7-4
まもなく憲兵がやってきた。
そしてドミニク夫婦への事情聴取が、早々に始められた。
死体の状況。その当時の出来事。ジムについてのこと。彼の年齢……。
ドミニクの知る限りのことを話し、憲兵たちは適宜メモを取っていく。
事情聴取の間に、居間にあった死体は二人の憲兵によって、家の外に運び出されて行った。
「ひとまず寝室で待機をお願いします」
若い憲兵が言った。
「また事情を聞くことになるかもしれません。その心づもりはしておいてください。私は部屋の外で待機しておりますので。何かあればお声がけをお願いします」
言い終えた彼は、敬礼をしてドアを閉めた。
ドミニクとミーシャは、互いに黙ったままでいる。
聞きたいことも、話したいこともある。
だが、どうやって話そうか。
聞き出そうかと考えているうちに、口が重く閉じていく。
最初に沈黙を破ったのは、ドミニクだった。
「すまなかった」
「……謝って済むことじゃないでしょ」
ミーシャはじとりと、彼を睨む。
ドミニクに対する。彼が秘密にしていることへの不平、不満。
それが彼女の視線に混じり、ドミニクの背中にまとわりつく。
「アナタ、何をしたの」
「何が」
「とぼけないで」
ドミニクの肩に、ミーシャの手が置かれた。
「さっき言ったでしょ。引き金を引いたんだって」
ドミニクは黙ったままだった。
まるでミーシャを避ける様に、ドアをじっと見つめている。
「それに彼も関わってるんでしょ」
「彼?」
「アナタの言う、あの古い友人の彼よ」
「……ああ、関わってる。だが、彼は私の件とは少し違う」
「違うって何が」
「それは……すまない。これ以上話せば、君まで巻き込んでしまう」
「もう巻き込まれてるわよ」
ドミニクが肩越しに俺を見た。
「……そうだな」
いよいよ腹が決まったらしい。ミーシャはそう感じた。
ドミニクはタンスへ向かうと、引き出しを開けて、中から一通の封筒を取り出した。
「一昨日、私のところにこれが届いた」
封はすでに開かれていて、中にはいくつかの写真と手紙が一通同封されている。
ドミニクは封筒から手紙を取り出して、折り畳まれたそれを広げて、ミーシャに見せた。
『近いうちに、貴君のところにジム・フランコがやってくる。彼が訪問次第、水晶を使って連絡をする様に。もしも彼を匿っているとわかれば、貴君のところにいる子供たちが危険にさらされる。警察に届け出ても同じことだ。これは、脅しではない』
「何よ。この手紙」
「これも一緒に入ってた」
同封されいた数枚の写真。それを見たとき、ミーシャは言葉を失った。
縄で身動きを封じられた生徒が数名。
怯えた眼差しが、写真を見るミーシャをじっと見つめていた。
「これって」
「証拠のつもりで撮ったに違いない。私が、変な真似をしない様に」
「憲兵に届けましょうよ」
「子供たちが解放されるとわかるまでは、だめだ」
「そんな……」
「彼らに何かあってからではダメなんだ。わかってくれ」
悲痛な面持ちで、ドミニクが言った。
「アナタの友人は、一体何をしでかしたの」
「それは俺にもわからない。ただ、どこかの誰かを怒らせたのかもしれない」
「誰よ。それ」
「そこまでは、私も知らない。が、子供たちの命は守らなければならない。たとえ彼に恨まれようともな」
「そうかもしれないけど……」
ミーシャが言葉を濁したとき、ドアがノックされた。
顔を出したのは、先ほどと同じ憲兵だった。
「ジム・フランコが見つかりました」
ドミニクの顔が強張った。
「どこに、いたんだ」
「街から少し離れた原っぱです。あなたの言っていた怪しげな連中も一緒かと」
「案内してくれ。彼の無事を確かめたい」
「それは構いませんが」
憲兵がちらとミーシャを見る。
「妻には、家で待ってもらう。君らのうちの誰かが、警護についてくれれば問題はない」
「わかりました。では、その様に」
憲兵は先に部屋を出た。ドミニクはミーシャに振り返り見る。
「待っていてくれ。すぐに戻るから」
そうとだけ言い残すと、ドミニクは寝室を出て行った。
一人残ったミーシャは、ベッドに投げられた写真を見る。
ドミニクの勤める学校の制服。その生徒と思しき、子供たちの姿。
悲劇的なその表情は、見ているこちらの胸を、酷く締め付けてくる。
場所はわからないが、どこかの廃墟らしいと言うことはわかる。
薄汚れた外壁。ガラスの割れた窓。
天井からワイヤーの様な、たわんだ線がぶら下がっている。
彼らは今も、この場所にいるのだろうか。
子供たちの恐怖。
それにカメラをとっている人間への、憎しみ。
それを思うと、気分が次第に憂鬱になってきた。
写真を封筒に戻そうとしたとき、ふとブレザーに刺繍された校章が目に止まった。
「……こんなデザインだったかしら」
その校章は確かに、ドミニクの学校のものだ。
しかし、どこか様子がおかしい。
考えているうちに、思いついた。
写真に写っているブレザーのデザイン。
それは少し古いもので、刷新された新たなデザインを採用しているのだ。
「おさがりでも、使っているのかしら」
言いながら、何かいい知れない不安が浮かんできた。
「……気のせいよ。そうよ、ただの、気のせい」
自分で言っていて、次第に不安になってきた。
ミーシャは封筒に写真を急いでしまって、引き出しに戻した。
心臓が異様に高鳴っている。
それを落ち着けようと呼吸を続けたが、うまくいかなかった。
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