第106話 イレギュラー

「この時のアナタは仲間と力を合わせ切り抜けましたが……頼れるお仲間はいませんよ?」


 海から顔を覗かせる海魔。海賊グール『エド』の成れの果て。


「形態変化……できない」


 聖剣を弓に変化させようとするが、何も起こらない。


 仲間と力を合わせ、聖剣の新たな力であの状況でも勝つ事が出来た。


「これがお前の……筋書き……か」


「アナタは『運が良かった』だけです その場その場が常に崖っぷちだった」


 リンは何も言い返せなかった。


 一度でも一人で何とかなった事はあっただろうか? 一度でも賢者の石の力に頼らなかった事があっただろうか?


 リンは答えを、既に出していた。


「無力です アナタには何もできなかった なのにただ『選ばれた』というだけでここまできた……滑稽ですよ」


 エドの触手がリンを貫く。


(これは幻だ……現実じゃないんだ)


 ドライは今のリンを精神体だと言った。ここでの怪我は現実ではないと。


 だが、痛みは本物だとも。


(耐えろ……この程度で俺は)


「往生際が悪いですねぇ……これならどうですか!」


 ページを変えれば舞台が変わる。そこは『アクアガーデン』だった。


「雷撃の鬼『雷迅らいじん』! アナタは死闘の末に敗れる運命だった!」


「今度はあの野郎か……」


「その通りよ聖剣使い!」


 雷を纏った拳がリンに向けて放たれる。


「どっちが倒れるかの死合デスマッチといこうやぁ!」


「本当……嫌な敵だったぜお前は!」


 リンの身体は聖剣ではなく、雷迅とは拳で答える。


 あの時の戦いは土の聖剣ガイアペインの力を受け、身体を硬化させる事で攻撃を凌ぎ、互角にやり合った。


(力は発揮できないか……)


 ドライの能力『物語の語り手ストーリーテラー』。


 本来の出来事を書き換えた世界・・・・・・・


 ドライが書き記した通りに、物事が進むのだ。


 その力は、まるで『神』であった。


 登場人物の行く末を自らの手で決定してしまう能力。


 それは余りにも強すぎた。


「奥の手も無いお前に負けるわけねぇ!」


「ガハッ!?」


 雷迅の抉ぐるような一撃は、リンを大きく吹き飛ばす。


「ハッハッハ! 楽しいなぁ!? テメェをぶっ飛ばすのはよぉ!」


「殴られる身にもなってみろ」


 脚が立つ事を拒んでいる。これ以上の戦いは無理だと、リンの身体が限界を迎えてきているサインであった。


「新たなページを開きましょう この記憶はまだ新しい筈ですよ!」


 無慈悲に進む物語は、『カザネの記憶』だった。


「悍しき姿へと変貌した『木鬼』! アナタは一人だ! 誰もアナタを救えない!」


 木槌が振り下ろされる。リンは躱そうとするが、間に合わない。


「──ッ!?」


 叫びは声にならなかった。


 左腕が潰された。本当に潰れてはいないのだとしても、この痛みは本物だ。


「そして聖剣の力を取り戻す事なく……ここで力尽きる なんて救いのない物語か!」


 自らが書き記したシナリオに、恍惚の表情を浮かべるドライ。


「もう楽になってしまえば良いでしょうに この世界で私は『神』にも等しいのですから」


 神を名乗る悪魔の囁きは諦めろと、そうする事が最善だと囁く。


「安心なさい……ここで全て受け入れればそれで終わる抗うからこそ痛みが増すのです」


「そうすれば……終わるのか?」


「勿論です すぐに楽にして差し上げますよ」


 だからリンは答えた。


「ここにいる奴らは……今まで俺が倒してきた奴らばかりだ」


 思うように身体は動かせず、ドライの思い通りのシナリオに膝をつくしかなかった。


 絶対に勝てないシナリオ、その舞台に立たせられリンは満身創痍の状態である。


 だが、それでも。


「だったらまた俺が……倒せば良いってシナリオはなしだよなぁ!?」


 リンはドライを睨みつける。


 たとえ思うように動けずとも、たとえ結末を決められていたとしても、心まで屈することはなかった。


「……驚きました まさかそんな無駄口を叩ける力が残っているとは」


「左が潰されたからなんだ 右が残ってるのが見えないのか?」


「強がりは良しなさい どれだけ強がっていてもその身体では戦えない」


「負けるわけにはいかねぇんだよ!」


 普段絶対に見せないリンの激昂。


 初めて見せるその姿に、ドライは驚きを隠せなかった。


「『手を伸ばせば届く距離』なら! 俺は絶対に伸ばすって決めたんだ! 今の俺にはその力がある!」


 それは、過去・・に誓った事だった。


「殺せるもんなら殺してみろ! 逆に俺がぶち殺すぞ」


 その瞳は、濁っていた・・・・・が、眼差しはドライを真っ直ぐ捉えている。


「……私はイレギュラーが嫌いです 勝手なアドリブも そのようなシナリオも そして……アナタの存在もお断りしますよ」


 語り手ドライは指を鳴らす。


 すると瞬く間に、先程リンに倒された過去の敵役者が再び立ち塞がる。


「言ったはずです もうこのシナリオの結末は書かせていただきました 今更変更はありません アナタを殺して我々魔王軍の勝利で幕引きとなる」


「ハッ! そんな脚本で誰が満足するってんだ?」


「ではアナタは? 一体どう終わらせるおつもりで?」


「決まってんだろ……」


 最後の力。渾身の強がりであった。


「平和な日常で幕引きだ!」


 勝てる見込みなど、もう無かった。


 それでも最後の抵抗を、見せずにはいられなかった。


 ドライの呼び出した役者は容赦なくリンを襲いかかった。


 そんな時である。突如として起こった出来事は。


「ではご苦労様でした これにてこの舞台の幕引きとさせてただきま……!?」


 空は黒く染まる。


「何ですこれは…… このような展開は書いた覚えが……」


 ドライが困惑している様子を見て、リンもそれに気づく。


(何だ……? 何か様子がおかしい)


 そしてすぐに、その原因は姿を表す・・・・


 大地が揺れる。空に亀裂が走る。まるで空間を引き裂くかのように。


 リンの目の前に雷が落ちる。


 眩い閃光に目を閉じていたリンがゆっくりと目を見開くと、そこにいたのは『少女』がいた。


「フッハッハッハッハッハ! 何だこの冒険譚は? このような結末では台無しではないかぁ?」


 漆黒の鎧に紫色のマント、紫色の髪を左右共に耳より上に束ねた、銀色の瞳を持つ『少女』だった。


「馬鹿な……あり得ない!? この世界へ外部から・・・・の干渉は不可能だ! なのに何故私の許可無しに部外者が!?」


「『神』を名乗る愚か者よ」


 切っ先が二つに裂けた漆黒の剣を地面に突き立て、謎の少女は宣言する。


「この物語の結末は『われ』が決めるとしよう 光栄に思うが良い」


 それは、誰も予想していなかった展開イレギュラーに、その場にいた者は理解できなかった。

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