106話「あり得たかもしれない道」


 「かなり冷や冷やさせられた話し合いだったわ。甲斐田君、アレンちゃんたちがもし亜人族たちと戦うことになったら、君はどうするの?止めようとは思わないの?」


 王宮の外へ出る途中で藤原がそう問いかけてくる。


 「………俺は今回はアレンの意思に従うことにする。手を組んだ最初の頃も言ったからな、協力するって。彼女が戦いを選び復讐するって言うなら俺は邪魔するつもりはない。止めるならあんた一人でやってくれ」

 「そんな……!甲斐田君は良いの?鬼族みんなが復讐なんて意味の無いことをしようとしても」

 「意味の無い、か」

 

 俺は立ち止まって藤原と向き合う。


 「あんたに少し話をしてやろう」

 

 真剣な声が出たからか、藤原も俺の顔をまっすぐ見つめる。


 「もう一か月くらい前になるのか……あの日、実戦訓練の日。地底に落とされて死ぬまでの時とと死んで復活した直後の俺は……あんたらクラスの連中とドラグニアの王族どもに復讐しようと、殺してやるって考えたことがあったんだ」

 「そう、だったの…?」


 藤原はショックを受け、緊張した様子で息を吞んだ。


 「ああ。俺だけが理不尽な目に遭ったことに激しい怒りを覚えて、全員を恨んで憎んで、地底から脱出して戻ってきたらみんな殺しに行こう、復讐しようって思ったことがあった。

 けど、旅してる過程でそんな気持ちはいつの間にか消えていた。心変わりってやつかもしれないが、それよりも無関心って気持ちがはたらいたってのが正しいのかもな。嫌いとか憎いとかの感情も最後には無関心や拒絶に行きつくってやつ。俺はその境地にいってしまったんだと思う」

 「甲斐田君……」


 藤原は少し悲しそうな顔をする。

 これは…実際考えていたことだった。俺を蔑み虐げ嗤い見捨てた元クラスメイトどもと俺に理不尽を強いた王族どもに復讐する……という道。

 「あり得たかもしれない道」

 俺があいつらをぶっ殺して復讐を達成した悦に浸って嗤う道が、俺にはあったかもしれない。

 気の持ちようによっては、今の俺はそうしてそうなっていたかもしれない。結果的に現在は元クラスメイトのほとんどと王族は殺されてしまったが、それをモンストールや魔人族がやるのではなく俺がやっていた可能性だってあったんだ。

 そんな「あり得たかもしれないこと」を、俺は時たま考えることがあった。


 「………私のことは、今も無関心でいるのかな……」


 藤原が不安そうな顔で問いかける。


 「………たぶん、完全な無関心ではないと思う。アレンたちほどの仲間意識はないけど。まあ一緒に旅している元副担任の先生だっていう認識くらいはあるかな」 

 「そう…!ならまだ可能性はあると思って良いのね!」

 「何の?」

 「ふふっ内緒」


 最後はよく分からない締め方をして藤原は機嫌良くしながらアレンたちに追いつきに行った。ホントに何考えてんだか。



                *


 王宮を出てからこれからの行動予定を決めることに。


 「カミラは、この国で待っていてくれないか?あるいはハーベスタンに一旦戻ってもらうってのもあるけど」

 「………それが良いかもしれませんね。これから先は私がお役に立つことはありませんでしょうから。私はこの国に滞在しておきます。コウガ、アレン、ミワ、セン、ガーデル、ギルス、ルマンド。道中…特にモンストールの住処を横断する時は十分にお気をつけて」


 カミラは俺の提案を承諾して、この国で滞在することで俺たちの帰りを待つことを受け入れた。

 こうしてカミラを除いたパーティで、ダンクとやら鬼族の排斥派がいる拠点へ行くことになった。



 全員分の旅支度を終えてからパルケ王国を出て東へ進む。2~3時間程進とモンストール特有の瘴気が辺りに漂ってきたことに気付く。


 「ここからはモンストールの住処らしいな。全員戦闘の準備を」

 

 さらに進むと目の前にモンストールがいくつも出現する。下位レベルから上位レベルがいて、稀にGランクも現れた。

 俺たちは一時間くらいかけて戦闘しながらモンストールの住処を横断して渡った。敵の数は百はあったと思う。

 モンストールの住処を抜けきったところで夜になったので一旦野営を張って休む。

 そして翌日、日が真上に上りきる前の時間でようやく「その地」を見つけた。


 「この土地……誰かが開拓したあとがあるわ!」


 藤原が土地を見てそう言う。彼女の言う通り、明らかに人為的に拓いた土地が辺りに続いている。この辺りにはモンストールが全くいないことから、この辺に排斥派の拠点地があることを確信する。


 「ここをたどって行けば、仲間たちがいる……!」

 「そうだね、もう近いよ!」

 「行こう、目的地へ!」


 アレンたちはこぞって足を速めて開拓された跡の道をすすんでいく。俺と藤原もペースを上げて後に続く。それから十数分経ってからようやく人がいそうなところにたどり着いた。見た感じ集落がいくつもある里っぽい拠点地だ。

