118話「私の家に来てください、是非!」


 昨日の大規模な迎撃戦のお陰か、帰り道はモンストールとの遭遇は少なかった。皆楽に進むことができ、予定よりも早くパルケ王国の国境へとたどり着いた。


 「懐かしいな…。こうして国をまたこの目で見られる日がくるとは」


 ダンクたちはここからでも微かに見える王宮のてっぺんを感慨深げに見つめている。中には涙ぐむ者もいた。


 「本当に行かなくて良いのですか?私たちはこれから、国で待たせている仲間と合流しに入国しますから、一緒に行きませんか?それに時間のことは全然気にしなくて大丈夫ですよ」

 「………いや。俺はここからでも十分だ。皆はどうする?帰国したい者がいても止めはしない。家族を持っていた者数名いるはずだ」


 藤原の申し出を断ったダンクも部下にそう尋ねるが門へ向かおうとする者は一人もいなかった。

 なのでダンクたちをこの場で待たせて俺と藤原とアレンでパルケ王国に入国する。

 出会った衛兵が偶然にも以前の話し合いに出席していた戦士だったので彼の案内のもと、待たせている仲間…カミラのところへ案内してもらう。

 山積みの本がいくつも載っている机で分厚い本を読んでいたカミラを訪ねると、彼女は俺の顔を見ると嬉しそうな顔で駆けよってきた。


 「お待ちしてましたよ、私の弟くん」

 「誰が弟だ。何だ私の弟って」

 「あははっ、冗談です。二人ともご無事のようで何よりです。他の鬼たちも大丈夫でしたか?」

 「ん。みんな強くなって戻ってきてるよ。厳しい戦いだったけどみんな無事」

 「カミラさん、今までずっとこの本を…?」


 再会の挨拶とお互いの近況報告を手短に済ませる。カミラは俺たちと別れてから今までの間、大半はこの部屋で本を読んで過ごしていたようだ。たまに国王のディウルと軍事や同盟関係のことで会談もしたらしい。


 「魔人族と遭遇したのですか。あの魔族らの行動が徐々に活発になっているのだとしたら、もう世界は滅亡の危機に瀕していると思っていいかもしれませんね……」


 俺たちの報告を聞いたカミラは、考え得る最悪のシナリオを口に出す。


 「まあそういう話はハーベスタンに戻ってからまた続けよう。実はこれから排斥派の亜人たちを――」


 カミラにダンクたちをハーベスタンに滞在させる云々を話すと、彼女は肯定的に捉えてくれた。


 「良いことだと思います。今のハーベスタンは人族大国の中でいちばん戦力低下に悩まされていますから。そこに災害レベルの敵と真正面から打ち合えるような戦士が数人来てくれるのは、国王様たちにとって非常に得することだと思います。コウガ、ありがとうございます!」


 上機嫌に俺を褒めるカミラを見て、この案は上手くいきそうだと確信する。


 「良いのかな?ディウル国王の方々に挨拶しに行かなくて」

 「彼らのとこ行けばダンクたちのこと絶対聞かれるだろうから、まぁ誤魔化すのが面倒というか。だから黙って出て行こう。彼らには悪いけど」


 というわけで、カミラが机に置手紙を残すのを待ってから、四人で国を出てみんなと合流する。


 「あんたらもまた帰れたら良いな」

 「その日が、いずれ来れば良いな」

 「きっと実現させてみます!私が皆さんを治してあげますから!」


 そう言葉を交わし合いながらパルケ王国を発った。俺は……もうここに来ることは無いかな。

 


 後半の道中では主に魔物が現れ、それらを難無く討伐しながら進んだ。危険地帯からの移動を始めてから約二日かけて、ようやくハーベスタン王国へと帰り着いた。

 まずは国王への謁見をしに行くべく、衛兵に事情をカミラが話して、ちゃっちゃと進めていく。すんなりと話が通り王宮に入り謁見部屋に通してもらい、国王と話をすることになった。


 「―――ということで、この亜人族の皆さんをこの国に住まわせてほしいのです。彼らを蝕んでいる病は人に感染しませんのでご安心を。パルケ王国へ帰国しない事情は今話した通りなので、彼らの気持ちを汲んでいただきたく――― さらには彼らの力はこの国の戦力を大いに引き上げてくれるという――― そしてこの要請は、フジワラミワさんと、カイダコウガさんたってのことでもあるので、どうかご了承を!」


 カミラがこれまでのことを終始説明して、ダンクたちのこの国での滞在の許可を求める。国王……ニッズ・ハーベスタンは俺と藤原の顔を見るとそうかと頷き、よしと言って判決を下す。


