三章

3-1

 今朝の新聞の見出しには、昨夜の出来事が早々と掲載されていた。


『深夜に起きた酒場での惨劇 娼婦の悲鳴が闇に響く』


 酒場『ゲラルトの腹』店内で男性3名が死亡。

 死因は刃物による裂傷

 警察は殺人として捜査を開始。

 怨恨、あるいは仕事上のトラブルと目論み、犯人の究明を急いでいる。


 幸いなことに、俺の関する記述は、一切見られなかった。

 ロットンは、黙っていてくれたようだ。

 俺に貸しを作るため、というより、自分の身の安全を優先させただけだ。

 告げ口には死を。それがお決まりの掟だ。

 変に正義漢を気取って死を選ぶほど、彼も馬鹿ではない。


「いつまで休憩してるつもりだ。さっさと仕事に戻るぞ」

 

「ああ。わかってる」


 フィリップに急かされ、ベンチから腰を浮かせる。

 ベルトに丸めた新聞を挟み、地面に置いた鎌を握る。

 午前中に芝刈りを済ませ、今は校庭の草取りだ。

 長い労働で足と腰が痛むが、殺人よりはずっとましだ。

 それに作業に没頭できる分、余計に思考をさく必要もない。


「こんにちは」


 根深い雑草と書くとしていると、少女が一人やってきた。


「ああ、君は」


 その生徒には見覚えがあった。

 以前、カタリナと共に誘拐された少女の一人だ。


「その節は、ありがとうございました」


 彼女は俺の前に立つと、深々と頭を下げる。

 俺はすぐにフィリップの方を見たが、彼は少し遠くにいて、こちらには気がついていないようだった。


「そんなことはしなくていい。それより、俺に何か用かい」

 

 安堵しながらも、俺はすぐに少女に頭を上げさせる。

 こんなところを見られたら、フィリップに何を言われるか、わかったものじゃない。


「はい、あの。これを貴方に」


 服のポケットから一通の手紙を差し出した。

 

「誰から?」


「開けてみればわかります。それじゃ、私はこれで」


 少女はまた頭を下げると、駆け足で校舎の方へ戻って行った。

 

「恋文か?」


 いつの間にか、フィリップが俺のすぐ横に立っていた。

 びくりとしながら、俺はさっと手紙をポケットに入れて、隠した。


「そんなんじゃない。仕事に戻るぞ」


「そう恥ずかしがるなよ。歳は離れているが、可愛いお嬢さんだし。それにお貴族様だし。玉の輿、いや逆玉の輿じゃねぇか。悪くねぇと思うぞ」


「いい加減しつこいぞ」


「怒るなよ、冗談だって」


 にやけた顔で言われても、説得力にかける。

 だから、フィリップのやつに見られるのは嫌だったんだ。

 茶化され、面白がられ、彼のおもちゃにされる。

 

「俺は仕事に戻るからな」


「なんだよ。すねたのか」


「仕事をしたいだけだ。お前もサボらず働けよ」


 半ばフィリップから逃げるように、持ち場へと向かう。

 少し離れたところで、ちらりと背後を見た。

 フィリップは肩をすくめ、俺に背中を向けて作業に戻っている。

 今のうちなら、大丈夫か。

 あたりに目がないことを確かめ、俺は手紙の封を切った。


 中には手紙が一通入っていた。

 開いてみる。差出人の名前には、カタリナ・ビルゲートと書かれている。

 内容は、実に端的だ。


『話があるから、今夜、噴水のところで会いましょう』


 この手紙を見なければ、この約束もなかったことになりはしないか。

 そんな思いが、後悔と共に、ふと頭をよぎった。






 少し散歩をしてくる。

 そう言って部屋を抜け出したのは、午後8時ごろ。

 当然、校舎には人の姿はない。

 教職員も生徒も、それぞれの寮に帰り休んでいるはずだ。


 外灯の下には無人の歩道。

 俺一人の影が伸び、俺の足音が静かに響く。

 噴水が見えてきた。

 夜は水流を止めているため、噴水はまるで彫刻のようだ。

 生命を感じつ、ただ闇の中でひっそりと佇んでいる。


 カタリナは、すでにベンチに腰掛けていた。


「来てくれたか」


「来ないと思っていましたか」


「多少は。だが、貴方なら来てくれると思っていた」


 カタリナは立ち上がり、俺の前に進み出る。


「長く時間はかけない。貴方にお願いがあるんだ」


 お願い。その響きに嫌な予感がした。

 

