4-3

 シモンとの再会は、思いのほか早く訪れた。

 あれから数時間が経った、昼時のこと。

 フィリップと昼食の準備をしていると、複数の足音が遠くから近寄ってきた。


 何気なく顔を向ける。

 そこにはシモンと、5人の生徒たちが歩いている。

 彼らは偶然にも、いや必然かもしれないが。

 同じような歩調で、俺たちのいる方へ歩いてくる。


 シモンと生徒たちは、仲睦まじそうだ。

 時折笑みを交わしながら、言葉を交わし合っている。

 新人の教師という物珍しさ。

 それに加えて、他の教師よりも若々しいという点が、子供たちの興味を惹いているのか。


 ガッチリと興味をつかまえているところを見ると、シモンの人柄というのも、話しかけやすい部類に入るのかもしれない。


「じゃあ、また後でね」


 シモンはそういうと、生徒たちと別れ、1人こちらに歩いてくる。

 生徒たちは名残惜しそうに彼女を見送る。

 そして、俺の顔を横目にしたあと、噴水の向こう側。

 俺たちのいる反対側のベンチに陣取った。


「こんにちは。今朝ぶりですね」


 シモンは俺たちの前に立つと、にこやかに言った。


「よろしいんですか。話をなさっていましたが」


「ああ。いいんですよ。彼女たちの暇つぶしに、私が利用されているだけですから」


「暇つぶし?」


「新人の教師というから、少し物珍しがっているだけですよ。あと二、三日もすれば飽きられて、静かになりますよ」


「そうとは限らないんじゃないか。シモンちゃん、人が良さそうだし、お貴族さまたちにも人気が出そうだ」


 隣のベンチに座るフィリップは、肉団子を頬張りながらシモンに言う。


「お貴族さま?」


「彼なりの、子供たちへのあだ名みたいなもんです。お気になさらず」


「そう、ですか」


 シモンは苦笑をして、うなずいた。

 

「隣、よろしいですか」


 シモンの手が、俺の隣を指した。

 そこはちょうど空席になっている。


「学校の所有物に、自分の許可が必要なものはありませんよ」


「ありがとうございます」


 シモンは軽く座面を払うと、間隔を開いて腰を下ろした。

 カップに入ったコーヒーを飲みながら、俺は中断していた昼食を取り始める。

 この日は食堂で用意した、肉団子とふかし芋。

 フィリップはそれに、甘めの紅茶。

 そして俺は、コーヒーをつけた。


 シモンの昼食は、俺たちとは対照的に色鮮やかだった。

 タッパに詰められたサラダに、ローストされた牛肉。

 その上からバジルと思われるソースがかけられている。

 

「食堂にあったので、ついつい注文してしまいました」


 レタスの葉と赤みの牛肉をフォークで突きながら、シモンは言う。

 その口調はどこか弁解する調子が感じられた。


「なかなかのものでしょう。ここの食堂は」


 ふかし芋を肉団子の汁につけて、口に運ぶ。

 

「驚きましたよ。栄養面はもちろん、バリエーションにもとんでいるし、何より美味しいですし」


「料理とか景観とか、うるさいくらい気を使ってるからな。伊達にお貴族さまをお預かりしているわけじゃねぇってこった」


 迷惑そうに、フィリップが言う。

 日頃の教師たちの視線。

 査定と称する、月ごとの検査。

 俺も嫌気がさすが、フィリップよりもよっぽどマシだ。

 その時のこいつときたら。

 査定人たちを、まるで汚物でも見るような目で見つめているのだ。


「ほんと、嫌になる。なぁ」


 フィリップが同意を求めるように、俺を見た。

 俺は視線を逸らし、肉団子をフォークで貫く。


「大変なのですね」


「ええ、まあ」


 会話が途切れた。

 空白をわざわざ埋めるほどの甲斐性は、持ち合わせていない。

 空腹を埋めるため、肉団子を口に放り込み、芋をまた一口かじる。


「カタリナ・ビルゲートさんと、勝負なさったそうですね」


 俺はフォークを止めて、シモンを見た。


「先ほど、生徒から聞いたもので」


 俺から説明を求められたと思ったのか。 

 シモンは肩をすくめながら、俺に顔を向けた。


「なんだ、勝負って」


 フィリップが首を突っ込んだ。

 奴からの詮索は避けたかったが、もはや手遅れだ。

 

