第145話 孤独の先
頬に怪我を負った。
傷みを感じはしたが、リンはそんな事を気にする状態ではない。
その傷もすぐに消えた。木の賢者の石『ローズトード』は、持ち主の『再生力』を強める力を持っているからだった。
「素晴らしい……完成に近づいているのだなぁ!」
興奮した様子を見せるアインだったが、今のリンの状態ではとてもではないが、その事について言及していられるほどの余裕は無い。
痛みになど構っていられない、目の前にいる敵を殺したい。アインの操る影がリンを襲うが、そんな事はどうでもいいと、怒りがリンの心を支配している。
(殺す……殺す……殺すっ!)
沸々と湧き上がる怒りが、今のリンを突き動かしている。
「他には無いのか!? 木の魔法に治癒能力の向上……他に得たものは無いのか!?」
能力を測るため、更に攻撃の手数を増すアイン。影がリンを襲い、身体を貫き肉を抉る。それでも前進するリン。
「ホラ頑張れ頑張れ! そう遠くないんだ! 後もう少しで当てられるぞ?」
どれだけ傷が癒えるからといって、前に進むだけで体力を奪われる。このまま戦い続けても勝機は無い。普段のリンであればどう打破するのかを考えている筈だ。
「殺したいのだろう? そうしなければ大事な幼馴染がどんな目に遭うかわからないからなぁ?」
「お前は……ユキの話をするなぁ!」
我慢出来る筈が無かった。
自分の事はどうでも良い。だがユキに手を出すのであれば、リンは冷静でいれらない。黙ってなどいられなかった。
「フッ……フハハハッ! 弱い! 弱すぎる! どれ程力を身につけて強くなったとしても! お前の『心』が弱すぎる! 完璧な存在とは『孤独』で在るべきだ! 下らない情に絆されて! 己を縛り付けて堕落していく姿は実に無様だ! 何故そんな事も理解できない!? 守るべきものなど捨ててしまえ!」
無謀に挑み続けたリンは遂に吹き飛ばされる。
「ハァ……ハァ……ゴホッ! ゴホッ!」
たとえ傷の治りが早くなったとしても限度がある。
(そうだ……『
頭に血が上って、そんな単純な事にも気づかず、馬鹿正直に突っ込んでいた。結局はアインの手のひらの上で転がされていただけだった。
(ああ……慣れないことするもんじゃあないな……まったく)
今更自分を客観的に見ることができたリン。周りは一生懸命に国の為に戦っていたというのに、自分だけ個人の恨みから戦っていた事が急に恥ずかしくなる。
「どうだ? 如何に自分が愚かであったか理解できたか?」
「そうだな……なんだかどうでも良くなった気がするよ」
無力な自分に愛想をつかして、ようやく手に入れた力もまともに使いこなせず、結局根本的なところは昔のままで何も変わっていないかった。
「もう充分だろう? 楽になれ 何もかも捨ててしまえ」
悪魔の囁きが、リンを誘惑する。偽りの顔だが、ユキと同じ顔をしたアインに言われるとその言葉に本当に飲まれそうになる
(疲れた……な)
そのまま耳を傾けそうになる。
だが休んでしまえと思ったリンに、待ったをかける者がいた。
「困るでござるなぁ……拙者の弟子を誑かすのは」
その一閃がアインの右腕を切り落とす。完全に予想外だったアインにとって、その一閃を躱す事は不可能であった。
「なっ!?」
「助太刀に参上した……拙者『ムラマサノ アヤカ』と申すでござる 覚えておくでござるよ魔王三銃士のアインとやら?」
「……塵芥の分際でやるではないか」
「む? 聞き捨てならないでござるなその言葉 拙者こう見えても巷で有名な是非一度出合ったら斬られて見たい
「嘘つけ」
他の仲間と共に、巨大機械兵の相手をしていたアヤカが突如として二人の戦いに参戦する。
「アンタあのロボットはどうしたんだよ?」
「
アヤカは自信満々に告げる。
「彼奴とは相性が悪かったので逃……コホン! 失敬 皆に任せてきたでござる」
「もっと隠す努力をしろ」
