117話「いいから行こうぜ」


 翌朝、藤原の呼びかけの下ダンクたち亜人族全員が集まった。昨夜は俺や亜人たちの大地魔法を工夫して簡易的な家を造って、そこで寝て過ごした。

 

 「お前が世界最高クラスの回復術師であることは、俺も皆も熟知している。しかし……そんなお前でも、この病を完全に治すことは……恐らく………」


 これから藤原は「回復」でダンクら亜人族が罹っている不治の病を治そうとしている。彼女の「回復」は一般で知られている治癒魔法とは異なり、「回帰」……「巻き戻す」という能力だ。

 刃物で刺された場合、普通の治癒魔法は傷口を塞いで治すだけに終わる。対して藤原の「回復」は、傷を塞ぐに加え失った血液をも元に戻すことができる。その力は消耗した体力や魔力をある程度元に戻すこともできる。毒や火傷、凍傷などといった状態異常も余裕で治せる。

 こんな回復魔法を使えるのはこの世界のどこへ行ってもこの藤原美羽しかいないのだそうだ。

 そんな藤原が「治す」と言ったにもかかわらず、ダンクの顔は暗いものだった。

 

 「これまで病気を治療したことはあるのか?」

 「………実は、これが初めてになるの。正直、私自身も緊張してるわ…」


 藤原は汗を少し滲ませ、やや震えた声で答える。


 「治療するあんたがそんなじゃ、患者のこいつらは不安でいっぱいになるんじゃねーか?ここはドンと行かねーと、だろ?」


 そう言って藤原の背をバシ…と叩く。藤原は驚いた顔で俺を見る。少ししてからあははと笑い出した。


 「びっくりしちゃった。甲斐田君がそうやって檄を飛ばしてくれるなんて。ふふ、何だかすごく新鮮…ふふふ」

 「何だよ、今度は笑いまくっちゃって。まあいいや、とりあえずあんたの全力をぶつけてやれよ」

 「うん、ありがとう。やれるだけやってみる!」


 そう言って亜人族のところへ向かう。


 「それでも、私に治療をさせて下さい。必ず完治させるとは言い切れませんが………今やれるだけのことをしてあげたいんです!」


 ダンクたちはしばらく顔を見合わせてから、頷き合って分かったと応える。


 「フジワラミワ。お前には多大な恩がある。そのお前がやりたいと言ってくれたのだ。ならばその通りにさせよう。いや…どうか、この不治の病を治してほしい」

 「はい!お任せください!」


 そう答えると藤原は手に魔力を込め始める。明るく、温かな魔力が手の中に集まっていくのが分かる。攻撃する為の魔力ではない、人を治す為、癒す為、救う為の魔力だ。


 「綺麗な、魔力………」


 ルマンドが小さくそう呟く。アレンもセンもスーロンも同じような反応をしている。確かに、これまで見てきた奴には無かったものだ。邪念も無い、殺意も無い、戦う意志も無い……そういうものが一切無い、純粋で優しい魔力だ。


 (俺には一生出せないだろうなぁ、あんなのは)


 何でもできるチートゾンビだと自負しているけど、たった今…できないことが一つ見つかったのだった。

 そのできないことをやってのけようとしている藤原は、気を満ちたと言わんばかりに、光輝いた両手をダンクたちに突き出した。


 “回復ヒール


 そう唱えた直後、まばゆい光がダンクたちを包んだ。

 ――― 

 ――――

 ―――――


 沈黙が十秒程続き、光が止んだ。ダンクは無言のまま服をめくって自身の体を確認する。彼の体には………


 「………っ」


 赤黒い斑点が依然として残っていた。


 「そん、な……っ」

 

 ダンクの体を見た藤原は愕然とする。他の亜人たちの体も確認するが、斑点が消えた亜人は一人もいなかった。


 「っ、もう一度――」


 そう言ってもう一度「回復」を発動するが、彼らについている斑点は消えない。また発動するも結果は同じ。


 「まだ、諦めない―――」


 さらには「限定強化」まで発動してさらに「回復」を施しにかかる。より強い光とともに人を治す波動が亜人たちを包む。

 しかし、彼らの体は変わらずだった。せいぜい細胞と肉体が活性化して、最良のパフォーマンスを発揮できる状態になったくらいか。


 「はぁ、はぁ………」


 藤原は息を乱してその場でへたり込み、「回復」を止めたのだった。


 「………失敗に終わったか」


 ダンクたちはさほど落胆した様子ではなかった。全員この病が回復魔法でもどうにもならないことだと悟っている。たとえ藤原の腕を以てしても。


 「………ごめんなさい。治してみせると言っておきながら、全く実現出来ずに…」

 

 「限定強化」の疲労でしんどそうにしながらもダンクたちに謝罪する藤原に、ダンクは首を横に振る。


 「気に病むな。この病はそれだけ強いものだっただけのこと。もはや、誰にも治せぬ――」

 「いいえ!絶対治してみせます!!」


 藤原は大声できっぱりと宣言した。彼女の気迫にダンクたちは思わず唖然とする。


 「今は駄目でも、残り半年のうちに必ずその病を完治させるよう、“回復”の質を高めますから!必ず!!」


 ダンクは藤原の目をジッと見つめる。その言葉が嘘でないこと、強い意思が込められていることを確認したのか、短く笑って礼を言った。


 「また、こんなところまで来てくれるというなら、半年間どうにか生き延びてみせよう」


 ……………ん?


