13-6
これまでの経緯を掻い摘みながら、俺はジョナサンに伝えた。
すべてを話終えるのに、10分も掛からなかった。
しかし、たったそれだけの時間で、ジョナサンの表情は変化した。
眉間に作られた谷間は解かれ、目は細められる。
口もとは歪み、悪戯を仕掛ける悪ガキのような、意地の悪い笑みを作り出す。
笑顔には2種類ある。娯楽を楽しむ際の破顔と、相手を威嚇する破顔。
ジョナサンの笑みは間違いなく後者だった。
彼の怒りと威嚇は俺に向けられたものではない。
そうとわかりながらも、俺は悪寒が背筋を伝うのは感じないではいられなかった。
「うちの娘は、悪運だけは達者なようだ」
額を手で撫でながら、ジョナサンは言った。
彼の脳内で行われる、残虐な復讐劇。
それを想像すると、ゾッとしない。
何より恐ろしいのは、その妄想が妄想に止まらない場合だ。ジ
ョナサンは妄想を実行できるだけの力があり、事実、妄想を現実に引き起こしたこともある。
騎士団という職につきながら、犯罪者が想像しないような残酷が、彼の
沸点に到達した彼は、誰も手がつけられない。
嵐に蹂躙される畑を眺める農夫のように。ただ流れのままに任せる他にない。
「テメェで死ぬくらいなら、俺に殺されてから死ねばよかったんだ。そうすりゃ綺麗に腑分けして、標本にして飾ってやったのに」
寒々しい空気が病室に流れた。
兵士たちもヴィオラも、そして俺も。
誰も笑わず、表情だけが困惑に歪んだ。
ジョナサンは冗談のつもりかもしれない。
しかし、笑わそうとは思っていないらしい。
俺たちの困惑を前にしても、彼は気まずそうにもせずに、あご髭を撫でていた。
「そいつのアパートに娘が匿われてるんだな」
「彼の話が本当であれば」
「場所はわかるのか」
「街の端にある、古い水路跡近くのアパートと」
ジョナサンが兵士に視線を送ると、仲間を1人の残して病室を出て行った。
目の端でジョナサンはその背中を見送る。
そしてまた、俺に視線を戻した。
「娘のことは任せろ」
「ありがとうございます」
「礼を言うなら俺の方だ。うちの娘のせいで、お前には何度も迷惑をかけた」
「カタリナ様のせいでは……」
「いいや、あいつのせいだとも。これもいい機会だ。今度ばかりはきっちりと言い聞かせてやらねばな」
アゴの先端を爪でかきながら、ジョナサンが言う。
苦笑気味に頬が歪んでいるために、軽口のつもりなのだろう。
だが、目だけは笑っていない。
どうやら彼の怒りは犯人だけでなく、カタリナにも向かおうとしているようだ。
カタリナが無事救出されるのを願うが、その後の彼女の身の安全が少し、心配になった。
「しかし、廃城をアジトにしてるとはな。なかなか乙なことをするじゃねぇか。そのブロクソスのボスってのは」
森の北にあると言う廃城。
残念だが正確な場所までは、俺もわからなかった。
あの森周辺の土地勘は俺にはない。
土地に慣れたものの案内が必要だ。
その旨を、ジョナサンの耳にも入れた。
彼の伝手であれば、人材はことかかないはずだ。
そして彼は、俺の期待を裏切らなかった。
「狩人上がりの兵士がいる。そいつに案内をさせよう」
「土地に明るいのですか」
「ああ。あの森一帯は狩人たちの狩場だ。獣の巣穴から薬草の場所まで、案内できない場所はないとさ」
その評判だけでも、俺は半分の安心を得られた。
もう半分は、実際にその腕を観て埋めることにしよう。
ジョナサンがそこまで言うのだ。
全幅の安心はまず間違い無いだろうが。
問題なのは、やはり自分の体だ。
ジョナサンもそこを懸念しているようだ。
俺の体を見る彼の視線には痛々しさと、諦めとが含まれていた。
「一通りのことは俺が勧めておく。お前はしっかり体を治せ」
「そうしたいのは山々ですが……」
「治せ。いいな」
二の句を言わせるつもりは、鼻からなかったのだ。
ジョナサンは俺の言葉を遮って、俺の鼻先に人差し指を突きつける。
俺は言葉と共に唾を飲んだ。
彼の視線に含まれた殺気を、感じ取ったためだ。
「全快のお前なら、頼もしい限りだが。今のお前はただの足手まといだ。肝心なところで動けずに、おちおち死ぬだけだ」
そんなことはない。
否定するだけなら簡単だ。
だが、実証するとなると、何も言えなくなる。
そんなことはない。その言葉に見合う証拠は、言葉以外に何一つなかった。
俺は、沈黙を選ぶ他になかった。
己の体の不都合に、今日ほど不満に思ったことはない。
「お前もよく、理解できるな」
「……ええ」
どうにか返事を絞り出す。悔しいが、その通りだ。
「……邪魔したな」
息を吐くと、膝に手を置いてジョナサンが立ち上がった。
「もう行くの」
ヴィオラが久しぶりに口を開いた。
俺が彼と話している間、彼女は退屈を持て余しているようだった。
何度も噛み殺したあくびのせいで、彼女の目には涙が溜まっていた。
「仕事が増えたからな。現場で指揮をしてやらねぇと」
ヴィオラの肩を叩くと、ジョナサンがドアに歩み寄っていく。
今にも彼の手が取ってをつかもうとすると、勢いよくドアが開かれた。
ジョナサンは背後に下がり、彼の背後にいた兵士が咄嗟に腰の剣の柄に手をかけた。
姿を現したのは、部屋を出て行ったばかりの兵士だった。
息が乱れ、額からは汗が滲んでいる。
走ってきたのは、誰が見ても明らかだった。
「た、大変です」
ぜぇぜぇと息を吐きながら、兵士は言った。
「何があった」
ジョナサンは尋ねると、廊下の奥から足音が近づいてきた。
ジョナサンは病室から顔を出して、廊下を覗いた。
その顔が、明らかに引きつったのがわかった。
「しばらく、大人しくしていてもらおう。ジョナサン・ビルゲート団長殿」
ざらざらとしたかすれ声。
廊下からやってきたの、顔中が焼けただれた男だった。
「エリック・オズワルド大尉」
その男の名前を、ジョナサンが口にする。
そして彼の表情は、忌々しげに歪んだ。
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