11-4
数日前のことだ。
港を出た俺とヴィオラは、ドミニクが幽閉されている廃村へと向かった。
東に進路を取り、馬を走らせること2日。
その村は山の麓に位置していた。
かつては宿場町として栄えた村で、当時は旅人と商人で賑わっていたと聞く。
しかし、別の道が整備されると、人の出入りは減少。
宿屋や出店は立ち行かなくなり、一年と待たず村は廃れていった。
残ったのは人気のない廃屋の群れ。
今にも自然へと回帰しそうな、くたびれた住居跡だけだった。
村から少し離れた、小高い丘。
そこで馬を降りて、ヴィオラを待機させる。
彼女には遠距離からのバックアップを任せてある。
ヴィオラは馬を降りると、鞍につけた折りたたみ式のボウガンを下ろし、組み立てる。
見晴らしのいい丘に腹這いになり、スコープを覗く。
彼女が倍率を調整する間。俺は望遠鏡を使って村の中を偵察した。
厳重な警備だ。
村の外だけでも10人以上は潜んでいる。
村に入るためには、南側と西側にある門と側面の生垣をよじ登る必要がある。
門のところには当然、見張りが立っている。
取りこぼしがないよう、仕切りに巡回を繰り返している。
正面突破はなるべく避けたいが、現状それ以外に道は残されていないようだった。
「大胆にいくしかないかしら」
ヴィオラがスコープを覗きながら、言った。俺は返答せず、立ち上がる。
「行き先はわかってるの」
スコープから目を外し、ヴィオラが俺を見上げてくる。
俺は指で闇を撫でながら、村のある一軒の廃屋を指差した。
ヴィオラはもう一度スコープに目を覗き、俺が指した方を見た。
「なるほどね」
得心がいったらしい。ヴィオラは頬を歪め、訳知り顔でうなずいた。
数件ある廃屋の中で、たった一軒。
そこだけが人がしきりに出入りをしている。
玄関の両脇には男が立っている。
割れたガラス窓からは、明かりに照らされた数人の人影が踊っている。
人数は確認できない。
だが襲撃に備えるには十分な人数を揃えていると、考えた方がいいだろう。
「行ってくる」
「お別れのキスは、必要かしら」
ヴィオラが頬をゆがめた。俺は鼻で笑い、丘を駆け下りた。
闇は、常に俺の味方だ。
すぐそばで俺を見守り、守護し、導いてくれた。
親であり、友であり、故郷でもある。もはや、捨てたものと思っていたが。
夜の闇に紛れて村へと近づく。
正面の門の男たちは、俺の足音に気がついた。
剣を抜き、あたりに注意を払う。
だが彼らが声を出す前に、彼らの喉を矢が貫いた。
微かな血があたりに飛び散る。
膝から崩れる彼らを、俺がは受け止めた。
そして物陰に隠した。
残された血を土で隠せば、そこには無人の門が現れた。
中に入る。
廃屋の間に村の大通りが通っている。
踏み固められた土の道。あちこちから雑草が生えている。
男たちの背中。
手に握られた松明があちこちに向かっては、そこらを照らしている。
廃墟の影に身を潜めながら、俺は先を急いだ。
ヴィオラは俺の行手を追い、邪魔となる敵を優先して排除してくれる。
廃屋の中。物陰。死体を隠せるだけ隠し、先へと進む。
進行は順調だった。
予定よりも早く、あの廃屋の前まで来た。
玄関の前に立った2人の男。
そして入ってすぐのところには4人の男がいる。
俺は丘の方向を見た。
きっとヴィオラが俺を見ていると思ったからだ。
撃つのを待て。
言葉にせず、口を動かして彼女に伝えた。
彼女は理解したようだ。矢は放たれず、男たちの口からは笑い声が溢れ出た。
廃屋は大きくはない。
2階建てのこじんまりとした煉瓦建て。
屋根には太い煙突が伸び、黙々と黒煙を吐き出している。
屋敷を目でなぞっていると、2階に破れたガラス窓を見つけた。
侵入するにはちょうどいい。
ぐるりと廃墟を巡り、裏手に回り込む。
裏手には窓がなかった。
崩れたレンガの壁が凹凸を作り、どうにか登れそうだ。
両手をくぼみにかけて、よじ登る。
屋根の縁を捉え屋根に上がる。
反対側へと回り、あの破れた窓の上まで来た。
玄関の見張りはこちらに気づいた様子はなく、いまだに談笑を続けている。
屋根から体を出し、窓から中を覗いた。
人はいなかった。だが気配はする。
注意する必要があるが、侵入には絶好のタイミングだった。
屋根の縁を握り、体をぶら下げる。
反動で体を揺らし、中に入った。
腰に挿した鞘から短刀を抜いた。
素早く壁に背中をつけて、慎重に進んでいく。
曲がり角。
ホコリだらけの絨毯に人影が落ちている。
次第に大きくなり、足音とともに近づいてくる。
敵は1人だ。足音は他になく、息遣いも聞こえなかった。
ナイフを握り、その時がくるのを待つ。
そして男の革靴が見えた時、刃が煌めいた。
膝を貫くと、男が前のめりに倒れてくる。
すかさず短刀を抜き、男の首を刃の切っ先で受け止めた。
柔らかい肉の隙間から、暖かな血が流れ出てきた。
男は、呻くことすらなかった。
白く濁った瞳はどこを見るともなく、床に視線が落ち、動かない。
静かにその場に横たえ、彼の体から剣とナイフを抜き取った。
これまでは、認めたくはなかった。
俺はすでに足を洗い、真っ当に生きるつもりでいた。
普通のように人々の中で暮らし、人々の中で死んでいく。
それを望んでいたし、そうあるはずだった。
だが、所詮は普通でいることは俺にとっては仮初に過ぎなかったのだろう。
壁にかけられた燭台。その明かりを、俺は息で吹き消した。
闇が世界を閉し、高揚感が俺の中を駆け巡っていく。
血の匂いとカビ。泥のように汚い世界。
認めよう。ようやく俺は、故郷に戻ってきたんだ。
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