1−4
カタリナ嬢たちを連れ帰った時には、空はうっすらと明るくなっていた。
正門では、教師達が俺たちの帰りを待っていた。
その中には当然、ドミニクの姿もある。
彼らは俺たちを見つけると、すぐに駆け寄ってきた。
もちろん俺にではなく、カタリナ嬢の方へだ。
無事だったか。
怪我はないか。
怖い思いをしただろう。
口々にかけられる、心配の言葉。
それに、励ましの言葉。
同じ意味の違う言葉で、カタリナ嬢の無事を喜び、彼女たちを励ます。
「無事でよかった」
ドミニクは、カタリナの肩を叩く。
それから、二人の少女の方にも、同じように手を置いた。
「君たちに何ごともなくて、私も安心した。今日はもう疲れたろう。馬車を用意してあるから、寮に帰って休むといい」
「ありがとうございます」
二人の少女は頭を下げる。
「カタリナ君、君も無事でよかった」
「申し訳ありません。油断しました」
「油断をしていなくとも、数人の悪党相手では勝ち目は少なかっただろう。抵抗なく彼らの指示に従った君の判断は、正しかった。おかげで彼女たちも、怪我をせずに済んだのだから」
「……ありがとう、ございます」
ドミニクは彼女の肩を叩く。
間も無く迎えの馬車がやってきた。
少女たちはともに馬車に乗り込んだ。
あとは、カタリナが乗り込むのを待つばかり。
「すみません。用事があるので、先に彼女たちを送っていってもらえますか」
だが、彼女は動かなかった。
彼女の爪先はドミニクに。
彼女の顔は俺に、向いていた。
さぁ、約束をはたせ。
彼女の目は、俺に訴えかけていた。
「用事とは、何かね」
ドミニクが尋ねる。
「少し、彼と話をさせていただきたいのです」
「彼と、か」
ドミニクが俺を見る。
俺はうなずき、
「来るべき時が、来たようです」
と、ドミニクに言った。
彼は深いため息をこぼした後。
俺の顔と、カタリナ嬢の顔を見る。
「君の部屋に、ベッドはいくつある」
「二つ。フィリップが一つ使っています」
「なら、彼は別の部屋に寝てもらうことにしよう。それでいいね」
ドミニクがカタリナ嬢を見る。
「私は、どこでも構いません」
「なら、そういうことにしよう」
そう言うと、彼は二人の前から離れていく。
が、その足が止まり、くるりと振り向いた。
「ジム。新しいシーツを、用意してあげるんだぞ」
この宿舎に女性が訪れたことが、これまであっただろうか。
庭師として働き始めて、五年と少し。
その間にこの建物で女性を見たことはない。
そして、おそらくはそれ以前にも、女性が入ったことはないだろう。
宿舎は男の巣だ。
薄汚く、ぼろぼろで、古臭い。
好き好んできたがる女性など、いるはずもない。
玄関をくぐり、廊下を進む。
自分の部屋につくと、ノックもせずにドアを開けた。
「帰ってきたのか」
フィリップは、まだ起きていた。
引きつった顔をこちらに向けて、椅子から立ち上がる。
「起きていたのか」
「寝れるわけないだろ」
フィリップは詰め寄ってくる。
「説明もなしに、確認するとか言ってよ。何時間もどこをほっつき歩って……」
そこでようやく、俺の背後にいるカタリナ嬢に目が入った。
言葉をなくし、彼女と俺の顔を、交互に見る。
場違いな場所にいる、場違いな人間。
フィリップはカタリナの存在に理由を付けようと、思考を目まぐるしく回転させている。
だが、答えは出なかった様子だ。
ぽかんと開かれた唇からは、吐息だけが出てきた。
「今日は別の部屋で休んでくれ」
俺が言うと、彼は我に帰り視線を合わせにきた。
「別の部屋でって、どういうことだよ」
「この部屋で彼女と話したいことがあるんだ」
「俺がいちゃ、邪魔だってことか」
「そうだ。できれば、二人だけの内密な話にしたい」
「まあ、それはわかるが。じゃあ、俺はどこで寝りゃいいんだ」
「迎えの人間がもうすぐくる。そいつが部屋に案内してくれるはずだ」
「それなら、まあ。文句はないが……」
フィリップは部屋の方を振り返る。
「せめて、片付けさせてくれないか」
「フィリップ」
「わかった、わかったよ。大人しく出ればいいんだろ」
両手をひらひらとふって、俺の横を通りながら。
フィリップは言った。
ほどなく、カタリナに顔を合わせると、ぎこちなく頭を下げた。
これが俺が見た、フィリップの貴族への会釈だった。
彼の背中が廊下の奥へと消えていくのをまって、俺は扉を閉めた。
「ここは壁が薄いので、あまり大きな声を立てないよう、お願いいたします」
「わかった」
カタリナの返事を聞くと、彼女のために椅子を用意する。
部屋には二つの椅子がある。
比較的新しい椅子と、古ぼけた椅子が。
古ぼけた丸い椅子は、三つある足のうち、一つがやけに削れている。
フィリップが、よく椅子を揺らしていたせいだと思う。
すでに傾いていたから、彼が揺らしていたとも考えられるが。
あいつの癖が、その椅子をよりダメにしたに違いはない。
俺が普段使っている方を、カタリナに用意する。
俺はその、がたがたになった椅子に、腰を下ろした。
「さて、どこからお話ししましょうか」
「最初からだ。すべて、教えてくれ」
「長くなりますが、よろしいですか」
「構わない。話してくれ」
「では……」
古い記憶をほじくり返して、それを言葉に作り替える。
15年。あれからもう、15年も経っている。
時の経過は早いものだが、それでも、ありありと思い出せる。
もしかすれば、彼女の信頼や心を、傷つけてしまうかもしれない。
それも仕方のないこと。
本来であれば、こんな仕事になど、つけるはずもなかったのだから。
「私が、貴方のお父君を殺そうとした時から、お話しいたしましょう」
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