第6話 子供にお酒は異世界だからといえど飲ませるのはまずいようです。

 その日は地獄と見紛うほどに忙しさが極まっていた。

 買い物カゴから溢れんばかりの山盛りの商品を一人で全て打ち袋詰めしなければならない。

 社畜魂で俺は何とかなったが教えたばかりのニーナは少し苦戦していた。とはいえ大きな問題、打ち忘れやお金の渡し忘れは一切なかった。

 無くなった商品はもはや陳列する時間すら閉店まで貰えず、永久に右から左へ会計し続けた。商品自体はパッドで注文すれば一瞬で送られてくるので無くなる事は無いが、逆にそれが仇となり長い労働を強いられる結果となってしまったのは言うまでもない。


「つ、疲れた・・・・・・」

「やべぇ、まじやべぇよこれ」


 本日の売上金額を数えながらその額の多さに驚きを隠せず疲れ果てているニーナの横でニヤニヤが抑えられない。

 この世界というかゴーランド帝国では貨幣によってやりとりをされている。一ガルドが銅貨一枚、五ガルド大銅貨一枚、一〇ガルドが銀貨一枚、五〇ガルドが大銀貨一枚、一〇〇ガルドが金貨一枚、五〇〇ガルドが大金貨一枚という具合で。

 紙幣は存在していない。そもそも紙自体も高価な物らしく市民に使うべきではないとの事。

 そんな中本日は最高が一時間に二人合わせて一〇〇人とかなりの数が来ていて、総数一〇〇〇人弱が来店してきた。

 そして、一人頭約三〇〇〇ガルドつまり大金貨六枚を買い物に使ったので、約三〇〇万ガルドが本日店が手にした金額で、純利益がその半分約一五〇万となる。


「まじでウハウハだぜ!アハハは」

「そんな額一日で稼ぐの初めて見たから凄いとは思うけど、やり方が相当ゲスい。人間性が欠如してるナオトしかできないよ」

「おいおいそこまで褒めるなよ。そんなに褒めてもボーナスの一〇万ガルドしか出ないぞ」

「褒めてな──え?」

「どうかしたのか?さすがの俺でもこんだけ頑張っただ、一〇万ガルドぐらい渡すさ」


 なんと一〇万ガルドを貰うと市民の平均月収がたったの一日で稼げてしまったことになる。

 冒険者でも命をかけてポーションとかに使う上で何日も外にでてやっとその半分といったレベルなので、命の危険もなく商品を打って袋詰めしただけでこの金額が稼げたのは異常でしかない。


「で、どうするよニーナ」

「何が?」

「仕事さ。一応契約としては初期の飯代を稼いでもらう事で契約したが、このボーナスで払い終わるだろ。俺としてはここで戦力が抜けるのは大問題なんだが、他人の感情を無理やり縛るのは好きじゃないし契約は守らなくちゃならんからな。選んでいいぞ」


 最初はやりたくないと思っていたふしもある。

 出会っていきなり騙して飯代を請求し身体で支払わされ、店を突然閉じて遊び出す等迷惑ばかりこうむってきた。

 ゲスいことばかりして悪魔のような真斗との生活だったが悪い気はしない。それどころか──


「どうするよ。また命の危険な冒険者をすぐにでも始めるか、もう少しここで働いて楽に金を稼いで将来の軍資金を貯める。どっちを選ぶんだ?」


 またゲスい。誰しもがゲスい事を言っていると思うがそれがどこか心地よくニーナは感じている。


「そんな言い方しなくても良いですよ。少し勇者稼業はお休みです。もう少し働かせてください店長」

「それでこそ俺が認めた勇者様だぜ!!ほんじゃまぁお祝いって事で!」


 今までの偽りの笑顔よりも本物に近い笑顔を浮かべたのもつかの間、成功を祝して用意していたシャンパンの蓋を弾け飛ばして二つのグラスに注ぎ込み二人は一つずつグラスを持つ。

 見つめ合いグラス同士を接触させ小さい音を鳴らす。


「乾杯」

「乾杯です」


 アルコールの低い物を選んだのだがニーナには少し早かったのか一口で顔を真っ赤に染めテンションが相当上がる。

 剣を振り回しそうな勢いだったので慌ててニーナを落ち着かせるために格闘を一時間繰り広げ何とかベットに寝かせる事ができた。



「もう二度とニーナに酒は飲ませねぇ」


 辺りの惨状に対して引き気味に告げた。

 机はひっくり返り食器は大量に砕け散り酒や食いかけの料理が散乱してる。

 あまりにも暴れるので捉えようと抑えたのだが手足をめちゃくちゃに動かして、偶然当たった机が目の前で高速回転した時は顎が外れる以上の驚きがあった。


「給料さらに半額にして金むしり取るか?」


 壊れた食器代を請求してやろうかとワインをちびちび飲みながら考える。


「まぁいいか、ニーナの笑顔が見れたしこれぐらいは許してやるか」


 メガネっ子がメガネを外すのは断固として拒否するが、いつも曇った笑顔だったニーナのちゃんとした笑顔が見れたのだから嬉しさは相当ある。

 救いきれなかった過去の自分を救ったかのような愉悦感にも浸れた。


「とはいえか、問題はこの後だな。どうしたもんか」


 つい口を滑らして一〇万ガルドを渡すと言ったが今では後悔している。

 ここまで店を存続させてきたマイナス分を含めてしまえば残るのは半分程度で厳しい事に変わりはない。さらに言ってしまえばこれからの収益についても大きな問題があった。

 普通の市民からしたら毎日毎日三〇〇〇ガルドも使えるはずもない。初めてというブーストがあったからこそ、多額のお金を払う価値があると判断したに過ぎない。

 早くて翌日、遅くても三日後には客足は今よりも相当少なくなると予想できる。

 そうした場合利益を上げつつ生活をしていき一〇〇〇億貯めるというのは今の状態では無謀でしかない。


「売上だけ見れば良いんだが内訳がな・・・・・・元が安いのが多すぎる」


 各家庭に家電があって弁当を温めて食べる習慣がこの世界では根付いていない。そのための場ですぐ食べられる上に食事としてよく口にするパンが売上として一番高く、次におにぎりとなってはいるが売上が爆発的に高い訳ではなく、大部分の売上はパンによって賄われている。

 日本では定番で価格の高いお弁当の売れ行きは怪しく、アイスや冷凍食品は見向きもされていない。お酒も缶という形状に慣れていないのか売れそうにない。


 唐突に技術革新でも起きない限り売れる可能性はない。

 完全に俺の管轄外でこれからどう売上を保つのか、新たに開拓するのか。問題は山積みで先は相当険しい。


「問題は山積みでお先真っ暗だけど・・・・・・」


 日本では味わう事のできなくなった快感。縦社会の日本だと上の指示を聞いてそれを行えなければ不適合者という烙印を押される。個性を捨て同調が求められる社会なので、俺も例外なく考えるよりも従う事に重きを置いた。

 一応女神が上に居るが直接的な指示は来ないので完全に自分の責任で全ての物事を行っていく。


 ──楽しみだなたく。


 真の自由に生きていく新たな世界に向けて叫ぶ。

 

 待ってろよと。


 

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