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 ロゼッタで提供される料理は、いわゆる田舎で作られる家庭料理というものだ。

 土地で取れた作物、肉、穀物、ハーブを駆使して、長年受け継がれてきた伝統の料理を客たちに振る舞う。


 この土地に暮らす人々にとっては馴染みの。

 また新しくやってきた人々にとっては、目新しくもどこか懐かしい料理が並べられる。


 郷土の料理を扱う店は、街の中にも数軒ある。

 その中でもロゼッタの店の評判は、まずまずと言ったところだろうか。

 新規の客よりも常連客に恵まれ、客と店員という関係より、親戚筋同士のような、妙な連帯感があった。

 料理を客が運び、ロゼッタに用事があれば、店の留守を客が預かったりもするらしい。


 店を明ければ、盗人が入る。

 というのが都会の常識だが、ここの常識は都会以上に、信頼と信用の間で成り立っているのだと感じた。


 ロゼッタはホールを、彼女の旦那であるリチャードが厨房で働いている。

 二人には娘のルチアがいて、ロゼッタの手伝いをしている。


 猫のように素早くホールを移動し、愛嬌たっぷりの笑顔を振りまく。

 俺たちのテーブルにも、彼女はやってきた。

 カタリナはスープと炒めた米の料理を。俺は定食を注文する。

 彼女はスラスラとメモ帳にそれを書くと、にっこりと笑って、父の待つ厨房へとかけて行った。


「大きくなったな」


「お知り合いなんですか」


「彼女が赤ん坊の頃に、一度会っているんだ。ほっぺが真っ赤な可愛らしい赤ちゃんだったんが、いつの間にか少女になってしまっている」


「時が経つのが早いですか」


「まったくそうね。この歳でそう思ってしまうんだから、先が恐ろしいわ」


 まるであの子の叔母にでもなったかのように、少女の背中を見送りながら、カタリナが呟いた。


 店の中にはテーブル席が五つ。

 厨房近くのカウンター席が四つある。

 俺たちがいるのは、玄関近くの窓際の席。

 格子がはめられた窓からは、通りを行き交う人々が見られる。


 俺たちの他に余人の体躯のいい男たちがテーブル席に。

 カウンターには主婦らしき女性二人が談笑している。

 そして白髪の老人が、新聞を広げながらコーヒーをすすっていた。


「はい、お待ちどうさま」


 ロゼッタがやってきた。

 彼女は両手にフードトレーを持ってやってきた。

 片方にはカタリナの頼んだ料理が、もう片方には俺の頼んだ定食のおかずが載っていた。


 彼女はそれぞれの前に料理を並べ、また立ち去っていく。

 それと入れ違いに、ルチアがスープとパンを持ってきて、俺の前に並べてくれた。


「ごゆっくりどうぞ」


 愛想よく頭を下げて、少女はまた駆け足でロゼッタの後を追いかけた。

 愛らしい娘だ。そんなことを思いながら、フォークとナイフを使い、料理に手をつける。


 定食のメインは分厚い肉のステーキ。付け合わせのサラダには白いドレッシングが振りかけられている。

 

 パンと葉物野菜のスープが栄養面を補っている。

 ナイフで肉を切ってみれば、肉汁がさらに流れ落ち、ソースに溶け合う。

 官能的とも言える、豊潤な香りを楽しみながら、一口大に切り分けたステーキを、口に運んだ。


 カタリナの方は、熱せられたサラの上に、赤い米と細切れの肉。

 キノコが混ぜ込まれ、その受けら緑のハーブが載せられている。

 彼女はスプーンで料理をすくい取ると、息を吹きかけ軽く覚まし、口に運んだ。

 

 が、冷まし切れなかった。

 息を漏らしながら、嬉しそうに苦しんでいる。

 暑さに慣れて咀嚼をすると、心から息を漏らし、満足そうに表情を緩めた。


「さっきはどうしたんだ」


 料理を飲み込むと、カタリナは俺の顔を見た。


「さっきとは」


「玄関のところで、何か見ていただろう。面白いものでもあったのかと思って」


「いえ、そんなことは。ただ、視線を感じただけですよ」


「視線?」


「ええ。どうやら、自分は誰かに尾けられているようで」


「……それは、貴方の仕事がらみでか」


 彼女は顔を近づけた上で、小声で言う。


「まだわかりません。自分の思い込みとも思えますし、偶然自分を見ていただけかも」


「わざわざこんなところで、貴方に注目するやつがどこにいる」


「余所者として、気にかかったのかもしれません」


「余所者だらけなのに、何を言っているんだか」


 カタリナは顎をしゃくり、窓の外を指した。


「だとしたら、人相の悪い自分を注目したのかもしれませんよ」


「自虐のつもりか」


「客観的に見てそう思うだけです。貴女さまも、初めて私の顔を見た時の印象は、なかなか強かったはずでは」


「それは、そうだが……」


 誤魔化すように、彼女は料理を口に運んだ。


「……この際どうだろう、ついてきている人物がいるかどうか。確かめてみると言うのは」


「おやめください。父君に怒られますよ」


「父だって同じことをしただろうさ。それにその人物はもしかすれば、私を尾けているかもしれないんだぞ」


「まさか、ありえません」


「それを確かめるために、その人間を炙り出してやろうじゃないか」

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