十七章

17-1

『これをお読みになっているのが、カタリナ・フランシス・ビルゲート様であることを願っております』


『貴女様に手紙を送るかどうか、正直、とても迷いました。これ以上貴女様に心労を与えてしまうのはどうかと思いましたし、私のことなど一刻も早く忘れてしまいたいに違いないでしょうから』


『ですから、私からの手紙はこれが最初であり、最後の手紙にしようと思います。つまらない内容になりますが、どうか短い辛抱をお願いいたします』


『私は貴女様のお父君、ジョナサン・ビルゲート氏を襲撃するつもりです。殺しはしません。しかし、相応の手傷を負わせるつもりです。少なくとも、職務の遂行に支障が出る程度には。万が一に備え、襲撃のあと速やかに彼を救助するよう、知人に連絡をしてあります。私からの連絡ですから、聞き入れてくれるかどうかはわかりませんが、人命がかかっているとなれば話は別でしょう。それでもジョナサン氏が命を落とすような事になれば、その時は、どうぞ遠慮なく、私をお恨みください』


『貴女様に身に降りかかった不幸と屈辱は、全て不甲斐ない私の責任です。本来ならば、貴女様の面前に赴いて、誠心誠意の謝罪をするのが筋でしょうが。今の私の立場では、それがかなうことは決してないでしょう。ですから文面だけでも、どうか謝罪をさせていただきたい。ほんとうに、申し訳ありませんでした。私などと出会わなければ、貴女はもっと幸せになれたはずです』


『貴女様のこの先の人生が、幸多からんことを。心の底から願っております』





ジムによる王城襲撃より前。

ヴィオラはジムに呼び出され、場末の宿屋の一室を訪れていた。


「これを、あの子に送りつけようってわけ」


ランプの明かり一つで照らされた室内で、ヴィオラは

試しに読んでみてくれ。

そう頼まれて、彼女は手紙に目を通した。

そしてすぐに、訝しげに目を細めた。

目つきをそのままに、目の前の男の背中を見た。


「何が悪い」


ジムは机に体を向けたまま、そう応えた。

その間も彼の手は休まず動いている。

宿屋の主人から譲り受けた中古の便箋。

あちこちが折れ曲がり、折り目が目立つ。

山積みにされたゴミの中から、適当に見繕われた代物だった。


指の腹で折れ目を伸ばし、体裁を整える。

それを終えると彼の手の平は、背後へと差し出された。


「むしろこれでいいと思っていることに驚きよ」


ため息をつきながら、ヴィオラは手紙を彼の手に置いた。


「こんなもので、あの子に許されようっての」


便箋に手紙を入れ、封をする。


「いいや、そんな気はない」


胸ポケットに手紙を忍ばせ、ジムは立ち上がる。


「じゃあ、なんで手紙なんか」


「彼女への、せめてもの礼儀」


そして振り返る。


「もしくは、ただの自己満足か」


「ひどい顔よ、言わなくてもわかってるだろうけど」


血色のわろい青白い顔。

目元にはくまがくっきりと現れ、目は充血している。

明らかな睡眠不足、蓄え続けられた疲労。

それが隠されることなく、これでもかと現れている。


「死人と喋ってるみたい」


「もう少しで、そうなるさ」


ジムの手がヴィオラのかかる。

2回、軽い力で叩かれた。

彼の手は、彼の力はこんなに軽かっただろうか。


「冗談にしては、笑えないわよ」


彼は頬を歪めた。

皮肉を込めて、力なく。


「あの子を頼む」


「自分でやりなさいよ、その方があの子も喜ぶわ」


「あいにく忙しくてな、それどころじゃない」


「冗談で言ってるわけじゃないわよ」


「俺も、そのつもりだ」


ジムの指先に力が込められる。


「頼んだぞ、お前が頼りだ」


もう一度、彼女の肩は叩かれる。

ジムの足は踏み出され、彼の匂いがヴィオラの横を通り抜ける。


「それ、あの子に届けるんでしょ」


ドアが開かれた。

足音はそこで止まった。


「謝りなさいよ、ちゃんと。文字なんかに頼らずに、あんたの言葉で」


返答はなかった。

足音が離れていき、ドアが閉じられた。

ヴィオラは振り返らなかった。

長いため息が、彼女の口から漏れた。

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