7-3

 居間の隣室は、ドミニクとミーシャの寝室になっている。

 ミーシャは居間での騒ぎを聞きつけると、様子を見に行こうとベッドから起きた。

 そんな彼女をドミニクは止めた。


 何かが割れる音。慌ただしく出ていく、いくつもの足音。

 ドミニクはドアに耳を当てて、外の気配を探る。

 どうやら誰もいないらしい。そう思うと、彼は恐る恐るドアを開いた。


 打ち破られた窓。

 足元に広がる血溜まり。

 そして死体。


 わずかに数分。

 たったそれだけ目を離しただけで、居間はひどい惨状に変わっていた。

 ドミニクはわずかにも血の気がひいた。

 だが、それよりも顔色を悪くしたのはミーシャである。

 夫の肩越しに居間を覗くと、彼女は微かに悲鳴を上げた。


 ヨタヨタと後ろに下がり、ベッドに崩れるように腰を落とす。

 もはや立ち上がる気力も沸かなかった。


「派出所に言って、憲兵を呼んでくる」


 ドミニクは淡々と言った。


「……こうなることを、知ってたの」


 ミーシャの口調は、責める調子が加わっているのを、ドミニクは感じた。


「いいや。だが、騒ぎが起きるだろうとは、予期していた」


「アナタが何かしたの。それとも、アナタのお友達が原因なの」


「どちらもだ。だが、きっかけを作ったのは、私だ」


「どういうこと」


 ドミニクは答えないまま、寝室を出て玄関へと向かった。

 傘立てにあったこうもり傘を掴み取る。


「行ってくる」


 不安そうに見つめるミーシャに、ドミニクが言う。 

 自分でも驚くほどに、彼の言葉は乾いていた。

 ドミニクがドアを開閉して、雨降る夜の街に出て行った。



 石畳の道をかけ進んでいるうちに、気づけば雨は止んでいた。

 街から出てすぐのところに、見晴らしのいい原っぱが広がっていた。

 俺はそこに入ると、足を止めて背後を振り返る。

 すると、すぐに黒服の男たちがやってきた。


 7人の男たち。彼らは息も乱さず、俺の周囲を囲う。

 仕掛けてきたのは、男たちの方だった。

 坊主頭の男が、背後から斬りかかる。

 半身になって避けると、別の方向から続け様に斬り込んできた。

 赤髪の男が胴をなぐように、横一線に剣が向かってくる。

 避けきれない。咄嗟に剣でこれを受けて、赤髪の胴を蹴り飛ばす。


 タタラを踏んで転がる赤髪。

 その横から二人の男がナイフと剣とで襲いかかる。

 舌打ちをしたくなったが、その余裕はない。

 ナイフをさばき、剣の一撃を受け止める。


 視界の端からやってくる殺気。

 顎を引いて頭を下げると、俺の頭上を鋼が通過した。

 目だけを動かして、剣が向かってきた方を見た。

 俺の死角。絶好の場所に3人の男。

 一つの刃をよければ、続け様に二振りのナイフが、狙いを定めて飛来する。

 

 歯を食いしばり、ナイフを腕で受ける。

 肉が貫かれる感触。

 ナイフは易々と俺の腕を貫通し、潜血があたりに飛び散った。


 目の男の足を蹴りですくい、体勢を崩す。

 それから距離を取り、7人の男たちを睨み付ける。

 彼らは距離を詰めず、離れもせずに俺を相変わらず取り囲んでくる。


 油断も傲慢さも彼らには存在しない。

 ただ冷静な思考によって殺意を操り、俺を確実に殺すために、連携をとっている。


 深傷は負わせ、じっくりと痛ぶり、弱ったところを止めを刺す。

 確実に殺すための、冷徹で確実な手段をこうじる。

 忌々しいほど、堅実な殺し方だ。


 幸いなことといえば、ナイフに毒が塗られていなかったということ。

 ただ、遅行性のために、効き目がまだ出ていないだけかもしれないが。


 7人の囲いが少しづづ迫ってくる。 

 疲労と熱。流れで続ける血。

 重くなる頭と薄らぐ意識。

 どう鑑みても、もってあと数分と言ったところだろうか。


 右側面から二人。やってくる。

 両方とも獲物は剣。上と下の両方から、逃げ場なく斬り込んでくる。

 体から力を抜く。普段よりもより深く、重心を横にずらす。

 支えを失って倒れる人形のように、自重に任せて横に倒れる。

 すると、足が自然と前に出た。

 その一歩が、二人の男との距離をより詰めた。


 男たちは冷静を装っていたが、痙攣するように、彼らの表情がピクリと反応する。

 振り下ろされる剣を剣で受け、振り上げられる剣の持ち手を肘で打つ。 

 肘打たれた男は、手から剣をポトリと落とす。

 横目に見ながら、剣を逆手に持ちかえて滑らせ、男の首を斬りつける。


 切っ先が首を捉え、深々とえぐる。

 傷口から迸る鮮血。片割れのとこは血を口角から垂らし、地に落ちた。


 残る男は後退し、距離を開いた。


 息を深くはいた。

 深く、深く。肺にある全ての空気を、外に出す。


 それからゆっくりと息を吸う。

 夜露の匂い。

 湿った地面の匂い。

 吹き出た血の匂い。

 それを感じ、自分の身体に取り込む。


 残るは6人。


 再びぐらりと傾かせ、一歩目を切る。 

 先ほど交代したばかりの男。予備のナイフを抜き、逆手に構える。

 俺は頭上から剣を振り下ろす、と見せかけて投げつける。


 男の表情は、見るからに驚愕した。

 目を見開き、飛来する剣をまじまじと見つめている。

 男は剣を、半身になって避けた。

 視界が俺から消えた。

 瞬間、俺は腕に刺さったナイフを抜き、男の懐に入る。


 男がナイフを構える前に、彼の胸にナイフを埋めた。

 男はくぐもった吐息を漏らす。

 逆手に握ったナイフが落ちる。

 それを掴み取ると、男の体の脇腹を貫く。


 口角から流れ出す血。

 男の目からはっきりと、生命が失われるのがわかった。


 あと5人。


 わずかな希望を握りしめたのも、束の間。

 背中に鋭い痛みと熱を感じた。

 振り返るまでもない。

 肩口から切り裂かれ、今に血が滲んでいるのだ。


 殺したばかりの男を突き飛ばし、俺は前方に転がる。

 そして、投げたばかりの剣を拾い上げた。


 俺を切ったのは、金髪の男。

 彼の握る剣には、俺の血がべったりとこびりついている。

 彼はそれを雑に振り払う。そこに、新たな血溜まりが一つできた。


 焦る様子は微塵もない。

 仲間が死んだからと言って、悲しむ様子もない。

 復讐心を燃やす様子も見られない。

 

 死は彼らの興味を惹かない。

 他人の死も、自分の死でさえも。

 目的のためならば、感慨もなく差し出してしまう。


「……まったく、嫌になるな」


 まるで昔の自分が、鏡の中から出てきたようだ。

 生きた人形のような不気味さ。そして湧いてくる、嫌悪感。

 ため息をつく。自分の存在を確かめるように、剣を強く握りしめる。

 まだ死んじゃいない。まだ戦える。

 金髪が動いた。それに応じるように、俺も一歩を踏み出した。

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