「なんでしょう」


「今週末。闘技会があることは、貴方も知っているな」


「ええ、まぁ」


 本学校は、騎士を養成するために存在している。

 闘技会は、生徒たちの技術を見せると同時に、進捗状況を世間に披露する。


「周りくどい言い方は、私は好きじゃない。どうだろう。私の相手になって、闘技会で戦ってくれないか」


 目を見張る他になかった。

 確かに闘技会は生徒は好きな相手と、戦うことができる。

 教師、先輩、後輩、あるいは依頼をして外部から敵をつれてくることもできる。


 ルール上、なんの問題もない提案だ。 

 俺の内心を除外すればだが。


「お断りします」


「言うと思った」


 カタリナは肩をすくめる。


「自分などよりも、貴方様にふさわしいお相手はいらっしゃるはずです。一介の庭師風情を相手にするなど、時間の無駄でしょう」


「一介の庭師にしては、経歴が異常だがな」


「自分が素性をお話ししたのは、何もこんなことに利用されるためではありません」


「もちろん、貴方の素性を利用するつもりはないよ。これは純粋な、貴方に対する興味なんだ。私の目の前で誘拐犯たちを相手にした、貴方の実力を、私も体験したい」


「かい被りですよ。用件がそれだけでしたら、これで失礼させていただきます」


 そう言って踵を返した矢先のこと。

 思いがけない言葉を、カタリナからかけられた。


「昨夜のことなんだが、あの後、使用人に頼んで店を調べさせてもらったんだ」


 俺は足を止め、背中を向けながらカタリナの言葉を聞いた。


「街には多くの店があるが、警備の人間を立たせているとなると、10軒ほどに絞られる。おまけに長年やっているとなると、さらに5軒ほどに数を減らす」


 カタリナが足音を立てて、俺に歩み寄ってくる。


「それに貴方は、警備の人間は年寄りだと言っていた。条件に照らし合わせると、たったの1軒が残された。驚いたことに今朝の新聞に、その店が載っていた。ゲラルトの腹。3人の男が殺された、例の店だよ」


「……何をおっしゃりたいのか、わかりかねます」


「ではこう言おう。警察にこの情報をもたらなさない代わりに、私と一日戦ってくれ」


「私がやったとでも?」


「確証はない。だが、元殺し屋が犯行時刻にその付近をうろついていたとすれば、捜査の有力な対象になるのは、間違いないだろう」


 カタリナの足が止まった。

 

「こんな手を使ってすまないと思ってる。でも、こうでもしないと、貴方は私の要求を飲んでないだろ」


「……ずるいお人だ」


「怒ったかい」


「いいえ、怒りはしません。ただ、屈辱的だと感じただけで」


 肩越しに、カタリナを見た。

 視線をちらと向けただけだ。

 だが、俺の目を見た彼女は、少し緊張したように見えた。


「考える時間を頂いても」


「ああ。いいとも」


「では、失礼します」


 止めていた足を動かして、俺は早足で彼女の前から離れた。

 一刻も早く、カタリナに顔を見られる前に戻らなければ。

 きっと今の顔には、ひどく殺気まみれになっている。 

 こんな顔を彼女に見せるわけには、いかない。





「あれが、殺し屋の顔か」


 闇に消えるジムの背中を眺めながら、カタリナはぶるりと背筋を震わせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る