第146話 形勢逆転

「先程腕を斬り落としたとき……どうにも手応え・・・を感じなかったでござる」


「つまりアインを倒すのには『何か』が必要ってことか」


「その通りでござる」


 アインと相対するリンとアヤカ。斬り落とした腕は既に繋がれていた。


 アヤカの言う通り、ただアインへ致命傷を与えるにはもっと他の『何か』が必要なのだろう。


「伝説の刀匠『ムラマサ』の孫か……もっともお前に鍛冶師としての才は芽吹かなかったようだが」


「自分で言うのはちょっと恥ずかしいでござるが……代わりに剣術の才能は開花したと思ってるでござるよ それに拙者は拙者 爺様は爺様でござる」


「それも所詮は……凡人の域でしかないではないか? 特別な才を持たぬのであればお前はただの『人間』だ」


 アヤカの剣術の腕前はリンはよく理解している。


 何故ならリンに修行をつけたのは他でもないアヤカだからだ。カザネで叩き込まれた剣術は、この世界に来るまで戦いに無縁であったリンを聖剣の力無しに強くするのに、大きく貢献している。


 だがアヤカの強さは『剣術』に特化したものである。魔法の存在するこの世界において、魔力を持たない代わりに剣術を鍛え上げ、そして極めているのだ。


「確かに拙者の強さは『人間』の域を逸脱できない凡人 魔力という『神の加護』を持たぬ者でござる」


 八双の構えは機動性を重視した構え。アヤカの瞳は獲物を捕らえ、鋭い眼光には殺気が込められる。


「でもそれは好都合……何故なら『人間の限界を極める』のに神頼みは不要でござろう? この試練を乗り越えた先に到る為には寧ろ邪魔なのでござるよ」


 魔力を持たないなど些細な事。重要なのは『どう強くなるのか』という事のみ。


 己は無力であると嘆く前に、アヤカは己が『無力』であると証明する。


「アインとやら……『人間』を嗤うのであればこの凡人『ムラマサノ アヤカ』を倒すが良い 拙者は無力の証明をするとしよう」


 込められた殺気はより強さを増す。一度飲まれれば金縛りを受けたかと錯覚してしまうであろう。


「いざ……参る」


 アヤカが踏み込んだその刹那。アインの視界から消えた。


「何が……起きた?」


 視界に移る全てが上下反転している。


 アインは自分の首が『斬り落とされた』事を理解のに時間を要した。


「手応えは無し……やはり首程度では死なぬでござるか」


 愕然とする。取るに足ら無い塵芥とばかり認識していた存在は、唯の人間・・・・の身でありながら、驚異的な身体能力を有していたからだ。


「……ほほう」


 斬り離された頭を、首なしの身体が持ち上げる。


「これは失礼した……どうやら勝手にお前のことを弱者と思い込んでいたようだ」


 己を『無力』だと言う。


 だがこの強さを見ればそんな事ある筈が無い。たとえ魔力が無くとも、アヤカはそれを言い訳にせず、今でさえ限界を極めようとしているのだ。


「その失礼の謝礼に教えては貰えぬでござるか? 何処を斬り落とせば殺せるのでござる?」


「残念ながらそれはトップシークレットということで」


 斬り離された頭を首へ戻すと、たちまち元通りの状態へ戻る。


「俄然興味が湧いてきた……久方ぶりに殺しがいがある」


「残念ながら拙者の好みでないでござるからな~ なるべく相手はしたくないでござる」


「選り好みせずにこれも何かの縁だと思え 少なくともお前の太刀筋を見切るまでは帰りたくない」


「そもそも帰らせると思うか……間抜け」


「!?」


 強い殺気を放っていたアヤカとは逆に、殺気を押し殺して隙を窺っていたリン。


 アヤカの殺気で自らの気配を消していた事に加え、先程までの怒りを押さえ込み、リンは完全に冷静さを取り戻していた。


 リンの持つ『紅月』はアヤカの祖父『ムラマサノ ヒャクヤ』が鍛え上げた妖刀であり、斬れ味は折り紙つきの名刀。


 それに加えて紅月は『魔力』そのものを断つ事の出来る業物である。


「……案外効いてるな?」


 刺された部位から魔力が抜けていく。今の身体を保つのに必用な魔力が流れ出す。


「聖剣使い……ぃ!」


「その聖剣使いに聖剣以外で傷を付けらるのはどんな気分だ?」


