第3話 質問です。異世界に労働基準法はありますか? 答えはNO
「それでは私は失礼します」
「朝ですが家まで送りましょうか?」
「いえ、大丈夫です家など私にはありませんので」
「それは辛い事を聞きました」
まだ小学生ぐらいの歳ながら発言は丁寧で子供離れしていた。それでも淡々と親が居ないことを告げた際の瞳はどこか悲しげだった。
まるで昔の俺を見てるみたいだ。
父親が死んだ時にもう会えないというのは理解出来たのだが涙一つ流れることは無かった。それは悲しくない訳では無い。悲しむ暇もなかった虚しい瞳。
死体の処理は火葬なので最後に姿を見れる葬式の時も棺桶で寝ている父親を見て、触れ、喋りかけた。隣で泣き叫ぶ母さんと妹を守らなければ、唯一の男として。そう考え学校も中退しすぐに仕事をし始めた。
仕事が安定し今でこそ無茶できてるが死んだ当初はそんな余裕はない。だからか手を差し伸べたのは。
「うぅん。ニーナ、ここは店だからもう少しゆっくりして行かないか?」
「いえ、そんな余裕はありません。睡眠は取ったので勇者としての仕事を──」
キュルルルルル。
ニーナの腹部から食欲を訴える音が鳴り響く。睡眠から目が覚めたので本格的に身体が動き始めた合図であった。
さすがに羞恥心があるのかお腹を抑えて顔を林檎みたく赤く染めた。
「お腹減ってるみたいだが?」
「これはちが──」
ギュルルルルルル!
先程よりもさらに大きな音がスタッフルームに響き渡る。
林檎どころか茹でダコみたく真っ赤になって煙を顔から吹き出している。
「まぁちょっと待ってろ」
肩苦しくてめんどくさい敬語をやめて、裏に置いてあった買い物カゴを手に取りお弁当コーナーへ向かう。
少女の好きな物はお菓子や甘い物と相場は決まってるのだが、今は腹に溜まる炭水化物や力の源の肉などが必要だと思ったのでファムマで超人気商品(俺調べ)『炒飯油淋鶏弁当 五九八ガルド』を選択する。
朝から油っこいのを取れば元気が漲るだろうという安直な考えでもある。
レジに持っていき電子レンジで一分の加熱を待ってる間に、最初から割れている丸い割り箸とスプーン確保してチルドコーナーのお茶のパックをカゴに入れておく。
温めが終われば弁当もカゴに入れて裏でお腹を減らして待っている少女の元へ向かう。
「ほい、弁当」
「お金を今持ってません」
「いいからいいから、勇者様でもお腹が減ってちゃ戦えないだろ?」
「・・・・・・うん。ありがとう」
カゴを受け取り弁当の米が入ってる部分を直持ちしてしまう。
「熱っ!」
「あったり前だ。米のところなんか持つから」
「そんな事言ってもこんな料理知らない。パンじゃなくて種?美味しいの?」
「美味いぞ。これ食べたら他の料理食べれなくなるぐらいにはな」
米の部分ではなく周りの縁の部分を使って持ち上げテーブルへ動かす。
弁当の蓋を固定するパックの剥がし方を知らないようなので代わりに蓋までは外してやりスプーンと箸の外袋も外してやる。
「ほら食え」
「神に祈りを」
手のひらと手のひらを合わせる『いただきます』とは違い、両手を握り合わせ額に手を当てて祈りを捧げていた。
大人に連れて忘れる食事前の祈りだがニーナはまだ純粋さを残していた。
「はむ・・・・・・はむ、はふ」
スプーンで警戒していた炒飯をすくい上げて口へ運ぶ。スプーンを逆手で持った時は危ないと思ったが、意外と器用に口へ運べている。
一口、二口と運んだ段階で弁当を持ち上げ口の中へ勢いよく炒飯を掻き入れる。
炒飯を平らげ次に添えられていた油淋鶏とパスタを飲み物のかの如く流し込んで一瞬で平らげてしまう。
「美味しかったです」
「そうか、お代わりはいるか?」
「欲しいです。できれば後二杯」
「同じ味か?」
「別のもあるのですか!?」
コンビニ弁当の完成度の高さに驚き魅了され、身体を乗り出して次の弁当を欲していた。
苦笑いを浮かべ次の弁当を運び最終的に六個も弁当を平らげる事になった。
「どうよ俺の店の商品は」
「とっても美味しいかったです。けど、こんな料理見た事も聞いたこともありません。油淋鶏と炒飯?初耳です」
「やっぱりこれはこっちの世界の言葉か」
コンビニの設備自体はなにも変化は無かったのだが異様な事に文字全てが見たことのないものへ変化している。
中国や日本の漢字でも、アメリカやドイツのアルファベットにも該当しない特殊な文字。市民の話し声は問題なく聞こえていたが、文字だけは読解不可能であった。
とはいえ一〇年も働いてきたので文字が読めなくても商品の正式名称ぐらいは暗記している。赤丸やセブソフとタバコの略称を言われなければ問題ない。
「なにか言いましたか?」
「いや文字読めるんだなってさ」
