第147話 信じられる

「やった……のでござるか?」


「いや……わからない・・・・・


 リンはアインの首を斬り落とした。それは間違いなかった。


 だが、何か・・が引っかかる。手ごたえもあった。リンの視認した『命』は確かに斬り落としたのだが、命の『核』になるような、形容しがたい『何か』までは斬り落とせなかったように感じたのだ。


「あまりにも呆気ない気がする……死体も残ってないからこそ判断し辛い」


「……『保留』でござるな?」


「ああ……『保留』だな?」


 リンとアヤカは顔を合わせ、魔法の言葉『とりあえず保留』を唱えた。


 アインの事は今はどうにもならないのであれば、今出来る事をやるしかない。頭を抱えて立ち止まるよりも、教わったばかりの『とりあえず保留』を使うしか無い。


 だから二人は微笑み合った。


「よし! そうと決まれば皆と合流でござるな!」


「ああ ロボット相手に苦戦してるだろうから……っておわ!?」


 皆に任せた機械兵の相手に助太刀しようとした矢先、突如として空から大きな物体が降ってくる。


「これは……あのロボットの頭か?」


「という事は……」


「ハッハッハッ! 機械兵討ち取ったりってなぁ!」


「いや~手柄の横取りは良くねえな雷迅さん?」


「そうそう! 止めはこのオレ! スーパーガンウーマンのレイ様が……」


「少なくともレイはこの中だと斬り飛ばせないでしょう?」


 言い争いをしながらも、戦いに見事勝利した仲間達がリンの元へと駆け寄ってくる。


「よう二代目 終わったぜ?」


「ちょっと手こずったけど リン無しでも勝てたわよ」


「この雷迅様がいたんだ! なんだったらオレ一人でも勝てたぜ!」


「アニキ! こっちは終わったんで手伝います……ってアレ? アニキも倒したんですね!」


 よく見れば全員傷らだけだった。その傷が機械兵の強さを物語っている。


「人気者でござるな? リン殿?」


「ああ!? テメェアヤカ! いつの間にかいなくなってたと思ったら抜け駆けしてやがったな!」


「ん? 何のことでござるかな~?」


「オレだってっ! オレだってアニキと一緒に戦いたかったんだよ~!」


「まさかの泣きでござるか!?」


 まさかのガチ泣きに驚くアヤカ。その光景にに笑いが起きる。


「悪いなみんな……休憩はここまでにしよう」


 和やかな雰囲気を壊すのは些か気が引けるが、今ここド・ワーフは魔王軍との戦いの真っ只中。強敵を倒した勝利の余韻に浸ってはいたいが、そういう訳にはいかないと気を引き締めるリン。


