話をする必要など無いでござるし」


(駄目だ逃げられない)


 一度捕まえられてしまえばもう逃げられないと悟り、死んだ魚のような目になるしかなかった。


「せめて好みぐらいは聞かせて欲しいでござるな? 今までその手の話題を出したことも無かったでござるし……」


「この手の話題はデリケートだからさ 許してやろうぜ?」


「チビル……」


 救いの手が差し伸べられる。小悪魔ではなく本当は天使なのでは……? と、リンは思わずにはいられなかった。


「だからよ……ここは胸は大きい方が良いか小さい方が良いかだけにしてやろうぜ? オレ様は大きい方が良いな!」


「このエロ悪魔が」


 今までの信頼が一気に崩れる音がする。


「なんだよチビルわかってんじゃあねえか~」


「まずは二票……あっムロウ殿は拙者から離れて欲しいでござる」


 欲望に忠実な答え。堂々とした物言いだが、女の敵であることには代わりが無い。


「バカだなお前ら……デカければいいってモノじゃねえよ」


「お? 以外でござるな 雷迅殿は小さい派と」


「アンタと蒼髪をいつ見てるとよ……邪魔くさくねえか?」


「ベクトルが違うんだよなぁ……」


 確かに好みかどうかではあるが、話題の方向性が違うのだとムロウは突っ込まずにはいられなかった。


「その点赤髪は大丈夫だな! 男と大差ねえもんな! ダハハハッ!」


 銃声と共に弾丸が雷迅の頬を掠める。


 今まで感じたことの無いほどの殺気を背後から感じ後ろを振り返ると、虚ろな表情で銃口を向けるレイの姿があった。


「驚いたよ……人間ここまで本気で怒れるんだなぁ」


「このオレが……初めて恐怖している!? 戦うことを!?」

 

「その台詞は断じて今じゃあない」


 明らかに強敵を相手にした時の台詞を吐く雷迅。


「アニキ……アニキもそう思うんですか? 哀れなほど薄っぺらで夢も希望も何の取り柄も無いただの『無』だって」


「いや誰もそこまで……」


「皆集まってどうしたの? すごい殺伐としてるけど……」


「何でこのタイミングで戻ってくるんだよ」


 最悪の状況下で合流するシオン。普段空気を読むことに長けているというのに、何故この時だけ出来なかったのかは不明である。


「今拙者達胸の大きさ談義をしていたところでござる ちなみに大きいがチビル殿とムロウ殿で二票 雷迅殿が小さい方で一票でござる」


「何でそんな談義を……あっムロウさんは近づかないでね」


「なにこの扱い?」


 自業自得ではあるがとても雑な扱いをされるムロウ。


(でもリンはどっちなのかしら……? 場合によっては有利にも不利にもなるわね)


「シオン頼む アンタからも言ってやってくれ」


「死活問題よ 速く答えなさい」


「二度と頼むか!」


 少し前の会話が嘘のように裏切られる。もう答える以外に選択肢は無い。


 一.大きいと答えればどうなるか、待っているのはレイの怒りを買うであろう。


 二.小さいと答えればどうなるか、シオンとアヤカの機嫌を損ねてしまう。


 三.両方だと答えればどうなるか、男性陣から反感を買うであろう。


「そう言われてもなぁ……」


 難しそうに考えているリン。答えは最初から決まっていた・・・・・・・・・・


























「そもそも人間の部位に好き嫌いなんてあるのか?」


 第四の選択肢でその場にいる全員を敵に回した。

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