第5話 人心掌握術を外道が持つと大事件

 翌日。

 朝日が昇り晴れを伝える鳥が空を鳴きながら飛び回っている。

 掛け布団を蹴落として足が大きく開いてる状態でニーナは目を覚ました。

 昨日の夜に祝いだと腹がはち切れんばかりに料理を食べたのでまだお腹が一杯で吐き気まであるがなんとか起き上がる。

 上下同じ赤い花柄のボタン式パジャマは意外と気に入っていて、変態さとセンスは別物なのだと渡された時に考えていた。

 時刻を刻む魔道具に目をやると八時〇五分となっていて、集合時間として伝えられていた八時に遅刻している事に気づき慌ててパジャマを脱いで仕事着に着替える。

 気づけば鎧や剣を装備するよりも制服を着る事ばかりを考えるようになってきて、部屋の片隅で鎧は埃を被りつつある。

 等身大の鏡の前に立って前髪を整えながら異常はないか確認する。


「こればっかしは店長に感謝です。こんなゆっくり朝を過ごすなんて勇者になってから何年ぶりでしょうか・・・・・・睡眠の時間さえ煩わしいと思っていたのに、パジャマやベットのおかげで楽しみになってる」


 本人の前では絶対に言えない言葉を誰に告げるでもなく独り言として零した後にズレていたネームプレートを平行にして気合いを込める。

 作戦が失敗していた場合の励ますフレーズを復唱しながら下の階へ向かっていく。

 自室をでてすぐ廊下を突き当たりに進むと階段があるので、そこを下るとスタッフルームに行き着く。


「おはよう」

「おう、おはよう」


 そこにはいつもより数割増に顔色がおかしいナオトの姿がある。


「顔色悪いけど今日死ぬの?」

「誰が死ぬか縁起でもない」

「なら・・・・・・大丈夫だよ次がある。私も協力するから」

「まだ失敗してねぇっての」


 これも違うの?と小首を傾げるニーナは年相応な反応に見えた。

 ニーナも救え店も救えたら少しは元の世界に帰った時に自慢出来るなとクスッと笑ってから、気合を入れるために両頬を手のひらで叩く。


「突然どうしたの自分を殴ったりして、ハッまさか殴られて喜ぶ」

「変態になってねぇよ。これはちょっとした気合い入れだ。なにせ今日は休めなさそうだからな」


 指を指した先にあるのは今まで接続を切っていた出入口のカメラ映像である。

 客が来ないのに外を見ても意味が無いと接続を解除していて、今日反応を確認するために再接続した。

 いつもなら閑古鳥が鳴くどころか生き物の影一つも写せない寂しい映像が見れるはずなのだが、なんと大行列がそこにあった。


「なんで!?」

「俺の作戦通りだな。全く天才は困るのぅぅ、やる事なす事全て成功するんだから」


 鼻を長くして作戦が成功した事を披露する。


「ニーナ君に教えてあげよう俺が何をしたのか──いや何が起きたのかが正しいな。なぜなら俺は何もして」

「いやいい」

「・・・・・・もう一度言おう、俺が何を」

「興味ないから聞きたくない」

「嫌だーー!!俺の話を聞けー!!やだやだやだやだやだやだ」

「はぁ、ナニヲシタノカキカセテクレナイ?」


 お菓子を買ってと駄々をこねる子供と同じようにその場でジタバタ暴れて自慢をしたそうにしていた。子供がやる分には可愛いと思えるが大人がやるとみっともなく惨めな気分を見てる方が味わう地獄でしかない。

 子供を育てる親の気分でニーナは聞き返してあげる。


「実は人間ってのは贅沢な生き物でな。何かしら目標のために節約や節制はできても、一度上げた生活水準を下げる事は出来ないんだ。本来特別な日にしか食べる事を許されない柔らかいパンが、日常的に食べられると知れば居てもたってもいられなくなるのが人間の心理よ」


 事実、日本の学生の多くがバイトをしてお金を得られるようになった瞬間色々な物を買い漁る生活をし始め、月に一万は当たり前のように使っている。小学生、中学生の頃は一万は大金で良くて二〇〇〇円が限度だ。ここで小中の生活に戻れるか?と言われても無理と答えるのが殆どだ。口々に「どうやって生活してたか分からない」と答える。

 大人になってもこういうケースは頻発し、金持ちがお金を失っても質素な生活ができないかったり、安い美容品とかを使えなくなる現象がそれだ。

 今回はパンを目の前にチラつかせて誘導したのだった。

 子供の証言だけでは不確定要素が高く信用性にかけるが実物を持ち帰ってくれば信用性は上がる上に、無料でたらふく食べたという子供の証言と合わせると自分もあやかりたいと思ってしまうのは必然。


「でもそれだけじゃあ情報として信用しづらくない?ここまでの行列を作るとは思えない」


 カメラが写してる映像では最後尾が見えないほど長い行列なのだ。

 実物と証言という二つの証拠があっても子供の戯言、主語が大きくなってるだけで実際はそこまでだと考える親もいるだろう。

 だとしたら完璧な作戦とは言えない運任せ過ぎない?と当たり前の疑問を口に出す。


「甘い、甘いよニーナ。まるで砂糖をかけたプリンのように甘い」

「うげっ甘ったる」

「ニーナの言う通り情報があるにはあるが決め手となりえないのは事実、なので補足した情報がある。それが閉店日だ。いわゆる限定品という付加価値を付けることで、自分から急いで行かなければと思わせる事ができた」


 商売においてよく使われるのが【新発売】や【〇〇個限定】という商品にそれ以外の価値を新たに付与する技である。

 コンビニでもこの手法はよく使われ、ファムマではおにぎりの人気の味を一定期間消して新商品というシールを付けて再販する事で売上を上げている。

 〇〇店限定や個数限定は無くなる危険があると思わせる事で爆発的に売上を加速させられるので、今回の店が二日後には閉まると言うのは絶大な効果をもたらした。

 人間誰かに指示を出されてやろうとするとやる気が出なくなる。夏休みの宿題を親にやれと言われたらやる気がなくなるあれだ。実はこれやれというのではなくやらなきゃなと思わせるように持っていくと、宿題嫌いの子供でも簡単にやらせる事ができる。


「それならこの行列はどう説明するの?あの場にいたのは二〇人がせいぜい。明らかにそれ以上の人が行列を作ってるわよ」

「あぁ、これは簡単。先程の無くなるかもしれないと思わせたのに、開店時間を伝えていないから早くいかなければと開店前から待機列を作らせたんだ。そして列を見た何も知らない人が凄いものがあると勝手に解釈して並ぶ、これを繰り返して自然に大行列ができたってわけだ」


 これには人間の心理が深く関係していて、高ければ品質のいいものである、行列ができていれば人気の店であると思わせられるのだ。つまるところ同調である。

 日本ではよく見られる光景なのだが数を判断材料に物事を判断する傾向が強い。

 オンライン販売の商品を買う時も口コミの質よりも数を重要視したり、行列の先頭の人が進んだ方向に全員が引っ張られて進むというケースが数多くある。

 異世界では目に見える判断材料の行列こそがより売上を加速させるスパイスになったのだ。


「ケケケケ楽しいなぁ」

「うわーゲスな顔してるよこの人」


 完全勝利に心の中でガッツポーズを取りこの後の仕事の忙しさから目を背けた。

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