「先日の闘技の催しがあったそうで。なんでも、ジムさんとカタリナさんが決闘をされたと」


「なんだよ。そんな面白いことやってたのか」


 昼食を脇に置いて、前のめりになってフィリップは俺を見る。


「どうして教えてくれなかったんだよ」


「どうせ、あれこれしつこく聞いてくるだろ」


「そりゃそうさ。聞かないほうがどうかしてる」


「だから教えたくなかったんだ」


 やはり面倒なことになった。

 俺は深々とため息をこぼし、コーヒーを口につける。


「あの、もしかして余計なことでしたか」


 俺とフィリップの顔を交互に見て、シモンは心配そうに言う。


「いえ。遅かれ早かれ、こうなるとは思っていましたから。お気になさらず」


「そう、ですか」


「それで、どっちが勝ったんだ」


 フィリップが顔を近づけてくる。

 喜色をひめた目は、好奇心を隠そうともしない。


「カタリナ嬢が、勝利なされたそうですよ


 だが、シモンが言った途端、フィリップの興味は一気に萎んだのを感じた。


「なんだ。負けたのか」


 明らかにそれとわかる、絶望。

 興味は呆れによってかき消され、俺を見るフィリップの目には、蔑みが含まれる。

 しかし、納得はいったようだ。


「番狂わせがあったら面白かったんだが」


 最後に残った肉団子を頬張り、紅茶で流し込む。


「一介の庭師が、見習いであるが、騎士に勝てるわけもないだろ」


「そりゃそうかもな。……あぁ、つまんねぇの」


「次はお前がやればいいさ」


「俺は、痛いのは大嫌いなんだ」


 紅茶を空にすると、カップを握り潰し、空き箱の中に一緒に梱包する。


「焼却炉行って、燃やしてくるわ。あとはお二人でごゆっくり」


 空き箱とカップを一緒に、雑草が入った麻袋の中に放る。

 麻袋を肩にかけるようにして持ち上げる。

 ひらひらと手を振りながら、フィリップを俺たちを残して、噴水広場から去っていった。


「何か、気分を害してしまったのでしょうか」


「話に興味を失っただけですよ。お気になさらずに」


「そう、なんですか」


 フィリップが校舎の影に消えると、シモンはまた俺の方に顔を向けた。


「カタリナさんに大怪我を追わせた上で、降参なさったと聞きましたが。本当なんですか」


「ええ。本当です」


 隠すつもりはなかった。

 俺が何を言ったところで、カタリナの怪我は治るわけじゃない。

 俺のやったことは、生徒と教師の目と記憶に、現実として残る。

 今更隠したところで、現実がねじ曲がるわけもない。


 フィリップが早々と退散してくれたことは、幸運だった。

 で彼の好奇心は再燃し、根掘り葉掘りと聞き出そうとするに決まっている。


「どうして、降参したんです。貴方が有利な状況であったことは、誰の目にも明らかだったそうじゃないですか」


「……それをお話しする理由が?」


 肉団子と芋をかっこみ、空き箱とコーヒーを持って立ち上がる。


「いいえ、ありませんよ。ただ、なんだか込み入った事情があるみたいだと。少し興味をもっただけで」


「そんな大層な事情はありませんよ。……これで、失礼します」


 シモンに頭を下げる。

 フィリップの後を追って、校舎裏へと向かう。

 歩道を歩いているうちに、ふと背後を振り返る。


 シモンがじっと、俺のことを見つめていた。

 それは教師としてでも、女としてでもない。

 獲物を狙う猛禽のように、鋭く、冷たい視線が俺を覗いていた。


 が、俺が振り向くのを気づくと、笑顔の下に猛禽を隠した。

 感じたのは違和感、そして、危機感。


 あの女には、注意しておいたほうがいいかもしれない。

 

 心にシモンを留め置き、止めていた足を動かした。

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