 意趣返しとばかりにそう告げるリン。当然この隙をアヤカは逃さない。


「一気に行くぞアヤカ!」


「たとえ拙者の刀が効かずとも! 時間を稼ぐことは出来るでござるよ!」


 二人の剣閃がアインの身体を捌いていく。


 息の合った絶妙な組み合わせ。師弟だからこそ、互いの剣技を理解して間髪入れずに斬り刻む。


「これでも……っ! 駄目なのか!」


 斬り刻む度に魔力でできた黒い煙を撒き散らしながら、アインの身体は崩れ落ちる。


「これだけの状態になっているのにもかかわらず……手応え・・・が無いとは」


 だというのに致命傷を与えられていない。身体は崩れ去っているというのに、『生きている』のだ。


「……!? アヤカ!」


「え? ……ちょっ!?」


 リンはアヤカを引き寄せ密着させ、腕に抱く。


「リン殿! 幾ら拙者が天女と見間違う程美しく綺麗だからといってこういう事は先に言って貰わないと! 拙者だって乙女として心の準備が……」


「言ってる場合か阿呆!」


 すぐさまリンは木の聖剣『ローズロード』を手に取り、地面に突き立てる。


「『木塊樹球きかいじゅきゅう』」


 リンとアヤカの二人を、球体の木が囲む。


 その直後、黒い霧が爆発を起こす。周りに漂っていた煙はアインが起こしたもの。

手ごたえも無く、斬るたびに発生していた霧はただ抜け出た魔力ではなく、故意に発生させていたものであった。


「あ~あ……そのまま吹き飛ばしてやろうと思っていたのに 残念だ」


 あれだけ斬り刻まれておきながら、何事も無く元通りに戻っているアイン。


「それにしてはやり方が随分幼稚じゃあないか 魔力もだいぶ抜け出ちまったんだろ?」


 実際に、アインが起こした爆発の衝撃はそれほど強くは無かった。


 身体の再生に加え、紅月によって魔力そのものを斬られた事で、アインは弱っている。


「アヤカ……お前が使え 効果があるかは試して見ないとわからないが」


「拙者が……『紅月』を?」


 そういって紅月をアヤカに渡すリン。


「どういうつもりだ……? お前が持つ唯一の対抗策だろう?」


「いいや……『唯一』じゃあ無い どうやら馴染んできた・・・・・・ようだ」


「何……?」


 手に握られた木の聖剣『ローズロード』。


 リンに与えた力は木の魔法、再生力……だけではなかった・・・・・・・・


「『視える』ぞ……お前の『命』の在りどころが!」


 火の聖剣フレアディスペアは弓へ姿を変え、土の聖剣ガイアペインは鎖に、氷の聖剣アイスゾルダートは槌に変わる。


 そして木の聖剣もまた完全に使いこなせるようになった時、もう一つの形・・・・・・へと姿を変え・・・・・・、リンを更に強くする。


「形態変化……鎌式かましき『ローズロード』!」


 手に握られ木の聖剣ローズロードは、まるで死神が持つ大鎌へと変貌する。


「おお……っ! そうであったな! お前にはまだ残っていた・・・・・・・な!」


 聖剣を別の武器へと変える能力。手に入れたばかりの聖剣を変化させたのは初めての事である。


「さあ……いくぞ!」


「良いだろう! お前の言葉の真意! 測らせてもらうぞ!」


 大鎌を構えたリンがアインへ斬りつける。アインは流石に真正面から受けるような真似はしなかったが、あえて受けることにした。


(これは……まさか!?)


 アインの身体は『再生』ができない。


「『視える』……お前の命の刈りどころが!」


 紅月のように魔力を断ち斬っているという代物ではない。


 その大鎌は命その物を断ち斬る・・・・・・・・・事の出来る・・・・・。まさに『死神の鎌』のような大鎌であった。


「クククッ……! 最高だよ聖剣使い お前はいつも戦いの中で成長し続けているのだなぁ!」


「お前の魔力を削いで……命を刈る! 形勢逆転ってヤツだ!」


「その通りだよ 今回ばかりは魔王軍の……『負けだ』」


 大鎌がアインの首を捉え、振り下ろされる。


 斬られたアインは再生する事なくその場に崩れ、霧散していった。

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