11-3

 シモンは自宅に戻り、一連の大捕物の成果を報告した。

 情報の出所を上司に尋ねられたが、結局は明かさなかった。

 ジムとヴィオラを報告すれば、自分の関与も自ずと明らかになってしまう。

 そうなれば、自分の立場が危うくなる。

 よくて懲戒免職。最悪は、投獄も覚悟しなければならないだろう。


 軍部に対して未練は少ない。

 いつ去ってもいいよう、多くの荷物は箱の中に収めてある。

 が、今すぐやめたいわけじゃない。

 少なくとも、ジムとの約束を。

 ブロクソスの件が片付くまでは、利用させてもらわなければ。


「報告は以上になります」


 報告を終わらせ、通信を切ろうとした。


「ジョナサン・ビルゲートと会っていただろ」


 思いがけない言葉に、シモンの手が止まった。

 驚きはなかった。彼とシモンとが会っていたのは、現場にいた誰もが知っていたはずだ。

 シモンの知らぬ間に報告したとしても、なんら不思議なことではない。


「ええ。それが何か」


「奴に、何か吹き込まれたか」


「別に何も。お嬢さんの様子を尋ねられただけです」


「娘?」


「カタリナ嬢のことですよ。どうやら、私が教師として潜り込んでいることを、彼が知ったようで」


「他は」


「世間話を色々と。でも、大した内容じゃありませんでした。もしかすれば巧妙な暗号かもしれませんが、私には、それを読み解く力はありません」


「覚えていることは」


「一つも。おおよそ、私たちが何をしようとしていたのか。俺は知っているぞと言いにきたようなものなんでしょう」


 上司の舌打ち。苛立ちが指先に現れ、激しく机をこづく音が聞こえた


「あいつには気をつけろ。これからは極力接触を避けるんだ。何を考えているか、わかったものじゃない」


「了解しました」


 今度こそ通信を切り、深く息をついた。


「何を考えてるかわからないのは、同じよね」


 ジム・フランコの件と言い、あの北東部隊のことといい。

 どうやら軍の内部は、ゴタゴタが続いているらしい。

 誰が何を考え、何をやろうとしているのか。

 ジョナサンの調査に期待をしつつ、自分の方でも色々と調べたほうがいいだろう。


 部屋の中には、シモン一人きりだった。

 ここ数日、ジムとヴィオラの姿を見ていない。

 会ったのは、あの地下空間での尋問が最後だった。

 今、彼らがどこで何をしているのか。

 また何かを起こそうとしているのか。

 それを知る手段を、シモンは持っていなかった。


 平穏と少しばかりの寂しさ。

 ベッドに腰を下ろした彼女は、またため息をこぼした。

 疲労のせいだと思ったが、実際は寂しさと、2人の身を多少なりとも案じていたせいなのかもしれない。


「……ご飯、食べよ」


 時刻は昼をとうに過ぎていた。

 昨日の夜から何も食べていなかったから、いつもよりも腹は減っていた。

 貯蔵していたのは、乾燥肉と非常用の缶詰だけ。

 食料と呼べなくはないが、今は食べたい気分じゃなかった。


 昼食は外で食べることにして、さて何を食べようか。 

 考えながら腰を上げ、シモンは玄関へと向かった。


 と、外から慌ただしい足音が聞こえてきた。

 玄関のドアにそっと耳をつける。

 足音がだんだんと近づいいる。

 どうやらシモンの部屋の方へ向かってきているようだ。

 隣か。もしくは通り過ぎてくれることをねがった。


 が、叶わなかった。

 足音はドアを隔てて、彼女の目の前で止まった。

 聞こえてきたのは、荒いノックの音。

 乱暴な音色がドアを震わせ、部屋の中に響き渡る。


 開けないほうがいい。

 シモンは考えたが、ノックの間際に聞こえた声で、それを改めた。


「開けてくれ」


 ジムの声だ。

 シモンは施錠を解いて、ドアを開いた。

 するとジムが男を伴って、転がり込んできた。


「校長先生……!」


 ジムの傍にいたのは、傷だらけのドミニクだった。


「少しの間、匿っていてくれ。今日の夜には戻る」


「何があったのよ」


「その話はまた後だ。今は、時間がないんだ」


 ジムの顔を見ると、ひどく焦っているのが見て取れた。

 事情も経緯も話すことなく、ジムはすぐに部屋を飛び出した。

 唖然と呆然との間に立ったシモンは、我に帰り、床に倒されたドミニクを見下ろした。


 彼の服はボロボロで、シャツやズボンは穴だらけ。

 その穴から見えたのは、痛々しい傷跡。

 かさぶたになっている傷もあったが、多くは今なお血を流し続けている。

 衣服についた血は黒く変色し、マダラ模様を作り出している。


 ヴィオラを連れてきた時といい、今回のドミニクといい。

 ジムはシモンの部屋を、野戦病院か何かだと思っているのか。

 彼への不満が燃え上がるが、ドミニクの呻き声で、それが急激に冷めていく。


「うちは、病院じゃないのよ。全く」


 ドミニクを外に放り出せたら、どれだけ気が楽になるだろうか。

 考えては見たが、結局部屋に連れ戻す未来しか見えなかった。

 ため息。苛立ち紛れに床を踏みつけ、シモンは急いでドミニクの治療に当たった。

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