 「そのお二方が求めているなら。さらには遁身とんみ(国を抜け出して籍を持たぬ者のこと)の者とはいえ、友好国の重鎮だったダンク殿がこの国に籍をおいてくれるのは、今のハーベスタンにとって大きな助けにもなる。

 断る理由など皆無!是非も無い!どうかこの国を我が国のように思って住まれよ!」


 ニッズは快諾し、席を立ってダンクと握手を交わす。人族と亜人族の友好的な姿勢を見た国の要人たちと亜人たちは、喜びの拍手を送った。


 「この恩は、ここに侵攻しにくる敵を討つことで返してみせよう」

 「頼もしい限りだ。しかし聞くところによるとそなたらは不治の病を持っているのだろう?無理はしないでくれ」


 ダンクと一言二言言葉を交わしてから席に戻ったニッズは、俺たちに目を向ける。


 「ところで……この大陸の危険地帯にて、魔人族と遭遇したと聞いたが……」


 ニッズは少々引きつった顔でそう尋ねる。


 「俺からしたらホントに口ほどでもなかった奴だったけど、それでもこの国を滅ぼす力は十分にあったと思う。ここにいる誰も、奴に敵わなかっただろーな。もちろん俺を除いてだけど」

 「そう、殿か……。してカイダコウガ殿、フジワラ殿、鬼族の者たちよ。そなたらも亜人族と同じく、この国に籍を入れてくれぬだろうか」

 「へぇ?」


 唐突な申し出に意外だなと思う。


 「この国は初めから人族大国の中でいちばん戦力が低い。数日前の襲撃でさらに低下してしまった。怖いのだ。ダンク殿らが来てくれたとなっても恐怖は拭い切れない。ましてやそなたらが口にした魔人族。世界を滅亡させ得る化け物たちがこの先現れるのだとするなら……。そこでカイダコウガ殿。魔人族を討ったというそなたの力が、必要だ!」


 つらつらと言葉を発して最後は俺たちにここに住んでほしいと懇願する。確かにこの国は俺一人に兵士団が半壊させられる程度のレベル(まあ他の国も同じように壊滅できるけど)だしな。強いダンクたちだけじゃあ魔人族には勝てない。まあそんな事態が半年間のうちに起こるとは思えないけど。

 とはいえ今の俺たちには住み続ける家が無いのも事実。こうして国王が直々にここに住まわせてあげるって言ってるし、悪い案ではないのかも。


 「私としても、コウガたちがここに住んでくれることは大歓迎ですし、そうして欲しいと考えてもいます」


 カミラが目を輝かせて小声でそう言ってくる。是非うちで暮らしてくださいと顔が語っている。

 今の俺たちのパーティは鬼族が8人と大所帯になってきてるしな。どこか安定した居住地がそろそろほしいなと考えてもいたし。ただ……


 「……………」


 藤原がやや困り顔になっていたのを俺は見逃さなかった。彼女がなぜ微妙は反応をしていたのか、理由は何となく察する。

 サント王国のことだろう。あそこには亡命したミーシャ元王女と、元クラスメイトが何人かいる。藤原としてはそろそろ生徒たちと会いたいという心情だろう。


 「……返事は少し待ってほしい。パーティで少し話し合う時間が欲しい。次の謁見でまた話すってことで」

 「分かった。では部屋を用意……いや、家を与える方が良いか」


 こうしてニッズ国王への返事を保留したまま謁見が終わり、ダンクたちには亜人全員が暮らせる屋敷が与えられ、俺たちは家ではなく王宮内の部屋は用意させてもらった。まだ暮らすとは言ってないから家は要らないと言った。


 「もしこの国で暮らすなら、私の家に来てくださいね!是非!」

 「わ、分かったよ」


 カミラがあまりに迫りくるものだから少しどもった。そんなにうちに来てほしいのか。


 「すっかり気に入られてるね。君のこと弟くんだって思ってるみたい」

 「はぁ、姉弟プレイはお断りだっての」

 「プ…!?先生はそういう遊びは許しませんからね!」

 「何言ってんだあんたは……」


 すっかり夜になったことと、みんなくたくたになっていたことで、それぞれ休息をとった。その翌日にはダンクの屋敷にて、旅のパーティと亜人たちでの食事会を開いて親睦を深めた。

 かつて対立していた鬼族と亜人族が共に飲み食いしている光景を、カミラはどこか感慨深げに見ていた。



 それから三日後、俺の通信端末に連絡が入った。

 その相手は―――

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