第4話「Hush, Little Baby」04

 宇宙くじらなる生物が空から飛来し、その生物から取り出した未知の物質を日本人の科学者が発表した。世界は初め、彼の個人的な情報ばかり取り上げて偉大な研究の内容を知ろうともしなかった。だが、アインシュタインの再来と呼ばれた彼の発見した新元素により戦争が勃発した。

第三次世界大戦後の偉大なる遺産は、生物兵器の登場だ。生物と化学兵器が遺伝子レベルで融合したそれらの化け物を生み出す魔法の技術は、戦争が終わるとさまざまな分野に技術利用をされるようになった。

 先進国では生物兵器が民間企業に受け渡され、地域労働者の仕事を奪うと問題になった。深刻だったのは、発展途上国での扱いだった。未熟な司法によって発展途上国では生物兵器が爆発的な進化を遂げたのだ。『キリングマシーン・チルドレン(殺戮機械の子供達、通称KMC)』と呼ばれる生物兵器用のデザイナーベイビーが誕生するようになった。彼らは生物兵器を扱い、操ることに特化しており、体に組み込まれた機械で生物兵器たちと対話することができた。当然国際的な批判を浴びたが、地下に潜った彼らが高値で売買されることは止められなかった。絶滅した動物や枯渇したエネルギー資源の代わりに、素晴らしい「輸入品」手に入れた発展途上国は、その複雑な売買ルートを世界中の資産家にのみ明かす。それは国家機密なのだ。

『兵器の一部となった子供達の多くは、チャイルド工場で産まれる』

「子供工場か……」

『4歳から9際の女児を誘拐し、売春をさせた後初潮を迎えた者から工場に売られることもある。売春よりはるかに実入りが良い工場に、自ら進んで従事する女児も少なくない』

 記述に身震いをしながら、ハロルドは書類を捲った。

『人工的に遺伝子操作された精子と女児たちから採取され、適正とみなされた卵子が工場の施設内で受精した後、子宮内に注入される。無事誕生した幼児は産み子の母乳が出なくなるまで工場で養育された後、血液検査で適正を測定。規定値を超えた者のみ訓練所に送られる。規定値を下回った幼児は臓器売買の業者が引き取るか、戦場の地雷原用の少年兵予備軍として軍に引き取られる』

 ――訓練所……。どこが出資しているんだ……?

 三日前の午後23時、ニューヨークのニューヨーク・ニュージャージー港に匿名の通報が入った。遺体があると言うが、湾岸警備30年のビル・スライドの話ではよくある話だと言う。曰く、「ドラマの影響でここのコンテナ街に異国の売春婦たちが送り込まれていると思い込んでいる人が多いんだ。どのコンテナもすべてうちの管理下にあるよ」と言い、匿名の通報は違法品を管理しきれなくなった中間業者の可能性も高いという。

 ビルの先導で通報のあったコンテナを開くと、中に数十人の子供達が入っていたと言う。何人かに息はない。児童保護局が来る前に地元のニューヨーク警察が動くものの、EFBIの介入が入る。そこに、何者かが襲撃。その場にいた制服警官から拳銃を奪い逃走。

「急に襲われたんだ。あれはきっと獣だよ」

 周辺から動物の血液は検出されず。負傷した警官の証言に、コンテナの中の子供を保護することで一時的に事態は収束。逃走犯を追うも、手がかりなし。

 その翌午後、地元の名士であり全米でも有名な資産家一族で現上院議員の孫娘である新生児が国立医療センターの一室から誘拐される。その病室に、奪われた拳銃が使われた痕跡が見つかる。その翌日、新たに新生児が攫われる事件が発生。

 そうして事件の背景を詳しく探ると、保護した数十人の子供たちは前述の子供工場で生まれKMCになるべく育てられ、全米に『出荷』された子供たちだったことが判明する。

「その子供たちの一人が今回の事件の詳細を知っている可能性があるのか」

 コンテナから脱走した逃走犯と目される子供が、ハロルドの担当する事件に関与した可能性があるとなったのだ。

 資料を読んでいるタクシーの中で、ハロルドは、児童保護局の施設である局員からの電話を受けた。顔見知りの局員であるロナウド・リドリーは刑事たちに話した内容以外にも、問えば必要な情報を与えてくれる。

『全員、まずKMCを専門に扱うカウンセラーを呼び寄せた治療を施してから、養子縁組という形にしなきゃいけないから、今予算の関係で大揉めしていて、特に子供達がどの国の子供達なのかの履歴も全部消されてるんだ。……英語は話せるが、ほとんどが訓練済みで感情が抜け落ちてる。……ロリポップキャンディも知らない子供たちだ。彼らを見ていると世の中が嫌になるよ』

 コンテナから子供たちが逃げなかったのは、ほとんどが薬漬けで、逃げたら自分の命がないことを知っているからだ。訓練された子供たちの大半は鎖骨上には脳に直接薬剤を注入する管が出ている。その管は乳児の段階で入れられるため、すでに癒着していて管を外す手術も大掛かりになる。

「詳しい詳細を話せる子供は?」

『一人だけ。兵器のツインコンピューターとして産まれた子だ』

「ツイン?」

『生まれながらの、戦場のエリートとして産まれた子だよ。資料は送る。クロードたちが来て話したがダメだった。カウンセラーにもほとんど話さない』

「なるほど……時間がかかるのか?」

『個人差もあるが、訓練された子達を社会に戻すには時間がかかる……。だがハロルド、彼は君の名前を出したんだ』

「俺の名前を?」

 唯一手がかりを知る子供が、何故かハロルドの名前を出したと言う。その為に、ロンは電話をくれたのだ。

「クロードからそんな話は聞かなかったが――」

『さっき喋ったからな。だんまりを決め込んでいた彼……自分でゾラ、と名乗ったんだが。ゾラが君を呼べと言う』

「ゾラ」

 記憶にない名前だと訝しみながら向かった施設の一室に彼は居た。色の抜け落ちた白髪に、白くけぶる長い睫毛、赤い血の色そのままの瞳、肌は浅黒く、そして体は小さい。少女のように美しく整った顔をこちらに向けて、子供用の椅子にただ座っていた彼がこちらをじっと見上げてから「サラから伝言だよ」と告げた。サラ・ジェームズはハロルドの姉の名前だ。

「アルが死んだのは、貴方のせいじゃない。私がこれから死ぬのも、貴方のせいじゃない。これは、14年前に始まったことよ……そう言ってって」

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