 ここが、亜人族の鬼族排斥派の拠点地ということになる。アレンたちは頷き合って里の中へ入ろうとする。が、その時――


 「誰だ、貴様ら!?」


 突如、地中から音もなく飛び出してきた亜人の男に槍を突きつけられる。隠密系の技能で見張りをしていたようだな。まさか下から見張っていたとは。


 「……排斥派の人たちで、間違いない?」

 「何故それを知って………き、貴様らは鬼族!?生き残りがまだいたのか!?」


 よくみるとドワーフを思わせる見た目をした亜人はアレンたちをはっきり視認すると目を見開いて驚愕する。


 「私たちは鬼族の生き残りがここにいるって亜人族の国王から聞いてここまで来た。ダンクって人がそのことに詳しいってことも聞いてる。ダンクはどこ?案内して」


 アレンはを突き付けられながらも全く怯まずに見張りの亜人に強気のまま案内を強いる。センたちも見張りの亜人を睨んで威圧する。

 するとアレンたちの周囲からさらに数人の亜人が飛び出して武器を突き付けてくる。見張りはここには数人いたらしい。


 「何しにここに来た、鬼族ども」

 「私たちの仲間たちと再会する為に。お前たち亜人族たちから解放する為にここに来た」

 「このままやるというなら容赦しないよ。分かってるよね、あんたたちじゃ私たちに勝てないってこと」

 「ぐ……!」


 まさに一触即発の空気。見張りたちはアレンたちの戦気を感じ取ったのか、すっかり萎縮しきっている。


 「待ってアレンちゃんたち!こんなところで争う必要はないはずよ!案内を頼めば良いだけだし、ほら収めて!」


 藤原は焦った様子でアレンたちを必死に宥めている。ちらと俺を見て一緒に宥めてくれと目で言ってきたので俺も今回は藤原に加担する。


 「藤原の言う通りにしようぜ?今はここにいるであろう鬼族たちのことが先だ。戦うのは………ダンクとやらの返答次第ってことでいいはずだ。まずはこいつらにダンクのところへ案内してもらおう。

 ってことでテメーら、俺たちは暴れたりしないからダンクのところへ連れてってくれねーか?」


 俺に説かれたアレンたちは仕方ないといった様子で戦闘態勢を解いてくれる。それらを見た見張りの亜人どもはしばらく難しい顔をして考えていたが、分かったと言って俺たちを連行しながら案内をしてくれる。

 里の中へ入って様相を眺め見てみる。当然だがパルケ王国と比べて随分すたれている。この様子じゃ娯楽施設なんかも無さそうだな。こんなところで生活して楽しいのか?俺だったら絶対嫌だね、ここに住むのは。

 やがて煉瓦造りの大きな家っぽいところで見張りたちは止まる。先頭の男がその場で手を振り上げる。

 直後、俺たちを囲むように亜人どもが武器を構えて現れた。待ち伏せ好きだなテメーら。

 そして煉瓦家から厳つい体型のオッサンが出てくる。たいそう防御力高そうな鎧を纏った歴戦の勇者みたいな格好だ。背には大剣を担いでいる。そいつが発しているオーラで大体察した。こいつがこの里の、排斥派のトップみたいだ。


 「お前が、ダンク?」

 「ああ、そうだ」




                   *


 場所は変わって、魔人族本拠地――


 「そういえば、俺以外にも同胞を何人か地上に寄越していたんだっけ。誰だったかな?」


 療養槽の中でザイートは正面にあるモニターに向かって問いかける。


 「目的は地上にいる魔物たちの懐柔と屍族化による戦力の増強化、でしたね。そしてその命令を言い渡されて地上へ出て行ったのが、ウィンダムとミノウです。

 前者がベーサ大陸で、後者がオリバー大陸でそれぞれ役目を果たしているところでしょう」


 モニター越しにいる魔人はそう答える。


 「おおそうだったな。分裂体の俺と一緒にドラグニア王国へ向かったランダはしくじったが、あの二人は上手くやれてるといいな?進捗はどうだ?」

 「それが……ミノウに命じておいたハーベスタン王国崩しは失敗に終わったそうです。これからミノウ本人が侵攻するとのことです」

 「ちっ…。またカイダコウガあたりが邪魔したのか…。まあいい、役目を果たせと言っておけ」

 「はい」


 通話を終了させてザイートは眠りについた。









 オリバー大陸の名も無き土地――


 「まさか、百数十もの奴らを投入したのに、ハーベスタンとかいう国を滅ぼせられなかったとはな。やっぱり屍族だけじゃ大国を消すのは無理かぁ。仕方ない………俺自身が出ようか――」


 その魔人族は、GランクとSランクの屍族モンストールを連れて、自ら侵攻することを決めたのだった――


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