 「え、あんたらってもうこんな危険地帯から出て行こうとはしねーのか?」


 予想外のセリフを聞いて思わず尋ねる。藤原も同じ意見らしくびっくりした顔をする。


 「さすがに危険地帯の真ん中に里をつくるのはもう避ける。この地帯と安全な地帯の境目に里を新たにつくるつもりだ」

 「パルケ王国に帰らないのですか?感染拡大の恐れは無いのですよね?それに数か月後には病で体が動かなくなるでしょうから、国に帰った方が良いはずです!」

 「………さっきも言ったが、俺たちはディウルと彼を支持する国王派の者たちと壮絶な仲違いをしてしまった。

 故に、その……正直、会わせる顔がないというか」


 ダンクは言葉をどもらせて顔をそむける。他の亜人たちもダンクと同じ気持ちなのか、同じようなリアクションをしている。ダンクの意外な反応を見たみんなは物珍しそうに彼を見た。


 「ですが、こんな危険過ぎるところでまだ生活しようとするのは見過ごせないです。何よりも……ディウル国王は、あなたの身を案じていましたよ!」

 「―――――」


 藤原の一言を聞いたダンクは少し動揺する。思いの外効いたようだ。が、それでも帰らないという意思は覆らないみたいだ。


 「甲斐田君、どうすれば良いかな?」


 藤原が困った顔で俺に振る。


 「しっかりしてくれよ、先生だろ?年下の俺に振ってくれるな」

 「そうだけど…いえ、甲斐田君ってこういう場面の解決策思いつくのが得意な子だわ!一緒に旅して確信してるわ。まだ日は浅いけど」

 「こういう場面って……。けど、まあ……」


 何も思いつかないことはない。一つ、案が浮かんだ。


 「なら、人族の大国・ハーベスタン王国に移り住むってのはどうだ?」


 俺の提案にダンクたち全員が俺に注目する。


 「あんたらは知らないだろうからまずは知らせから―――最近あの国にモンストールが100数体襲撃するという事件が発生した。規模は今回以上だった。魔人族はいなかったけどな。俺たちがそ偶然その国にいたから壊滅は免れたものの、それでも被害の爪痕は大きなものだった。多くの兵や冒険者を失ってしまい国の戦力が大幅に下がってしまっている」

 「そんな出来事が…。しかし、それが何だというのだ?」

 「そこで、あんたらの番ってやつだ。災害レベルの敵とも互角もしくはそれ以上に戦えるあんたらが来てくれれば、ハーベスタンの戦力はある程度持ち直せると思う。どうだ?今度はあの国を守ることと、その身を療養するっていう目的であの国へ移住するのは良い案だと思わねーか?ハーベスタンの人間たちとは一応友好関係なんだろ?」

 「む………」


 ダンクは黙考する。悪くない反応だ。もう少し詰めてみるか。


 「こんなところで生活を続けてたら、早死にするぞきっと。余命が短いとは言え、藤原の言う通りここから出て行った方が良いと思うぜ」

 「む、う…」

 「それに、俺たちがいる以上あんたらが半年後に死ぬことは限らなくなってるんだよなー。だから可能性はまだあるぜ」


 このセリフを聞いた亜人たちはどよめく。藤原も同じ反応をしている………いや、あんたは堂々としてろよ。


 「あとはそうだな………あれだ、万全な状態になれてれば、いずれくるだろうディウルたちの危機に颯爽と駆けつけて敵を返り討ちにしまくることもできる。あいつらにはあんたらが最強ヒーローに見えることだろう。最高にカッコいいシチュエーションをつくれるぜ!どうよ!?」

 

 バトル漫画のノリの提案をして笑ってみせる。アレンも藤原も楽しそうに笑う。


 「最後のは、よく分からないのだが……ハーベスタン王国か…」


 ダンクはやや戸惑いを見せた顔で思案を続ける。そこに藤原が俺の提案に乗っかる。


 「甲斐田君の提案に賛成です。ディウル国王たちのことを大切に想っていらっしゃるのなら、彼らの傍で護ってあげるべきだと、私はそう思います。

 それに、私だったら……自分の知らないところでその人がずっと身を削って戦っていたことを知るのは、辛いです。たとえ護る為だったとしても。その人が家族もしくはそれに近い人だったらなおさらです!」


 藤原の説得にダンクたちは揺らぎ始めている。


 「ハーベスタン王国の、為なら…」

 「それなら、良いかもしれない」

 「パルケ王国にも近いし、有事の際はすぐに」


 亜人たちの反応は良さそうだ。部下たちの肯定的な姿勢を見たダンクはやや困り顔だ。

 

 「部下たちの反応も悪くねーようだし、良い環境で体を休めるメリットもある。良いことづくめだぜ」

 「………」

 「いいから行こうぜ、一緒に。考えるのはそれからでも良いはずだろ?」

 「………うむ、分かった。ここを出て、ハーベスタン王国に移るとしよう」


 こうして、排斥派の亜人族は俺たちとともにハーベスタン王国に帰ることとなった。


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