3-4

 熱狂的歓声。

 声の圧が俺たちを押しつぶさんばかりに、頭上から降り注いでいる。

 

 第一試合。勝者の男が反対側の入り口からはけていく。

 一方俺たちのいる方には、男が担架に乗せられて運ばれていく。

 敗者は、残念なことに教師だった。

 肩からバッサリと、切り裂かれている。

 滲み出る血が、衣服の下から滲み、赤い線を作り出している。


 彼がなぜここに呼び出され、汚名を切るハメになったのか。

 そしてどうして、あの生徒は教師を切り裂き、勝鬨を上げるに至ったのか。

 両者の因縁は語らずしては、明らかにならない。

 ただ類推する他にないが、これで教師の方は、肩身が狭くなるに違いない。


 明日は我が身。

 いや、数分後には、その災難は自分に降りかかるかもしれない。


 白砂が敷き詰められた会場。

 見慣れた庭師たちが、踏み荒らされた土をならし棒で平らにしていく。

 素早い動きで、数分と掛からずに整地された。


 ご苦労さん。


 内心で労いの言葉を、立ち去っていく彼らの背中にかける。

 それから改めて、俺とカタリナは会場に足を踏み入れた。


 会場の中央には、盛り土がされている。

 そこに生花のごとく、いくつもの武器が突き刺さっている。

 剣はもちろん、槍、長刀、大太刀、ナイフ、戦鎚……。

 

 近接戦闘。それに必要なありとあらゆる武器が用意された。

 

「お好きな武器を、お取りくださいませ」


 審判が、ぶっきらぼうに言う。

 カタリナが先に動いた。

 その手は迷わずに直剣を握り、土から引き抜いた。鋼が陽光に照らされ、明るく光を跳ね返す。


 慣れた仕草。それに胴の入り方。

 それが慣れた道具で、手に馴染む様子がよくわかる。

 若くして自分の武器を得る幸運。

 どうやらその幸運を、彼女はしっかりと掴み取っているようだ。


「さぁ、貴方も」


 審判に促されるままに、俺もまた武器の山に歩み寄る。カタリナも同じように、山に向かっていく。

 

 その一瞬、カタリナの視線が外れた。

 その隙にナイフを手に取り、素早く袖の下に入れる。審判は不審げな顔をしたが、ルールを破っているわけじゃない。


 カタリナの目が俺に向いた所で、何食わぬ顔で短刀を手にする。それを、逆手に握ると、武器の山を離れ、カタリナと対面する。


「準備は、よろしいですね」


 審判は公正でなければならない。 

 しかし、正直である必要はない。

 俺の袖下のナイフを明かすことなく、審判は開始の合図を整える。


「では、始めてください」


 審判の言葉と共に、鐘の音が会場に響き渡る。

 先ほどの熱気が、嘘のように消え去った。

 目という目が、俺とカタリナの一挙手一投足に注がれる。


 カタリナは、迷わず動いた。

 前傾姿勢。切っ先を地面に向け、彼女は真っ直ぐに俺の元へ突貫。

 瞬く間に俺を、間合いに入れる。


 思ったよりも早い。

 振り上げられる剣を半身になって避ける。

 風切音が駆け抜けた。

 次の攻撃の前に、俺はすぐさまカタリナの背後へと回る。

 

 彼女は剣を横なぎに振るい、俺を追いかける。

 服が裂かれたが、すんでのところで避けることができた。


 そのまま後方へと後退。

 逃げの一手。誘いの一手。

 背中に手を回し、袖からナイフを滑り出し、刃を指で挟む。

 

 彼女は、まんまと誘いに乗った。

 カタリナの体が反転し、再度突貫しようとしてくる。重心が完全に進路方向に向いた

瞬間。

 

 ボウリングの球を投げるように、下から腕を振り上げる。 

 ナイフの刃から指を離す。

 すると、ナイフは空中で回転しながら、勢いをつけてカタリナに飛んで行った。


 これにはカタリナも驚いたようだ。

 目を見開き、どこから共なく現れたナイフを凝視する。

 避けようにも、すでに足は前に踏み出された。重心は完全に前だ。そこから横や後ろに退けようにも、わずかにナイフの方が早い。


 急所は外してある 

 相応の深手を負うかもしれないが、死にはしない。痛みで戦意を喪失させ、気絶に追い込む。そういう計算だった。が、少し誤算が生じた。


 カタリナの目は、思ったよりもいいらしい。絶好のタイミングで剣を振り、ナイフを撃ち落として見せたのだ。


 その技術。そしてそれを咄嗟にやってのける、胆力。単なる学生と高く食っていたが、なかなかにやる。


 間も無く、彼女が間合いに入ってきた。

 振り下ろされる剣を、ナイフで受け止める。


「ずるいことをするな」


「手取り早く済ませられればと思ったのですが。思ったよりも鍛錬を積んだ様子で」


 ナイフで剣を弾く。

 すぐさま背後へと飛び退いて、距離を取る。


「申し訳ありません。正直、貴女と言う女性を、少し侮っていました」


「考えを改めに気になったか」


「ええ。どのみち奇襲が破られた時点で、改める他にありませんが」


 カタリナは鼻を鳴らす。

 

「手詰まりか」


「正直に言えば、ですが。なにぶん、これ以上に被害の少ないやり方を、知らないものですから」


「被害の少ない?」


「生かす方法というのを、私は不意打ちしか知りません。ですから、残された手段は、荒っぽい方法しかありません」


 手早く片をつけたい。しかし、怪我をさせたくない。

 この二つを取るべきか。それは無理だ。

 だったら、どちらかを選ぶ他にない。


「生活に支障をきたさぬように心がけます。しかし、両手両足いずれかが使えなくなっても、文句は言わないでくださいませ」


 それだけで済めばいいのだが。

 カタリナは俺の言葉を、侮りとは捉えなかった。

 顔を緊張させ、彼女の目からわずかに怯えが見えた。

 そうであってくれ。決して油断はしないでくれ。


 でないと、誤って殺してしまうかも知れないから。


 彼女の剣の技量。そして胆力を信頼して。

 俺は地面を蹴った。

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