第105話 最恐の敵

「お久しぶりですね聖剣使い しぶとく生き残ってるようではありませんか」


 その声色にはリンに向けての嫌悪感をこれでもかというほど、隠す事なく乗せていた。


「おかげさまで アンタ達がいなければこんな苦労せずに済むんだがな」


「それはお互い様でしょう 私も態々出向く必要などなかったのですから」


 声だけでなく視線からも嫌悪感を醸し出す。


「随分嫌われたもんだな まあ俺も嫌いだしな 言う通りお互い様ってやつか」


「その通りです 会話をする時間も勿体ない 本題に入られせていただきますよ」


「さっさと言えよ 良い子は寝る時間なんだ 気持ちよく寝たいんだよ」


「アナタを殺しに来ました」


 その言葉は本気であった。


 背筋が凍り、重くのしかかる威圧感。得体の知れない恐怖、言葉だけで手足に杭を打ち付けるかのような感覚がリンを襲う。


「一つ聞きたいが列車のヤツらはアンタの差し金か? だとしたら随分舐められたもんだな」


 相手に飲まれ無い為に、虚勢を張るしか無かった。


「勘違いしないでいただきたい 雇ったのは私ですが全て彼等に任せました……まあ五流もいいところでしたが」


 心底呆れたといったおもいため息をドライが吐く。


「そもそもアナタを侮ってはいませんよ だからこそ傍観者としてあの場にいたのですから」


ドライは嫌味を込めた称賛の拍手を贈る。


「素晴らしいかった ツヴァイと戦った時のアナタではどう足掻いても魔王様に及びませんでした ですがこれからも成長を続けられる様であれば……アナタは間違いなく魔王様と肩を並べるほど強くなれるでしょう」


「それでお前が来たのか」


「光栄に思う事です 私は魔王様を脅かす『脅威』と判断しました 直々に殺して差し上げましょう」


 ドライは本を取り出す。


 何をするかと身構えると、突如本は光を放った。


「なんだ!?」


「始めましょう……そして終わらせましょう 『アナタの物語』を」


 ドライが世界を歪めていく。


 目の前に映る光景は、瞬く間に変わっていった。


「何で……ここに?」


 その場所に、リンは見覚えがある。


「何で『太陽都市サンサイド』にいるんだ……俺は?」


 何が起きたかわからない。理解できなかった。


 そんな状況下でも、容赦なく別の疑問が押し寄せてくる。


「それどころかここは……あの時・・・の!」


 血と火薬の匂いがした。


 忘れもしない、リンの始まりの場所。


 リンの目の前に映る光景、そこは『終わったはずの戦い』をしていた。


「どういう事だ!?」


 よく見ればムラマサから譲り受けた刀も無く、服装はこの世界の時着ていた制服だった。


(そうだ……ここはアイツ・・・と戦った場所)


「人間の分際で! 虫けらの分際で!! 我らが鬼族きぞくをォォォ!!!」


「!?」


 振り返るとそこにいたのは、リンが倒した筈の鬼がいた。


悪鬼アッキ!?」


「この人間風情がアアァァ!」


 そう言って襲いかかる悪鬼。身体よりも先に、何故かが動いた。


「鬼は鬼らしく地獄に逝け」


 その言葉は、あの時発した言葉に相違無い。


「『火剣ひけん 迦具土神カグツチ』」


 あの時戦った『舞台』に、あの時発した『台詞』。

思いとは別に動く口と身体、それらは全てあの瞬間を『再現』されたものだった。


 この先をリンは知っている。


 太陽都市たいようとし殲滅作戦せんめつさくせん隊長たいちょう悪鬼アッキ』はその一撃によって一瞬で灰になる。


 筈だった。


「……効かぬ! 効かぬわ聖剣使い!」


「何だと!?」


 そこには『カグツチ』を受けて尚、金棒を振り上げる悪鬼の姿だった。


 目の前で起きた信じられない出来事に動揺するリン。


 悪鬼の持つ金棒が、リンの身体を容赦なく砕く。


「ガハッ!?」


「ヌハハハハハッ! 聖剣使い敗れたり!」


 違っていた。


 今この場で起こっている事は、起こらなかった出来事だ。


「所詮は人の英雄! 我ら鬼族きぞくに勝てる道理無しぃ!」


 高らかに勝利を告げる悪鬼の声が、戦場に響く。


(俺は……勝ったんだ……なのに)


「これが本来あるべき姿です どうです? 中々良くできているでしょう」


 その場に姿を見せたのはドライだった。


「これは……お前の仕業か」


「『物語の語り手ストーリーテラー』……それが私の能力です」


 そう言ってドライはクスクスと笑う。


「もっとも多少アレンジを加えていますがね」


「随分好き勝手に……書き記したもんだな」


 言葉を発するたびに身体に激痛が走る。


「あまり無理はしないほうがいいですよ 今のアナタは精神体・・・ですが痛みは本物ですので」


「『精神体』……?」


「この世界はアナタの『記憶』を媒体に造りあげたものです アナタの今まで積み上げてきた戦いの記憶』……鮮明に刻まれていればいる程により現実的になる」


 忘れられる筈など、リンにはできない。


 この世界に来てからの記憶。それはどれも、今までの日常とはかけ離れた出来事ばかりだ。


「今までの旅の思い出……どうです? 一度振り返ってみるのは?」


「……まさか」


「これで終わりのはずが無いでしょう」


 絶望が、リンを襲う。


 今この場で起きた出来事は『始まり』でしかない。


「序章は終わりです! 物語の主人公は聖剣使いの『優月ユウヅキ リン』! 魔王軍の恐怖と戦う世界を救う為に召喚されしもう一人の英雄! その冒険譚をどうかご照覧あれ!」


 そう告げると場面が変わった。


 リンはその場所も覚えている。ここは船上、客船だ。


 あの時も聖剣の力を使って、敵を追い払う為に戦ったのだった。


「アナタは海賊を追い払う為に戦った! だが銃弾はアナタを撃ち抜く! なす術なく地に伏せるのです!」


 ドライの言葉通りに出来事が進む。本来であれば、海賊を追い込むのはリンの方であった。


 再び事実が捻じ曲がる。


(身体が勝手に!?)


 あの時と同じように火の聖剣『フレアディスペア』で敵を焼き払う。だが敵は倒れてはくれない。


「スプリンクラーか!」


 船に備え付けられているスプリンクラーが作動する。だからリンあの時、海賊が落とした銃を手にとり戦った。


 だが、海賊は銃を落としてはいない。


土の聖剣ガイアペインが出せない!?)


 あの時を再現しているのであれば、当然所持していなかったた物は使えない。


「この世界でアナタは私に抗えない! ここでは私が絶対なのですから!」


 この舞台でのリンの役割。それは決まっていた。


「哀れ! 聖剣使いは力及ばず! 海賊達の魔の手を振り払うことが出来なかったのです!」


 道化である。


 宣言通りに銃弾がリンを襲う。逃れる術はない。


「アッ……カハッ……ハッ」


 リンは痛みでどうにかなりそうだった。


「喜劇の主人公になった気分はどうです?」


「脚本……降りろ」


「無駄な足掻きを……ならばこの先は少し飛ばしましょうか」


 精一杯の強がりを見せるリンに対して、ドライは容赦なく物語のページをめくる。


「自らの欲望に溺れ! 海魔と化した『キャプテン・エド』! はたして我らが聖剣使いはどう戦うのか! 第二幕の開演です!」


 恐怖の幕開けであった。

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