5-3

 ジョナサンと俺は玄関を抜けて、庭に出た。

 目の前に広がる湖。それを横に見ながら、家の横手に回っていく。

 木製のベンチと野外テーブル。その上には大きな白いパラソルが、日差しを遮っている。


 テーブルにはティーセットとお菓子。

 彩のためか、中央に色鮮やかな花々をあしらったブーケが飾られている。

 ベンチにはカタリナともう一人、美しい女が座っていた。


「お久しぶりね、ジム」


 ジョナサンの妻。カタリナの母親。

 ベス・ビルゲートが俺を見て、微笑んだ。


「さっ、あなたもそこに座って」


「ありがとうございます。奥様」

 

 ジョナサンはベスの隣に。

 俺はカタリナと距離を開けて、同じベンチに腰を下ろす。

 ベスの側にはアレックスが控えていた。

 全員が席につくと、彼女はカップにポットの紅茶を注ぎ入れていく

 そして、淡々とそれぞれの前に並べていく。


「何年ぶりかしら、貴方がここに顔を出したのは」


「大旦那様の命日以来ですから、おそらく4年ぶりかと思います」


「元気だったかしら」


「ええ。おかげさまで」


「そう」


 カップを持つと、ベスは一口含む。

 カップを戻した後、彼女の目はカタリナを見た。

 

「ずいぶん、やってくれたようね」


 娘の腕に巻かれた、痛々しい包帯。

 それを見て、ベスは深く息をついた。


「だから、カタリナを騎士学校に入れるのは反対だったんです。こんな目に会うくらいなら、普通の学校の通わせた方がよっぽどよかった」


「母様」


「どれだけ体が丈夫になろうと、貴女は女という枠からは逃れられないの。うちは騎士の家系だけど、何も貴女まで騎士になる必要はなかった」


「なら、今から農業でも始めてもらうか。ここらへんの土地を開墾して、馬とか牛を飼ってさ」


 ジョナサンが言う。


「ふざけている場合ではないでしょう。自分の娘が心配じゃないの」


「心配さ。だが、失敗してこそ強くなれるってもんだろ」


「みんなが貴方みたいな人間じゃないのよ。この子が大怪我するなんて、もう何年もなかったのに」


「8歳の頃に、遊具に足を挟んだじゃねぇか。あの時は大泣きして、病院にまでお前が連れてったっけ」


「あの時より、今回の方がひどいわよ」


「そうだろうな。何せ肩を思い切りぶっ壊されたんだから」


 居心地は、ひどく悪かった。

 俺をここへ呼んだのは、小言をいうためか。

 ネチネチと心をいたぶるのが目的ならが、ベスの思惑は成功だ。


「母様、やめてください」


 一言謝ろうとした矢先、カタリナが助け舟を出してくれた。


「元はと言えば、私が悪かったんですから」


「そうね。貴女が悪いわね。カタリナ。貴女が誘わなければ、怪我を負うこともなかったんですから」


 ベスがじとりと、カタリナをにらむ。

 カタリナは言葉を飲み、首をすくめた。


「だけど、彼について話さなかった誰かさんも、責任がないとは言えないわね」


「おいおい。俺は時期を見て、話すつもりはだったさ」


 心外そうにジョナサンが言う。


「学校が一緒になった時点で、注意をするべきだったのよ。私はそう提案しました。それを無視したのは、一体どこの誰だったかしら」


「その時はこんなことになるとは思わなかったんだ」


「でも、間違いだった。そうでしょう」


 ジョナサンは肩をすくめ、そっぽを向いた。

 

「申し訳ありません、奥様」


「謝ってくれるのなら、その子が怪我を直すまでの間。面倒を見てくれないかしら。片腕だけじゃ、色々と不便があるでしょうから」


「その必要は……」


「貴女は黙ってなさい」

 

 カタリナの言葉を、ベラがピシャリと遮る。

 

「約束、してくれるわね」


「……かしこまりました」


「ありがとう……辛気臭いのはこれでおしまい。ここからは楽しいティーパーティよ。ほら、お菓子を食べて」





 楽しいティーパーティは、和やかに幕を下ろした。

 一時はベラ母親の強さに圧倒されたが、彼女が溜飲を下げた後は空気が変わった。俺の知る優しいベラとなって、甲斐甲斐しく立ち回ってくれた。

 

 おかげで充実した時間を送ることができた。

 

 アレックスを手伝い、食器類を厨房の流しに運ぶ。

 それを終えた後、俺は再びジョナサンの書斎に呼ばれた。


「さっきの話だが」


「カタリナ様の件でしょうか」


「それじゃない。ヴィオラとか言う女の件だ」


 部屋に入るなり、彼は椅子を自分の居場所と定め、腰を下ろした。

 テーブルに置かれたグラスには、飲みかけの酒が入っている。

 氷はすでに溶け、小麦色の水割りは、さらに色を薄くしていた。

 

「あいつがまた、俺の前に現れるとは限りません」


「現れないとも限らない。そうだろ?」


「まあ、断言はできませんが」


「もしもそいつが来た時は、俺に連絡してくれ。いいな」


「あいつは、そんな簡単に協力する人間じゃないですよ」


「そこをなんとかするのが、俺の仕事だ」


「……期待はしないでください」


 俺は頭を下げて、書斎を出た。

 廊下を進み、玄関の方まで戻ってくる 。

 すると、階段の方から足音が聞こえてきた。

 視線を上に向けると、ちょうどカタリナが降りてくる所だった。


「さっきはすまなかった。母が無理を言ってしまって」


「謝ることはありませんよ。ベラ様は、間違ったことは言っておられないのですから」


「そうかもしれないが」


 カタリナは不満顔のまま、肩を落とした。


「私は別に、貴方の手を借りなければならないほど、生活に困っているわけじゃないんだ。それは、きちんとわかってもらいたい」


「かしこまりました。ですが、何かお困りであればいつでもおっしゃってください。どんな些細なことでも、お手伝いさせていただきます」


「それは頼もしいが……」


 カタリナは苦笑した。


「まあ、その時はお願いするよ。……母に呼ばれているから、これで失礼するよ」


 カタリナは俺に頭を下げると、さっき通ったばかりの廊下を進んで、奥へ消えていった。彼女の背中を見送った後、俺は二階にある客間へと向かった。


 カタリナのことだから、そう簡単にお願いなどしてはこないだろう。

 そう思っていたのだが、彼女はそのお願いを早速、使ってきた。

 思ったよりも早く、次の日にうちに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る