7-5

 息を吸う。息を吐く。

 息を止め、剣を振る。


 首を捉えた。

 血飛沫が目に入った。

 赤くなった。闇の中で視界がさら悪くなる。


 剣を引く。

 男の首がパックリと割れる。

 男は首を押さえながら、うめく。膝をつき、足元に倒れた。


 どれだけ時間が経っただろう。

 数分か。それとも数十分。

 一時間は経っていないはずだ。多分。確証は何一つないが。


 敵はあと三人。

 金髪の男の顔が、やけに引きつっているのがわかる。

 格好をつけて、不適に笑って見せたかった。が、そんな余裕もない。


 体から流れる血。

 止まることなく、原っぱの草に染み込んでいく。

 ずいぶんと体が冷えている。

 歯はガチガチと噛み合い、頭の中で喧しく響いている。嫌に騒がしい。


 頼りない意識は、少ない蝋の上で必死に足掻く火の様に。

 消えかけ寸前のところを踏みとどまっている。


 金髪は二人の仲間と視線を交わす。

 一気にくるか。それとも時間差で来るか。

 彼らは、後者を選んだ。

 二人が突出して前に出る。


 戦闘を切ったのは、長髪の男。剣を振り上げ、斬りかかる。

 背後に後退。剣は闇を切り、風切音が鼓膜を揺らす。

 間髪入れずに、白髪まじりの年寄りが、長髪の脇からぬっと体を出す。

 手に構えたナイフ。

 逆手に構えた老人は、俺の顎を狙って、拳とともに振り上げる。


 背中を傾けて避ける。が、ナイフの刃先が顎をかすめた。

 小さな傷から、新たにツゥと流れていく。

 ナイフから避ければ剣が。剣を避ければナイフが迫る。

 息の合った連携。間髪入れない攻撃に、回避に集中する。

 その間に、金髪の姿を探して視線を動かした。


 二人の男の背後。

 そこに金髪の姿はない。

 視線を彷徨わせると、視界の端に剣を捉えた。


 首を傾ける。すると、俺の耳たぶを剣が掠めた。

 金髪は懐に入ると、俺の足をすくい上げる。

 倒れこそしなかったが、体勢を崩された。


 そこに付け入る様に二人が攻めかかってくる。

 体に迫る二つの切っ先。避ける暇はない。

 致命傷を避けるため、胴体をわずかに捻って、切っ先の起動をわずかに狂わせる。

 だが、肉体を貫かれるのは変わらない。


 間もなく、異物が体に侵入してくる。

 貫かれたのは横腹と脇下。

 血が服を汚し、シャツに広がっていく。


 そして痛み。


 腹の底から痛みがせり上がり、唾液に混じった血が口角から溢れた。

 歯を食いしばり、意識を繋ぎ止める。奥歯が砕ける音がした。


 止めを刺そうと、金髪の剣が目の間に迫る。

 剣を握るのとは、逆の手。 

 そちらの腕を立てて、力強く拳を握りしめる。

 金髪の剣が俺の腕に吸い込まれる。

 肉が切り裂かれ、そして骨とぶつかり、止まった。


 筋肉が剣を押しとどめ、肉の間に剣を挟み込む。

 奮起の一叫。

 腹にたまった気合を、叫びと共に体に巡らせる。

 握った剣、振り被り。

 二人の男の腕を断つ。いく度も見た鮮血。

 断面から吹き出る返り血あびながら、俺はさらに剣を振る。


 悲鳴を上げる、老人と長髪の喉笛。切り裂く。

 二人は膝をつきながら、喘ぐ様に喉を抑える。

 彼らの死に様を見送る間もなく、俺は金髪を見た。


 金髪はすでに距離を離し、仲間の死体から、剣を取り上げている。

 だが、攻めてくる様子はない。

 金髪はじっと俺を見つめるだけで、その場から動こうとしないのだ。


 戦意喪失。

 いや、違う。

 彼は仕事を、やり遂げたのだ。


 一歩を踏み出す。それだけで俺は息を乱し、膝をついてしまう。

 意識ばかりは、金髪に向いている。

 しかし、俺の身体が言うことを聞いてくれない。

 背中ら巨大な岩でも背負わされた様に、身体は重くなっていく。


 死に体となった俺を、金髪がじっと見つめている。

 その気になれば、すぐにでも殺せるはずだ。

 が、彼はより慎重を期すことに決めたらしい。

 冷静なやつだ。俺は心の中で、金髪に少し感心した。


 剣を支えにして、無理やり自分の足を立ち上がらせる。

 揺れる身体。おぼつかない足元。

 虚勢を張る余力もない。

 それは、金髪もわかっているんだろう。

 侮りもせず、油断もせず。じっと俺の一挙手一投足を見つめている。


「いたぞ!」


 男の声が聞こえた。

 視線を巡らせると、遠くからいくつもの明かりが近寄ってくる。

 動く気配。視線を動かすと、金髪の背中が遠ざかるのが見えた。


「無事か」


 ドミニクの顔が見えた。

 彼の背中には、制服をきた憲兵が数人続いている。

 どうやら憲兵を呼んでくれたらしい。

 そうわかると、俺の体がわずかに軽くなった気がした。

 俺が膝をつくと、傍にドミニクが寄り添ってくれる。


「すみません。重ね重ね、ご迷惑を」


「いいさ」


 ドミニクの存在が、これほど頼もしいと思ったことはない。


「君には、謝らないとならない」


「事情が、おありなんでしょう」


 ドミニクがうなずいた様な気がした。


「詳しいことは、お話しくださるんでしょうね」


「ああ……」


 ドミニクが言葉を詰まらせる。そして、


「だが、今じゃない」


 首に何かを刺された様な気がした。


「すまない。ジム」


 ドミニクの悲しげな声が、微かに聞こえた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る