3-3
週末までの数日。それが短い時間に感じた。
俺とカタリナは、それぞれに同じ時間を繰り返した。
俺は庭仕事に。カタリナは勉学に。
変わらない日常を、お互いに演じた。
その間。お互いに顔を合わせることはなかった。
お互いに約束したわけじゃない。
ただ暗黙のうちに、そうした方がお互いに都合がいいと。
そう思ったのだと思う。
俺は、別に彼女を嫌いになって、距離を置いたわけじゃない。
ただ、少し後ろめたくなった、それだけだ。
純粋な挑戦を汚したこと。
彼女の意思を利用したこと。
それに対して、どうも居心地が悪くなった。
だから、彼女の前から逃げた。それだけのことだ。
だが、カタリナは少し事情が違うらしい。
彼女からは、明らかな敵意が感じられる。
俺への、張り詰めるような空気が。
だが、そこには殺意はない。
苛立ちと怒りから発せられる、純情な意識。
人を殺したことのない人間の、精一杯の強がりだ。
俺への怒り。
いや、週末への熱が、その柔らかな敵意を生み出しているんだろう
ずっと発し続けているのをみると、どうもまだ抑制する方法をわかっていないようだ。
時間は一定の速度で過ぎ去っていく。
早めることも止めることもできないままで。
数日という時間も、あっという間に。
だが、当たり前に過ぎて行った。
週末になると、学校に多くの人間が訪れた。
大人から子供まで。
学生たちと同世代の、他校の生徒もちらほらと。
校庭からグラウンド。体育館。それに校舎。
普段から人気のある場所も、そうでない場所も。
日常以上の人手が溢れかえっている。
「相変わらず、暇な連中が多いこと」
宿舎の窓からフィリップが外を眺めている。
「人の職場を荒らしまわりやがって。片付けるこっちの身にもなってみろってんだ」
「そのセリフ、去年も聞いたな」
「言われんでも、自分でもわかってるよ。まったく、面白くねぇ」
窓から顔を背けると、ベッド脇に置いた酒瓶を掴む。
今日は昼から飲んべぇを気取るらしい。
高い度数も気にせずに、ぐいぐいと酒瓶を軽くしていく。
「今日は部屋にいる気か」
「外に予定もないしな。お前は、違うらしいが」
「どうしてそう思う」
「作業着でも寝巻きでもない服を着てれば、誰だってそう思うだろうが」
「それもそうか」
ブーツの紐を固く結び、ベッドから立ち上がる。
「外に女でもできたか」
「そんなんじゃないさ」
「じゃあ、別の職を探している最中か。お前の顔を見られるのも、もう長くないと思うと、寂しくなっちまうよ」
「……それはあっているかもな」
「おいおい、俺は冗談のつもりでいったんだぜ」
「わかってるよ。……行ってくる」
「気ぃつけてな」
赤ら顔をゆるめ、酒瓶を持った手を降った。
酒が服に飛び散っているのも、気になっていないらしい。
苦笑しながら手を挙げて応え、部屋を出た。
コロッセオの会場はドーム型の体育館。
晴れた日には、卵の天井が二つに裂け、中を太陽の光に満たす。
この日は晴れ。思った通り、卵は裂けていた。
円形の観覧席。
観客たちに見下ろされるように、闘技会場が用意されている。
足元は白砂と土とで整地してある。
つい二日前に、俺たち庭師が準備した自信作だ。
それを今から、自分の手で汚す。
作品を汚すことで快楽を得る人間もいるらしいが、俺は別だ。
悪態ことそつかないが、いい気はしない。
会場で名前を照会する。
係員には多少なり不審げな顔をされた。
闘技場を準備するわけでもないのに、どうして庭師なんかが。
当然の疑念だ。
だが、名前がある以上、案内しないわけにはいかない。
控室には数人の生徒、教員の姿があった。
彼らも係員と同じ顔、同じ目を向けてきた。
ただ1人を除いて。
「来たな」
ベンチに座ったカタリナが、数日ぶりに俺に声をかけた。
「来ないとでも思っていたのですか」
「いいや、来ると思っていたよ。必ずな」
彼女は腰を上げると、人を避けて俺の方へやってくる。
「私たちは二番目だ。外で待とう」
横を通る間際にそういうと、彼女はそのまま部屋を抜け出ていく。
彼女の後を辿って外に出ると、歩く彼女の姿が見えた。
曲がり角を一つ曲がったところで、係員に出会した。
カタリナは自分と後にくる俺とを照会し、通り抜ける。
俺が彼らの前に来て、特段の注意はされなかった。
ただ、あの妙な目を向けられるだけで。
会場の入り口へとやってきた。
熱狂する声が聞こえてくる。
まさに古代の闘技場。
かつての血みどろの娯楽が、形を変えて蘇ったわけだ。
「もうすぐだ。準備をしてなさい」
「何の準備でしょう」
カタリナが睨む。
言うまでもないだろ。
そう言いたげに見えた。
歓声が一段と大きくなった。
結果が出たらしい。
「行くぞ」
カタリナがまず出た。
その後を、気乗りしない俺の影が、ついていった。
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