第3話 思考は停滞

ㅤㅤㅤㅤㅤ―― Side こう ――



――好きな人と別れた。


彼女、なつに別に好きな人がいたから。

私の我儘で束縛してしまった。

ただ一方的に気持ちを押し付けて、ただ一方的に求めた。

そして、ただただ、一方的だった事を漸く思い知ったから。

付き合えたのは、なつの優しさだったから。

これ以上踏みにじれない。


なつはその人と付き合いだした。


今迄私と二人で過ごした時間を、彼女は彼氏さんと過ごす。

私の隣に彼女はもういない。


 仕方の無い事なんだ。


「友人」と「恋人」の差。


二人がキスしているところを見てしまった。

見ていられなかった。


そして、いずれはその先―― “そういう関係” にもなるのだろう。

例の彼氏さんに限らず、この先誰かと。


それを想像したら途端に激しい吐き気に襲われてトイレに駆け込んだ。


なつが自分以外の他の誰かに抱かれるなんて耐えられない。

私はまだそこまで踏み込んでいなかった。

それを誰かに先を越される、否、自分には一生手に入らないなつを誰かに手にされる、その現実でおぞましい程に嫌悪感が襲ってくる。


 でも、


 ――これは仕方のない事なんだ。


「友人として好き」と「恋愛として好き」との差。


私の前にある大きく深い溝。


恋人同士なのだからそれぐらいするだろう。

勿論その先も。

いつかは訪れる、誰かとなつが “そういう関係” になる事が。 


 耐えられない。

 知りたくない。


でももうなつは私と付き合っていないのだ。

諦めなくてはいけない。

この気持ちを忘れるか、捨てるか、封印しなくてはいけない。


それをしなくてはいけない事は解っていても、それでもなつの事が頭から離れない。

切ない想いは募るばかりで。


これまで毎日私と通った通学路を、今、なつは彼氏と通っている。

なつにとっては少し遠回りの道を、敢えてしている。


突きつけられる優先順位。


勿論、会えば今まで通りなつは屈託無く私に話しかけてくれる。

それが眩しくて、私は上手く笑顔を作って返せているか解らない。


なつと彼氏のキスを見て以降、なつの顔が見れなくて、結局自分から距離をとる様になった。


どこまで行っても我儘な自分に嫌気がさす。



ㅤ✕ㅤ✕ㅤ✕ㅤ✕ㅤ✕ㅤ✕ㅤ✕ㅤ✕ㅤ✕ㅤ✕ㅤ



「――えー? じゃーなおさら会ってみた方がよくない? 好きになるかもしれないじゃーん。そう言うの会ってみないと判んないじゃーん」

「う、そうだけど」

「はい、じゃー一回会ってみるで決定! 今日放課後早速こうを気に入ってるっていう男子紹介するから! 気に入らなきゃそれでいいから! 放課後開けておいて!」



今日はなつに想い人がいると教えてくれた件の友人、友寧ゆうねが、しつこく私を男子と会わせようとしてきた。

断っても断っても畳みかけてきて、果ては女性も紹介しようとしてくる。

最後は強制的に約束を取り付けて言い逃げしていった。


放課後、友寧ゆうねはともかく、もしかしたら会う話しまで取り付けられたかもしれない男子に悪い気がして、結局学校に残った。


友寧ゆうねは一方的に取り付けた約束に悪びれもせず、お待たせーと言って一人の男子と共に教室に入ってきた。

顔は見た事がある、多分同じ学年の、別のクラスの男子だ。


「じゃー紹介するよ! こいつ、隣のクラスの――」

「おー、こうだー。マジいんじゃん」


何こいつ、いきなり呼び捨だし。

まだこっちの自己紹介もしてないのに。


「いるよー、私が残らしたんだもん! 私の友達のこうね」

「あー、こうです」

「マジカワイイわー」


褒められてるんだろうけど不快。


「あはは、ほんとこうのこと気に入ってるね」

「えーマジカワイイじゃん。結構人気だし」

「だってさ! よかったね!」


