1−7

「もう、出てきて構わないよ」


 ジムの気配が遠かった頃を見て、ドミニクはクローゼットに向けて声を投げた。


 すると、クローゼットが自然と開き、中からカタリナが出てきた。


「すまなかったね。そんなところに押し込めてしまって」


「いえ、お気になさらず」


 制服についたシワを、叩いて伸ばし、彼女はドミニクに会釈をする。

 それから、彼女の目はドアに注がれた。

 ジムの影。

 もしくは彼の残した気配に、注意が引かれたのだろう。


 彼女がドミニクの元を訪れたのは、昨夜のジムの告白の裏を取るためだった。

 まさかその場で、ジムの辞職願いを聞く羽目になるとは、思っても見なかったに違いない。


「校長先生は、彼を辞職やめさせるのですか」


「いいや、そんなつもりはないよ」


「しかし、先ほどは後任を決めると」


「確かに決めるとは言った。だが、いつまでとは言ってはおらん」

 

 カタリナは首をかしげ、いぶかしげに眉をひそめる。

 

「どういうことです」


「後任は明日にでも用意できるかも知れない。もしかすれば来年、あるいはそれ以上にならないと、決まらないかも知れない。ということだ」


「それでは、彼はいつまでも辞職することが……」


 自分で言って、カタリナは気がついた。

 そしてドミニクの言葉の意味に、ようやく納得が言った。


「ジョナサンに代わって、私が謝ろう。これまで君に隠していてすまなかった。だが、これも単に彼の将来のためでもあり、君の将来には彼の過去は必要ないと、考えていたためだ」


「責めるつもりはありません。校長先生の意図も、父の意図も、理解しているつもりです」


「そうだといいのだが」


「誓って、本当です」


 カタリナは真っ直ぐに、ドミニクを見つめる。

 彼女の信念と実直さが、その目に光を宿していた。


「君が誓うのならば、そうなのだろうな。そうだ。ジョナサンの奴にも、ジムの提案を聞かせてやろう。彼の口からであれば、ジムも聞く耳を持つだろう」


「わかりました。父に伝えておきます」


 ドミニクは満足そうに、うなずいた。


「それで、話の続きだが。君は彼の告白を聞いて、どう思った」


「どう、とは」


「彼を、怖いと思うかね」


「今の彼だけを見れば、怖いとは思いません」


「では、彼の顔を念頭に置くと、どうかね」


「……正直に言えば、わかりません。運のいいことに、私は今の彼しか知りません。彼がこれまでに何をして、どう生きてきたか。恐るべき過去であることは、私にも理解できます。しかし、話だけで彼の印象を変えることはできません」


「なるほど。確かに、見ていなければ恐怖も何もないか」


 机を指で数度叩くと、彼はおもむろに腰を上げた。

 カタリナの方へ体を向け、歩み寄る。


「では、改めて聞こう。君も協力してくれるか。私やジョナサンと同じように、彼の秘密の守護者になるんだ」


「秘密の、守護者」


「そうだ。今や、彼の秘密は彼だけのものではなくなっている。もしも君の父以外の外部に漏れ出せば、この学園の名前を貶めることにも繋がる。見えない爆弾のスイッチを、私たちで守るのだよ」


「自己保身のため、ということですか」


「失望したかね」


「大人の事情、というやつなんでしょう。もっとも、それは保身のための言い換えの一つにすぎないとは、思いますが」


「ジョナサンにそう教えられたのか」


「本で読みました。アドルフ・ヤコブ『無視される者達の社会』。なかなか面白い本でした。校長先生も、一読してみては」


「手にとってみよう。それで、返答は」


 カタリナは視線を逸らし、ドミニクの背後にあった窓を見た。

 青々とした空。

 空には小鳥たちが飛び交い、微かなさえずりが聞こえてくる。


 少し、答えを焦らした後、彼女はにこりとほほえんで、こう答えた。

 

「大人の一員に、私を加えてくださいますか」

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