13-7

 エリック・オズワルドがもたらしたのは、俺たちにとっての不都合であり、ジョナサンに取っての苛立ちだった。


 彼はその痛々しい火傷の顔を微塵も動かさず、ジョナサンの職務権限の一時停止、沙汰があるまでの待機が命じた。


 理由は、彼が独断した内部調査が国家反逆の疑いにかけられたためだった。

 俺に関する捜査から手を引いたこと。

 それとは別に、彼はエリック率いる北東部隊についても、ジョナサンは調査をしていたらしい。


 ただならぬ殺気がジョナサンから漏れ出ていた。

 俺たちには緊張が走ったが、エリックは大して気にともている様子はない。

 軍人が軍人に、あるいは善良な市民に対して暴力行為を行えばどうなるか。

 結末に待っている面倒を、エリックは知っていた。

 そしてジョナサンも、重々に承知していた。


「うちの娘が行方不明なんだ。その捜査権くらいくれたっていいんじゃねぇか」


 ジョナサンも食い下がるが、エリックは歯牙にもかけるつもりはなかった。

 鼻から短く呆れるような息を漏らすと、形ばかりの同情を示すように、目を細めた。


「残念だがそれはできない。すでに決定事項だ。君の娘の捜査は私がしっかりと引き継ごう。五体満足で君のもとに届けることを、約束する」


「生死にかかわらず何だろ。どうせ」


 エリックはくすりともしなかった。

 わずかに視線をさまよわせ、


 「これで失礼する」


 と言って、ジョナサンに頭を下げた。

 俺とヴィオラのいる病室には、一歩たりとも入ろうとしなかった。

 チラリと彼は俺とヴィオラを見たが、たまたま目に入った小石のごとく、大して興味を向けてくることはなかった。


 すぐに視線を切ると、彼は踵を返し、廊下を引き返していく。

 ジョナサンは見送ることはしなかった。

 遠ざかる足音を、忌々しげに聞き入っているようだった。


「他の連中には、伝えてあるのか」


 ジョナサンは部屋の対面にある窓を見ながら、兵士に尋ねた。


「オズワルド隊長殿が、すでにすませたそうです。兵士たちは現在、兵舎にて待機中。団長の指示があれば、いつでも動けます」


「大人しくしていろと伝えろ。指示は追って伝えると」


「様子見ですか」


「勝手をやっておまんまを食えなくなると困るだろ。手段が見つかるまでは、勝手は許さん。そう伝えておけ」


「では、すぐに」


 兵士は頭を下げ、整えた息を見出しながら廊下をかけて行った。

 兵士の背中を見送ると、病室のドアを閉め、俺の方へと引き返してきた。

 残った兵士はジョナサンの背中を追って、彼のすぐ後に続く。


 椅子に下ろされたジョナサンの腰は、先ほどよりもずっと重かった。

 エリックの通達は、彼の両手足をもぐようなモノだ。

 身動きができず、生殺しにされる。

 こぼれ出る、深いため息。

 滲み出る怒りを隠そうともせず、貧乏ゆすりが激しさを増していく。

 兵士たちは不安そうに、ジョナサンの背中を見つめていた。


 こう言う時、ジョナサンには声をかけない方がいいことを、俺は知っていた。


 貧乏ゆすり、あるいは葉巻を深く燻らせている時は、彼は思考を回転させている。

 内部に湧き立つ激情。それとは別の、穏やかでしんと静まりかえった冷静さが、劇場をエネルギーに変え、彼の思考に費やさせている。


 思考の時間がどれほどかかるか。

 それはその時々によって変わる。

 1時間足らずの時もあれば、半日、数週間と長く要することもあった。


 だが、今日は運がよかった。

 彼の貧乏ゆすりは30分とかからずに、ピタリと止まった。

 膝を支えに頬杖をついていた彼の顔が、俺の方を向いた。


「状況が変わっちまった」


 謝罪とも取れる言葉。それが何を意味するものか。

 わからないわけではなかった。

 彼は俺を必要としている。俺に動けと願っている。

 叶えねばならない。俺も、それを願っているのだから。


「何なりと、御命令を」


 毛布をめくり上げて、体を起こす。

 起き上がるのを拒むように、体が悲鳴を上げた。

 奥歯を噛み締めて痛みに耐えると、ジョナサンに向き合うように、体勢を整える。


 ジョナサンは介助の手を差し伸べようとしてくれた。

 だが、俺は丁重にそれを拒んだ。

 自分への心配のせいで、彼の思考を止めたくはなかった。


「娘の捜索はこっちでやる。あの野郎に任せてたんじゃ、おちおち安心してもいられねぇ。だが、実行はお前らでやってくれ。俺たちが動いたんじゃ、あの野郎に弱みを握られかねない」


「かしこまりました」


「シモンの奴も呼び寄せよう。あいつの上司には俺の方から話をつけておく。介助のやつは多い方が、お前も楽だろ」


「……ご心配、痛み入ります」


「かしこまるな。むしろ呪え。肝心な時に動けない役ただつとな」


 ジョナサンの頬が苦笑に歪み、やるせなく肩をすくめる。

 そうではないと言葉で否定するのは簡単だが、偽りの言葉で彼を励ますことはできまい。


 本心の片隅で、俺は間違いなくそう思っていた。

 きっとジョナサンもそれを見抜いていたに違いない。

 返答の言葉に迷った挙句、俺は彼にならって苦笑した。

 気まずいとまではいかないが、それで言葉が消えた空白の時間を埋められれば、申し分はなかった。


 ふと、目の端でヴィオラを捉えた。

 彼女はなおも病室のドアを見つめている。

 不思議なのは、彼女の表情が緊張し、張り詰めていたことだ。


 因縁ある何者かと遭遇した時のように、血の気が引き、茫然と緊張から動けずにいるようにも取れる。


「どうした」


 俺が声をかけると、ジョナサンの顔が動きヴィオラを見た。

 そして彼女の不可解な表情に、首を傾げた。

 ヴィオラはハッと我に帰り、ようやく俺たちの方を見た。

 彼女らしい嫌味たらしい余裕は、今は消え失せていた。

 瞳が揺れ動き、唇は何かが漏れるのを防ぐように、引き結ばれている。

 動揺が、手にとるようにわかった。


「何かあったか」


「……見覚えのある顔が、いただけ」


 絞り出すように、ヴィオラが言った。

 動揺の原因はついさっきのようだ。

 ジョナサンと兵士たち以外に、顔を出した人間は1人しかいない。


「知り合いなのか」


「知り合いも、知り合いよ」


 頬を歪めて、ヴィオラは笑う。


「ブロクソスの親玉、私たちのボスだったんだから」

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