確かに剣術一筋のアヤカにとって、鋼鉄でできた巨大な機械兵と相性が悪い。
「邪魔をするな そいつに戦う意志はもう無い 全て此方に任せてもらおうか?」
「お断りでござる 拙者の大切な弟子をまったく得体の知れないお主になんぞに どうして任せられようか」
刀を構えるアヤカ。いつにも増して真剣な表情のアヤカを見て、リンは問う。
「別にアンタがここに来る必要はないだろ……この戦場は俺以外に助けるべき人達がいるだろう」
「ん? 拙者がリン殿以上に助けたいと思う人がいると思うでござるか?」
ここ『ド・ワーフ』は今魔王軍に襲われ、戦場と化している。
今こうしている間にも、戦いで命を落としている兵士がいる事であろう。
「ここにいる人達を助けたい気持ちは勿論でござるが……残念ながら人には
「『優先順位』だと?」
「左様でござる 人間誰しも自分の欲望の為に生きている生き物でござる それを完全に押さえ込む事など不可能 必ず優先順位をつけて物事を決めるでござる」
リンへと振り返ってアヤカは微笑む。
「拙者の欲望は……『リン殿がいつか救われて欲しい』でござる それを見届けるまでリン殿が死ぬことは
周りが一生懸命戦っているというのに、己の
なんて我儘なんだろ、自信に満ちた表情でアヤカに迷いは無い。
「……そんなものでござるよ」
「え……?」
「誰かの為人の為……どれだけ言葉を見繕っても結局は『自己満足』でしかないのでござる それを正しいと思えばやる 間違っていると思えばやらない……本当にそれだけ」
アヤカの言葉からは、暖かさと、優しさを感じさせた。
否定されたリンの在り方を、肯定する言葉。
「安心して間違っていい その時は必ず『仲間』がひっぱるから」
心が締め付けられる。
決して苦しさからではない。それは嬉しさから来るものだった。
「拙者から一つ! 拙者が唯一使える『魔法』を伝授するでござるよ!」
「『魔法』って……アンタがか?」
「そうでござる! よーく覚えるでござるよ?」
一度コホンと咳払いし、アヤカはリンへ魔法の言葉を教える。
「何かに躓きもしも迷ったら……『保留』でござる!」
「……は?」
「お年頃の男児というのは周りに相談したくとも出来ない事が多いでござる……でもそんな時はこの魔法の言葉!『とりあえず保留で』を覚えておけばアラ不思議! たちまち「こうすればよかった」とか「やはりそういうことか」とか唐突に閃くのでござる! まさに『魔法の言葉』 絶対無敵!」
ようするに『なんとかなる』の精神を持てという、なんともまポジティブな考えを持てという魔法でもなんでもなくただの開き直りの言葉である。
「……フフ」
「リン殿?」
「アハハハハハッ!」
リンは思わず笑ってしまった。
迷って、迷って、迷い続けて、リンの頼れる師匠であるアヤカから頂いた言葉はそれはなんと『保留』で、何の解決もしていない。
「フフフ……アンタ凄いな 尊敬するよ」
「笑われた後に言われても説得力が無いでござるよ?」
「ありがとう……アヤカ とりあえずこの悩みは一旦『保留』にしておくよ」
今はその時ではない。いつかこの悩みを打ち明けて、解決する日が来るかもしれない。
そしてその時まで、早速教わった『とりあえず保留で』を使って、リンは耐え忍ぶ事にした。
「……茶番は終わったか? まあこっちも腕を繋ぐのに集中して殆んど聞いていなかったがな」
「茶番とは失礼な! 今まさに師弟との愛を確かめ合って……ってあれ? あの顔ここド・ワーフのお姫様と同じ顔をしているような……?」
「今更かよ……その事情は後で説明するから今は気にするな」
アヤカが刀を構えている。ならば自分もと、一度『
「さっさと倒すぞアヤカ 師匠らしいところの見せ所だぞ?」
「むぅ? 拙者いつでも師匠しているでござるよ?」
リンは
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