12-4
カタリナが立ち去ってから、1時間ほどが経過した。
ようやく、ジムが三角ビルへの戻ってきた。
階段を上がり、執務室へと向かう。
その途中で秘書に声をかけられた。
彼はカタリナに応対した秘書であり、むろん、彼女の来意も把握していた。
「俺に頼みを」
「ええ、早いところ会ってあげた方がいいと思いますよ。彼女、何だか急いでいたみたいでしたから」
「そうか。今夜にでも会いにいってみるさ。ありがとうな」
秘書はにこやかに頷くと、元の通り仕事に戻っていく。
カタリナの目的は何だかわからないが、検討はついた。
ジム・フランコ。消息をたったあの男について、何かの頼みをしにきたのではないか。
ドミニクとシモンのところに頻繁に出入りしていることは、彼の耳にも入っていた。その度に、ジムについて聞いて回っているということも。
彼女が早いうちからジョナサンを訪ねなかったのは、単に遠慮してのことだろう。
遠慮をついに破ったということは、カタリナはついに両手をあげたのだと、ジョナサンは思った。
執務室に戻った後、彼は手早く書類仕事を終わらせて、ビルを出た。
馬車を捕まえて、カタリナのいる寮へと向かう。
寮は学園から坂道を少し登った先にあった。
学園から一番近い寮アパート。
入学時にジョナサンも付き添って、そのアパートの部屋を訪れた。
3階建て。白い積み石の外壁には目を惹かれる。
学生二人に個室が一つあてがわれている。いわゆる、相部屋だ。
3階のちょうど真ん中のあたりに、彼女たちの部屋があった。
馬車を通りに待たせて、ジョナサンは玄関を潜る。
広々としたエントランス。右手に伸びる廊下に沿って、赤茶色のモダンな扉が並んでいる。
左手には寮長室があった。
ジョナサンはそのドアを叩いて開く。
中には年老いた寮長が椅子に座って、退屈そうに顎を杖に載せていた。
寮長はジョナサンを見ると、目を見開いた。
白い眉をあげて、物珍しそうに彼を見つめる。
「娘のところに顔を出しに来た」
ジョナサンは手早く告げる。
寮長は頬ぼねをあげて、空気をかみながらうなずいた。
そっとドアを締め、寮長室の脇にある階段を上がった。
三階へとくると、迷わず廊下を進み、カタリナの部屋までくる。
ノックしてみるが、返事はない。
もう一度強めにやってみると、中から足音が聞こえてきた。
ドアが押し開かれ、寝ぼけ眼の女子が顔を出した。
髪はボサボサ、寝癖であちこちに毛先が跳ねている。
学園から支給された、校章入りの運動着をきている。
彼女の体からは微かにシーツの匂いがした。
どうやら、さきほどまで眠っていたらしい。
「……ああ、カタリナのお父さん」
その女子のことは、ジョナサンも知っていた。
といっても、カタリナが部屋に越した時に、挨拶をした程度だが。
忘れられてもおかしくはないが、この女子もまた彼のことを覚えていたようだ。
「カタリナに用ですか?」
ボサボサの髪をかきむしりながら、面倒臭そうに女子は言った。
「ああ。部屋にいるなら、呼んできてほしいんだが」
「ちょっと待っててください」
開いたドアをそのままにして、女子は背後を振り替える。
洗面所。シャワー室。
ベッドルーム。トイレ。
人の入れる部屋はそこまで多くない。
玄関から見渡すだけで、人がいるかどうかある程度わかる。
彼女はベッドルームからトイレまで。
ドアを開いては閉じてを繰り返した。
だが、彼女以外に出てきた人間はいなかった。
「あいにく、まだ帰ってきてないみたいです」
彼女は相変わらず髪をかきながら、気怠そうに言う。
「そうか。邪魔して悪かったな」
ここにいる理由はなくなった。ジョナサンはそうとだけ言うと、早々に部屋の前から立ち去ることにした。
「いつでもどうぞ」
彼の背中を女生徒の気怠げな視線と声とが追いかけた。
寮を出たジョナサンは、馬車に飛び乗った。急なお客の登場にうたた寝をこいていた御者がぎょっとした。
「すぐに出発してくれ」
荷台のドアを勢いよく閉めながら、淡泊にジョナサンは言う。御者は首をすぼめつ、手綱をうならせる。
馬車がビルの前に停まるや否や、ジョナサンは荷台を降りて玄関をくぐった。
荒々しい足取りだ。彼の顔からは、はっきりと怒りが滲んでいた。
「どうかしたんですか」
2階の団員の執務室へジョナサンが顔を出す。
異変に気がついた兵士が、彼に声をかける。
「準備しろ。人を探す」
「事件ですか」
「その可能性がある。だから早くしろ」
「わかりました」
状況の把握よりも、兵士は迅速を求めた。
仲間たちに言葉と視線で合図を出し、彼らはてきぱきと準備に入る。
「探すのは誰です」
「うちの娘だ」
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