12-6

 夜も更けて、通りからは人通りがなくなった。

 建物の窓から明かりが漏れ、人々の影が通りに伸びている。

 人気のない通りを俺は歩いていた。

 向かっていたのは街の北側。商店や大店の貿易商が持つ倉庫が立ち並ぶ区画だ。


 通りから路地に折れる。

 抜けると、目の前にあったアパートに入る。

 階段を上がり屋上まで来ると、見慣れた女の背中を見つけた。

 ヴィオラはちらと俺を見て、肩をすくめる。


「来ないかと思ってた」


「状況は」


「相変わらず動きなし。つまらないものよ」


 ヴィオラはボーガンのスコープを覗く。

 彼女の視線を追うと3つの倉庫を見下ろせた。

 肩を寄せ合うように並び、玄関口は硬く閉じている。

 しかし、左側の倉庫だけは様子が違った。

 閉じているはずの鉄扉が口を開き、中からは明かりが漏れ出している。入

 

 り口の脇には黒スーツを着た男が2人。


「見張りよ。かれこれ2時間くらい、ああしてるわ。よくやるわよ」


 ヴィオラがつまらなそうに言った。


「……来たぞ」


 闇に響く蹄鉄と車輪の音。

 ランタンを揺らしながら、一台の馬車がやってきた。

 左側の倉庫の前に止まると、玄関を挟んでいた男たちがすぐさま駆け寄る。


 ドアを開くと、現れたのは質の良いスーツをきた男。

 肩手にハンドバックを握り、颯爽と馬車のタラップを踏む。


「あいつね」

 

 指定された時間。それにその服装。|

 組織の構成員チンピラたちから絞り出した情報が正しければ、あの男こそ銀行家その人ということになる。


 予定外の人員、武器の支出。

 その補填のために、急遽取引の場が用意されたのだ。


 銀行家とおぼしき男は、男たちに付き添われて、倉庫内へと入っていく。

 続いて馬車から降りてきたのは、2人の屈強な男たち。

 彼らは周囲を見渡し、銀行家たちを追っていく。


「行くぞ」


 取引がどの程度かかるかはわからない。

 発見を恐れれば、そう長い時間をかけることはないだろう。

 面倒くさげに手を振るヴィオラを横目に、俺は屋上を出た。


 階段を下り外に出る。

 倉庫の周囲には高いレンガの壁が築かれている。

 屋上から見た限り、中に入るには現在地とは反対にある、鉄の門まで行かなくてはならない。


 が、そんな時間はなかった。

 数歩後ろに下がり、壁に向かって走る。

 壁についた凹凸をとっかかりに、上へと駆け上がる。

 壁の上部に指をかけ、足で体を支えながら、よじ登った。


 壁の足元には、人影はない。

 壁を飛び越えて、倉庫側に着地。すぐさま駆ける。

 馬車はまだあった。

 2頭の黒馬が落ち着きなく、しきり首を振っている。


 倉庫の横手に回り込む。

 レンガの壁。軒下には丸い窓が並んでいる。

 窓から中を覗くが、曇りガラスでよく見えない。

 だが、人がいることは確かだ。

 おぼろげな人影が5つ。明かりの下でゆらゆらと蠢いている。


 微かな声が聞こえたが、言葉は判然としない。

 短いやりとりを終えて、片方が荷物を渡し、片方がそれを受け取った。


 受け取った方の人影は満足そうに揺れ、倉庫の奥へと移動する。

 残る人影たちは奥に向かった人影を待つことなく、出口へと引き返していく。

 それに合わせて、俺も正面の入り口へと向かった。


 出てきたのは、銀行家と思しき男と、警護の者らしい男が2人。

 銀行家の手には、ハンドバックが消えていた。

 取引は、無事に済ませたようだ。


 狙うのなら、今が絶好の機会だ。


 俺が影から飛び出したのを機に、遠くから風を切る音が聞こえた。

 瞬く間に警護人の喉元に、矢が突き立った。

 突然の攻撃に、身を硬らせる銀行家。

 生き残った片割れの警護人は、銀行家の体勢を低くさせ、馬車の影に急いで向かわせる。


 その背後を、俺はとった。

 早足で駆ける警護人。

 腰から抜いたナイフで、背中から脇腹を刺した。

 

 くぐもった息が、男の口から盛れる。

 視線を回そうとする男の口を塞ぎ、喉を切り裂く。

 男と視線があった。

 だが、それ以上の何かはなかった。


 崩れ落ちる警護人を跨いで、銀行家の腕をとる。

 彼のシャツを捕まえて、思い切り持ち上げる。

 スラックスからシャツが引き出され、背中の火傷跡が剥き出しになった。

 間違いない、こいつだ。


「乗れ」


 シャツから手を離し、銀行家の背中を押す。

 銀行家は沈黙したまま、馬車に乗り込んだ。

 彼はすぐさま御者台に乗り込み、手綱を振る。

 馬たちはいななき、からっぽからっぽとゆったり走り出す。


 背後から怒声が聞こえてきた。

 が、小さな風切り音が響くと、ピシャリと静かになった。


 倉庫を離れ、ヴィオラの待つ建物の前に戻ってくる。

 馬車を停めると、間も無くヴィオラが降りてきた。

 ショルダーバックを揺らして、早足で馬車に乗り込む。


「うまくいったみたいね」


 彼女の対面には、窓にもたれかけ、座っている。

 ヴィオラがナイフを向けようとも、彼の態度が崩れることはない。


「死んでんじゃないの」


「生きてるよ、あいにくと」


 聞き覚えのある声だった。

 手綱をふるいかけたが、思わず荷台を覗いた。

 銀行家はやおらに体を起こすと、帽子に手をかける。

 その下から出てきた顔に、目を奪われた。


「あんた」


 ヴィオラも驚いているようだ。

 銀行家、フィリップは俺と彼女の顔を交互に見て、力なく笑った。

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