八章

8-1

 夏期の休暇を終えて、カタリナは学校へと戻ってきた。

 見慣れた教室。慣れ親しんだ机。

 久しぶりの友人同士。

 休みの間の思い出をネタに、やかましく語らっている。


 静寂とは真反対の騒々しさ。

 見慣れた学校の光景に、カタリナは休みが終わったのだと、改めて実感した。

 

 教師が入ってきた。

 休みが終わったこと。

 授業を始めると、緩んだ教室の空気をピシャリと締める。

 挨拶も早々に、彼はさっそく黒板にチョークを走らせた。


 カタリナは頬杖をつきながら、ペンを走らせる。

 が、教師の熱心な説明に、彼女は退屈を感じ始めた。


 教室から中庭を見下ろす。

 そこでは、庭師の男たちが、いつもの様に働いている。

 夏の間に伸びた草に、忌々しそうに鎌を振る。

 切られた草の葉は、花壇横に集められ、無造作に山を作られていく。

 額から落ちる汗を拭い、無駄口を叩きながら仕事に当たる。

 

 教師の話を耳半分に聞きながら、二階教室の窓から、彼女はその様子を眺めていた。


 ふと、あることに気づいた。

 ジムが、そこにいないのだ。


 彼と常に一緒にいる庭師はいた。

 だが、彼のかたわらにいるはずなのだが、今日はその姿はない。


 非番、なのだろうか。

 考えていると、教師に自分の名前が呼ばれた。

 問題を解けと言うらしい。

 彼女はそれに答えると、教師は満足げにうなずいた。


 教師を見届けて、カタリナは再び外を見る。

 ジムの同僚は、いなくなっていた。

 



 午前授業だったため、放課は普段よりも早かった。

 カタリナは寮には戻らず、裏手にある庭師の宿舎へと向かった。

 ジムの部屋に来ると、ドアをノックする。

 間もなく、ドアが開き男が顔を出した。

 ジムの同居人の、フィリップだ。


「ビルゲート嬢じゃないですか。こんなところへどうしたんです」


「突然すみません。ジムはこちらにいませんか」


「ジムの野郎なら、今日はまだ顔を出してませんね」


「どこにいるか、わかりませんか」


「あいにくと、そういう間柄ではありませんでね。用があるってんなら、言付けをあづかっておきますが」


「いえ。そこまでのことじゃ。……ありがとうございます。失礼します」


 カタリナはフィリップに頭を下げ、その場を離れる。


「見かけによらず、人気なやつだ」


 遠ざかる彼女の背中を見つめながら、フィリップは肩をすくめた。

 ドアを閉める音。聞きながら、カタリナは宿舎を出た。


「どこに行ったんだ」


 ジムが前々から、ここを去りたがっていた。

 それは彼女も知っている。

 ビルゲートの家を出た後、彼は人知れず行方をくらませた。

 そう考えるのが、自然だろう。


 だが、だとしても納得できない。

 何か明確な理由があるわけじゃない。

 ただ、自分との約束を放棄して、人知れず姿を消すとは考えられない。

 と言うより、信じたくないというだけなのかもしれない。

 

 宿舎を出て歩道を歩いて行く。と、目の前から一人の女が歩いてきた。

 彼女のことは、知っている。

 新任の教諭。シモンだ。


「こんにちは、先生」


 カタリナはシモンに声をかける。

 シモンは少し目を見開いく。が、すぐに微笑で驚きを隠した。


「こんにちは。あなたは確か……」


「カタリナ・ビルゲートです」


「ああ。そうだったわね」


「先生も、宿舎に用事があるんですか」


「ええ。ちょっとね」


 歯切れの悪い返事だった。

 教師が庭師に用事があることはあまりない。

 あったとしても、学校行事に際して庭の掃除を頼むときだけである。

 夏期休暇が終わった今は、喫緊の行事は何一つない。


 何かある。直感めいたひらめきが、カタリナの脳裏の過ぎる。

 カタリナは少し、カマをかけてみることにした。


「ジム・フランコさんに、用事ですか」


 彼女の企みは、功を奏した。

 シモンの表情が微かに強張った。


「そうよ。彼と少し、話したいことがあってね」


「どんな話でしょう」


「この後、食事でもどうかと思ってね。あなたも、フランコさんに用事でもあったのかしら」


「まあ、でも部屋にいませんでした」


「あら、そう。それは残念ね」


 シモンは肩をすくめる。


「じゃあ、日を改めて伺ってみることにするわ。教えてくれてありがとう」


「いえ」


 シモンは手を振り、カタリナに背中を向ける。

 カタリナはじっとその背中を見つめてから、静かに彼女の後を追いかけた。

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