17-3

サムワンとエリックの暗殺から、数日後の夜のことである。

地面に響く鈍いいくつもの足音が、ヴィオラの微睡を覚めさせた。

彼女は地面に耳をつけ、その音をしかと確かめる。

人のものよりも重く、低い。


馬か。

こんな夜更に。


枯れ葉で作った寝床から起き上がり、茂みをかきわけ森を出る。

カタリナの母親に追い出された屋敷が左手に見える。

屋敷の窓からは明かりが見えず、ひっそりと静まり返っていた。

深夜遅く、流石にカタリナたちは床についているはずだ。


音は屋敷へと続く道の先から響いている。

だんだんと近づいてくる。

来客、というわけではないだろう。


ヴィオラの警戒に誘われるように、屋敷を警備していた兵士たちが、続々と屋敷の正面に集まった。


道の先から燈が見えた。


一つ、二つ、三つ。


気配が近くほどに明かりは増え、闇の中に馬と女の姿を浮かび上がらせる。

鎧一式を身につけた兵士の隊列。

先頭を行く男は高らかに剣を掲げ、切っ先を屋敷へ向けた。


大胆な連中。

正面から堂々と襲撃する腹づもりのようだ。

だが、これ以上ない攻略手段だ。

屋敷の護衛は数が限られている上、後詰もいない。

応援を呼ぼうにも手段がなく、たとえ呼びに行けたとしても、ジョナサンの実権が失われた以上、都合よく用意できるわけもない。


警備兵たちの顔に、緊張が走る。

しかし、自分たちの役割を自覚し、覚悟を決めるだけの判断力は残されていた。


お嬢様と奥様を連れて行け、早く。


警備兵が叫んだ。

連中を打倒する必要はない。

カタリナとベスの逃げる時間さえ稼げることができればいいのだ。


来るなら来やがれ、裏切り者ども。


弓をいかけ、数人の敵兵を落馬させる。

だが止まらない。

落ちた仲間の頭を踏み潰しても、敵の勢いは治らない。


ヴィオラは考えた。この時自分がすべきことはなにか。

すぐに決まった。

彼女は駆け出した。

騎兵と肩を並べるように森と道との境目を走り、屋敷の敷地に足を踏み入れる。


「お前は」


警備の兵士と顔を合わせた。

ヴィオラはわずかに微笑むと、彼らが静止しに来る前に、屋敷のドアを蹴り開いた。


屋敷は暗闇に包まれている。

一足先に入った兵士の姿は見当たらなかった。

構いはしない。どうせ、向かう場所は一緒だろうから。


先日の記憶を頼りに屋敷を進む。

カタリナの部屋のドアはすでに開かれていた。

ランタンを片手にした女兵士が、先頭をきって廊下にでてきた。

彼女はヴィオラを見つけると、怪訝な顔のまま彼女を睨みつけた。


「どうして戻ってきた」


女兵士の背後には、車椅子に載せられたカタリナと、車椅子を押す母親のベス。

メイドのアレックス。

その後から、2人の兵士が続いて出てきた。

先に屋敷に入ったのは、この2人に違いない。


「ヴィオラ、さん?」


カタリナが顔を上げ、ヴィオラの姿を探すように、首を左右に動かす。


「無事ね」


ヴィオラはカタリナの頭を撫でる。

その様子を緊張した面持ちで、不服そうに彼女の母親が眺めていた。

もう少し元気があれば、彼女の手を跳ね除ける力もあっただろうに。

ベラの脳裏は恐怖と不安が支配している。

ヴィオラに回すほどの怒りの余地は、彼女の頭にはもはやなかった。


「答えろ、なぜ戻ってきた」


その点、女兵士はまだ余裕があったと見える。

小手に包まれた硬い手がヴィオラの肩を掴み、指が肩に食い込む。

彼女のその余裕は、兵士としての場慣れから来ているに違いない。

そして、ヴィオラも同じだった。

伊達に長い間、化かし化かされ、殺し殺されの世界で生き延びていない。

女兵士の手と顔を交互に、表情を変えることなく、つまらそうに見つめた。


「彼女を守るためだといったら、あなたは怒る?」


「ふざけているのか」


「貴女には、そう見えるのかしら」


足音が背後から聞こえた。

ヴィオラは目を向ける。

真っ赤な返り血をつけた兵士が2人、こちらに近づいてくる。


外の兵士が寄越した応援、というわけではなさそうだ。

2人はヴィオラを、その奥にいるカタリナたちを見るや否や駆け寄ってくる。

剣を握りしめ、殺気を隠そうともせずに。


「行きなさいな、あいつらは私が食い止めておく」


「お前の助けなど……」


瞬間、ヴィオラの手が素早く動いた。

腰からスティレットを引き抜き、女兵士の首に切っ先を当てる。

この間、女兵士は動くことすらできなかった。


「これ以上下らない問答を続ける気なら、貴女を殺すしかないのだけれど。それでも、いいかしら」


女兵士は息をのんだ。ヴィオラから手を離し、彼女から数歩離れる。


「聞き分けがよくて助かるわ」


武器を下ろし、ヴィオラもまた半歩後ろに下がる。


「貴女は貴女の仕事をすればいい。こっちのことは心配しなくていいから」


「そんなことなど、するものか」


女兵士の返答に、ヴィオラはにやりと笑った。

背後から剣が振り下ろされる。

ヴィオラはもう一本のスティレットを抜く。

両手に武器を構え、二振りの受け止めた。


「カタリナちゃん、またね」


剣をかち上げ、振り返る。

一切の逡巡なく、顎から脳天に目掛けて突き刺した。

嗚咽にもならない声が、2つの兜から小さく聞こえた。


力を失った体は尽く崩れ落ち、死体から血溜まりが広がっていく。

カタリナの目がきかなくてよかった。

これ以上彼女に、死体を見せるのはあまりに酷というものだ。

ベスとアレックスはすっかり青ざめていたのだが、ヴィオラの知ったことではなかった。


女兵士が先導し、彼女たちを連れていく。


「ヴィオラさん……!」


カタリナの声が聞こえた。彼女が見えるはずはない。

だかヴィオラは手を挙げて、彼女に向けて振った。

少しでも安堵してくれるようにと、そう願って。

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