この世界の識字率など定かではないが少女が覚えているならば日本と同等のレベルなのではと期待をする。
「私は教会に席を置いているので簡単な文字程度ならば読めますね」
「てことは市民はやっぱり?」
「おかしな事を聞きますね。まるでこのバル厶の生活を知らないような口ぶりだ。もちろん貴族ではない市民では自分の名前を書くのすら怪しいでしょう」
残念な事に識字率というよりは知識水準に貴族と市民で相当の格差があるようだ。
一々シルヴィーに確認するのもめんどくさいので現地人と顔を見て会話ができるのは存外嬉しさがある。
「ほんじゃまぁ、弁当代四〇〇〇ガルドな」
「な!?お金を請求しないのでは!!」
「あ?誰がそんな事言った。俺は食えと進めただけで払わなくていいなんて一言も言ってねぇよ。拒否しなかったお前が悪い」
「ぐぐぐ」
右手で金の最速をするが予め手持ちがない事は聞いていたので完全に術中通りである。
「でだ。金がないとはいえ逃げるわけないよな?勇者様なんだから」
「ぐぐぐぐ」
「金がないなら作ればいい。という訳で身体を貰おうか」
「うっ・・・・・・」
目元に大粒の涙を浮かべながらにじり寄る変態に顔を歪ませる。
所詮男と女の関係であったのだと、親切心は辱めるために油断させる手段だったと心底後悔した。
「さぁ、服を脱いでもらおうか!!」
☆
「声が小さい!もっと大きく身体を曲げろ!」
「いらっしゃいませ!!」
「違うもっと身体をこうやってだな」
二人はレジ前に立ち頭を机にぶつける勢いで上下させていた。
ニーナは当初来ていたボロボロの服からファムマのポロシャツ制服へ変わっていて、清潔な雰囲気を漂わせている。
今行っているのは弁当代を稼ぐために臨時で雇い入れるための研修である。本来日本では労働基準法により一五歳以下は雇ってはいけない法律があった。ニーナに歳を聞いたところ一二歳なので日本では働かせるのは不可能だ。が、ここは日本でもまして地球ではない。憲法が通用しない異世界なのだ。少女を働かせたと言えど問題などあるはずがない。
と結論付けたので最初に覚えるべき店員の一番重要な挨拶から教えている。
「グッド!!よし次は会計だ」
「なんでこんな事を」
「食い逃げか?勇者様ともなるとやる事が違うねぇ」
「あんなに紳士で優しかったのに」
「は、さっきは客、今は俺が店長でニーナが店員で関係がまるで違う。俺の方が立場は上なんだからな!はっははは」
悪魔と契約した気分をニーナは感じていた。
優しく警戒心を解いた段階で蜘蛛の巣に捉えられた虫のように雁字搦めにさせられ、逃げる事が許されない。
強打して逃げようと考えたが聖剣が何故か起動せず無言を貫いている。
「さてこんなものかな」
「まさか勇者である私が給仕の真似事とは」
「口約束でもな契約には違いないんだ。大人はこんな生易しい契約内容じゃないんだぞ、ちゃんと理解した方がいい。俺もフランチャイズ契約とかいうのにどれだけ苦しめられたか」
「フランチャイズ契約?初めて聞きましたが」
「あぁ気にしなくていいこっちの話だ」
あの地獄のような契約を思い出すと頭が痛くなる。あれこそ悪魔であると断言出来るレベルで優しくない。初心者の心に漬け込んで不定を働く悪魔の所業だ。
余計な事を考えながらもあいさつ、レジ打ち、袋入れと基礎的な技術は全て伝授する。
「そう言えばこの店の料理は美味しいのに客が少ないですね」
「そうだね。店を開いてるのに研修を一度も中断されずに行えるぐらいには余裕だね」
「利益とかあるんですか?」
「はは、面白いことを聞くね。客が来ない店で利益があるとでも?いやー勇者様はギャグ線高いなあははははは」
「ごめんなさい」
そこでふとニーナ違和感に気づく。
「ではなぜさらに首を絞めるように私を雇ったのですか?三食付きの寝床提供とマイナスではないですか」
「どうやりくりしても後一週間でこの店は破綻する」
「それやばくないですか!」
「けども、実はとある秘策があってね。それができれば間違えなく黒字になる」
「その秘策とは?」
一応従業員になったニーナはこの店の存続について気になってはいる。無くなれば契約もチャラではあるがそれとこれは話が別だ。
美味しい弁当が何の知名度も得ずに消えて言い通りなどない。
「それは──」
俺はニーナにこの二日間で得たデータを元に考えた最強の作戦の初動を伝えた。
ニーナという新たな労働力を手に入れ、レジ二台が稼働できるようになったので使える方法が。
「五日間この店閉じます」
「は、はぁぁぁぁ!?」
外道、クズ、悪の中の悪人、人類悪とこの作戦後呼ばれる事になるゲスい作戦が遂に動き始める。
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