友寧ゆうねがニヤニヤしながらこちらに話しを振る。

全然嬉しくない。


「ごめん、話し盛り上がってる所悪いんだけど、一回会ってみるってだけの約束だったし、会ってみたけど、正直付き合うなんて出来ない。もう帰って良いよね?」

「えーどうしてよー。全然話ししてないじゃん! もっと話ししてみないとわかんないよー」

「だよなー。もっと話ししようぜー? 俺マジこうのこと好きだから!」

「私は好きじゃないです」

「そんなこと言わずにさー、ちょっと付き合ってみたら好きになるかもしれないじゃん」

「だよなー。ちょっと付き合うだけでいいからさー。遊びでもいいって」

「絶対嫌です」

「固いよーこうはー」

「なー、固いなーこうはー。もっと軽く考えようぜー」


二人がかりで絶妙に不快感を煽ってくる。

何このコンビ。

もう二人で付き合いなよ。


「いや二人のが息ぴったりだし、二人でくっつけば良いじゃん」

「俺面食いだから無いわー」

「なにそれひどいー! でも私も自分が男だったら私と付き合うとかないわー。私もこうのがいいわー」

「てか、なんでそんなに私とくっつけようとすんの?」

「あー、 だってこうなつと別れたの私のせいじゃん? 好き合ってる同士付き合った方が良いって思ったけど、ちょっとこうが可哀そうだったかなって思って」


この子なりに気遣ってくれたのか、ただの同情な気もするけど。

しかも気遣いが斜め上で迷惑千万。

実はちょっと『一方的気持ち押し付けらたらどんな気持ちかを解らせる為』みたいな嫌味・当てこすりかと疑っちゃってた事ごめん。

兎に角断らないと。


「気遣ってくれるのはありがたいけど、だからと言って少しも好きでもない人と付き合いたいと思わない」

「俺は好きでなくても付き合えたら別にいいけど?」

「それでも、だよ。それに、私は今でも好きな人がいる。だから、好きでもなく付き合って、付き合ってる相手を優先にするなんて考えられない。私の中で一番はやっぱり好きな人だから。でも、付き合ってる人を後回しにするのも失礼だと思うから、付き合わない」

「んーわかった! じゃあこの話はなかったってことで!」

「えー、お前が答えるのかよー」

「私がこうを紹介したんだから、私が采配する! この話はこれで終わり!」

「まあ最初から脈なさそうだったし、マジ付き合えたらラッキーって程度だったからいいけど」

「二人共ごめん」

「私はいいよー。ただのお節介だしー」

「おー、俺も会話出来てよかったわー。マジカワイイしー」


最後のは意味わからないけど、兎に角断れて良かった。

その後この二人に別れを告げて学校を後にした。

一応話しの通る良い相手で助かった。


たったの数十分の事だったけど凄く疲れた。

でもこれが「一方的に想いを押し付けられる」という事か。

しかも相手を如何に傷つけずにするかずっと考えないといけない。


 気疲れするね、これ。


きっとなつが負っていたものはもっと凄かったろう。

ほんの一旦を知る事が出来たのは良い事だけど、その分罪悪感も凄い。


本当に私って酷い奴だな。

 


ㅤ✕ㅤ✕ㅤ✕ㅤ✕ㅤ✕ㅤ✕ㅤ✕ㅤ✕ㅤ✕ㅤ✕ㅤ



世間の、片思いからの告白が悪いとは言わない。

告白を受けて、別に好きでなくてもOKするのもありだと思う。

そこから好きになる可能性もあるから。


そして、仮に他に好きな人がいての、別の人との交際、の否定も私には出来ない。

それはそのままなつへの否定になってしまう。

それを強いた私が否定するなんて許されない。


なつの優しさに感謝こそすれ否定などあってはならないのだ。


 なつごめん。

 ごめんね。


結局の所、なつに酷い事をしてしまった自責の念が堂々巡りをする。

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