「いや二代目 この戦いは終わりだ」


「どういうことだムロウ?」


「私たちの『勝ち』よ 魔王軍の殆どが撤退を始めたわ 指揮官を失ってもう勝ち目が無いって悟ったのよ」


「そういうことだ 打倒魔王軍! ド・ワーフ防衛は見事達成されたってことだな! 後はこっちは残党狩りを始めるかってとこだなぁ!」


 周りを見やるリン。シオンが言っていたように、魔王軍はド・ワーフから離れ始めていた。


 兵力差はリン達ド・ワーフの方が遥かに劣っていた。だがこうしてなんとか守り抜くことができたのだ。


「……ハァ~ッ!」


「リン!?」


「どうしたんですかアニキ!?」


 急に大きな溜め息と共に座り込むリン。


 常に緊張感の中で戦い、容赦無く襲い掛かる魔王軍を相手にしていたリンは、ようやく肩の荷が下りたとのだと思うと同時に、腰が抜けてしまったのだ。


「ざまあみろだぜ魔王軍……勝ってやったぞこんちくしょう」


「……信じてた・・・・ぜ二代目 お前さんは良くやったよ」


 そう言ってムロウは、座り込んだリンの頭をポンポンと軽く叩く。


「胸を張れよ? ここを守ったのは間違いなくお前さんの力があったからだ 余程上手く立間わらないと兵力差を埋めることは出来ないんだからよ」


 魔王軍の兵力は魔族と機械兵を合わせて七千。ド・ワーフの兵は四千。


 三千の兵力差は無視できるものではなく、実力からいっても力はあるが小柄なドワーフ族に対して、大柄で戦いに馴れた魔族とではどちらが有利であるかは明白だった。


 その差を覆す為にリンはアインと戦った。


 敵の指揮官を倒せば、力の差を見せ付ければ優位に立てると思ったからだ。


「俺だけの力じゃない……ありがとう おかげでアインのヤツを倒すことが出来た」


 礼を言うリン。そのあまりにも素直な言葉に、場が静まり返る。


「なんだよ?」


「……お前頭打ったか?」


「どういう意味だよ」


「アニキアニキ オレの頭をなでるオプション付きでもう一度お願いします」


「もう二度と言わん!」


 こんなに恥ずかしいのなら言わなければ良かったと思いながら、まだ戦いを続けるド・ワーフの兵達の為に立ち上がる。


「今度こそ休憩は終わりだ 残党狩りがまだ残ってるんだ」


「もう一回だけ! もう一回だけお願いします!」


「ええいうるさい! 終わってからだ終わってから!」


「お? 言質とったでござるよ?」


「まあ……貰えるなら私も貰うけど」


「なんで増えるんだよ」


 ド・ワーフの防衛に成功した聖剣使い一行。


 一抹の不安は残しつつも、魔王軍から勝ち得たこの戦いは、リン達にとって確かな一歩であった。

 

























「フッ……フフフッ……まさか負けるとはな」


 リンに斬らた時、アインは『分け身』を作り、完全に斬られる前に離れていた。


「これはこれはアイン様……お労しいお姿で」


「オヤ……『マッド』じゃないかカ 見苦しいところヲ」


 命からがら魔王の間まで訪れたアイン。そこに居たのは機械兵達の生みの親である『マッド』が一人だけである。


「滅相も無い……アイン様には度々『実験』のお手伝いをしていただいておりますのにその様な事」


「今回もサ……ハイコレ お土産の戦闘データ」


「ありがたやありがたや……いつも助かっております」


「魔王サマは……イルカイ?」


「呼んだかアイン?」


 魔王三銃士の一人ドライと共に魔王が玉座の元に現れ、そのままアインを見下ろすようにして玉座に座る。


「ごきげんよう魔王サマ……アレキサンドラ殲滅は失敗したそうだネ」


「黙りなさいアイン お前のその無様な姿は何だ? アレだけの兵力を与えられていたというのにこの失態……どういうことか説明してもらいますよ」


「それはお互い様ダロウ? 魔王直々に出向いておきながら尻尾を巻いて逃げ出したとあっては魔王軍の脅威など地に墜ちたも同然」


「アイン……ッ!」


「やめろドライ 結果は結果だ受け止めよう」


「……何があった?」


 負ける理由など無かった。たかだか『アレキサンドラ』だと挑んでおきながら、碌に被害も与えられず撤退など本来であればありえない。


「聖剣使い」


「なんだと……!?」


「初代聖剣使いが現れた あの男……噂以上の強さであった」


「……勝てると思うか?」


「勝つさ 次は必ず」


 自信に満ちた表情でそう答える魔王。その顔からアインは全てを悟った。


「フッ……フハハハ! そうか! お前も! 目覚め始めた・・・・・・のだな!」


 心臓を喰らい血を浴び、『黙示録の赤き竜』から奪った力。それによって目覚めた力。


「面白くなってきた! これから先どうなるのか……が楽しみだよ」


「何が面白いというのか……聖剣使いが『二人』も相手となるとこれからの戦いはますます……」


「安心しろ……『聖剣使いは二人もいらない』」


「何……?」


アイツ・・・の事だ……『伝説戦争』で勝ち残ったあの男なら……きっと」


 そう言うアインの身体はボロボロと崩れ始める。


 リンの『命を断つ一撃』は、いくらアインが分け身を使って逃れたとはいえ、完全に受け流せたわけではなかった。


「待ちなさい! 伝説戦争……つまり『御伽戦争』で生き残ったあの聖剣使いの事を知っているのですか!?」


「おっと……口が滑っタ」


 わざとらしく口元を押さえるアイン。おそらくこれ以上問いただそうとしても答える気は無いのであろう、ドライを無視して魔王へと目線をやる。


「ではそろそろ……お暇させてもらおうかな?」


「ほう? お前にしては随分諦めが早いじゃあないか」


「こう見えても……楽しみにしていたんだがな……『人間を捨てて魔王となった』お前と……『人間を越えて魔王に立ち向かう』優月ユウヅキ リン……誰が先に芽吹くのかを」


 その言葉を最後に虚空に消えるアイン。全てを知っておきながら、全てを語らず消えていった。


「まったくアイツは……最期の最期まで一体何を考えていたのやら……」


「さあな だがアイツの事で言えるのは……『絶対に信用できない奴だった』……という事だな」


 誰にも信じられず、アインは最後まで『孤独』で在り続けたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る