5話「不遇」


 訓練場で俺のステータスを屈辱的に晒され、ハズレ者呼ばわりされた日から早1週間。


 「ぜぇ...ぜぇ...」


 あれから俺は、毎日一人で訓練に明け暮れた。暇しているブラットや兵士を見つけては、模擬戦闘や、訓練の指導を頼んだりもした。だが、ハズレ者の俺の伸びしろに期待していない奴らは 有望株の大西や高園の指導ばかりで、全く相手にされなかった。なので、部活の時みたいに、自分で訓練内容を考え、実践しまくった。その成果は、



カイダ コウガ 17才 人族 レベル7

職業 片手剣士

体力 30

攻撃 40

防御 30

魔力 25

魔防 25

速さ 40

固有技能 全言語翻訳可能



 俺のステータスだけだと成長したのかどうか分からないだろうなー。癪だが、レアステータスのあいつらと比較するか。クラス全員の成長過程は毎日報告する義務があるから、お互いに成長の具合が知ることができる。で、比較した結果...



タカゾノ ヨリカ 18才 人族 レベル5

職業 狙撃手

体力 150

攻撃 150

防御 150

魔力 150

魔防 150

速さ 150

固有技能 全言語翻訳可能 感知 鷹の眼 隠密 スナイパー




オオニシ ユウスケ 18才 人族 レベル3

職業 両手剣士

体力 130

攻撃 150

防御 150

魔力 110

魔防 120

速さ 130

固有技能全言語翻訳可能 剛剣術 加速 堅牢 



 おわかりいただけただろうか。この格差。初期ステータスだけではなく、伸びしろまで大きな差があったのだ。大西に至っては、俺よりレベル低いくせに、能力値の成長率がおかしい。理不尽過ぎる。碌に訓練してねーくせに。


 事実、大西をはじめ男子の半分近くはブラットが組んだメニュー以外での訓練はサボって、王宮内のメイドにナンパしていた。異世界に来て、しかも自分には凄い力があると知り、完全に浮かれてやがる。こっちは必死に努力を積んでも大して伸ばせないというのに。女子も似たようなもので、俺みたいに毎日自主訓練をやっているのは、高園と藤原先生くらいだ。


 その藤原先生だが、彼女のステータスもまた、凄まじいものだ。



フジワラ ミワ 23才 人族 レベル5

職業 回復術師

体力90

攻撃75

防御80

魔力200

魔防200

速さ80

固有技能 全言語翻訳可能 回復 薬物耐性 全属性耐性



 回復術師は非戦闘系の職業だが、戦時において回復魔法に特化した戦士がいるとかなり重宝される。まして恩恵を授かった人間で魔力関連が桁違いときた。その気になれば、強力な攻撃魔法だって使える。攻防ともに優れた戦士になれるだろう。流石は先生といったところだな、ちくしょう。


 そんなわけで、レベルの割に全く能力が伸びない俺をますます蔑む風潮が強まり、元いた世界の時よりも疎外感を感じ、クラスに居場所が無い気持ちになっている。ここ数日、惨めな思いをしてばかりで軽く鬱になりつつある。


 さらに嫌なことに、今日はクラス内での合同訓練で、王宮でいちばん広い訓練場に俺たちはいる。戦闘スタイルが全く異なる者との連携訓練が目的のようで、剣士と魔法使い、拳闘士と銃士などといった組み合わせで行うらしい。

 どうしたものか、と思案する俺の下に近づく3~4人組が。悪意を感じる視線の主を見れば、やっぱりというか、そうだろうなというか。大西らがキモいにやけ顔を浮かべている。

 2日目の合同訓練で、こいつらは俺にちょっかいをかけてきて、模擬戦の相手をしてやると言って、俺を囲んで、模擬戦と称したリンチをしかけたのだ。質の悪いことに、藤原先生が見ていない範囲で。ブラットはというと、俺のことはまるでいない者扱いで、俺がボコられようが気にしない態度でいたのだ。抵抗しようにも、能力に差がありすぎて、一方的にやられてしまう。


 そして、2回目の合同訓練も、このクズ集団は俺をいたぶるべく無理やり模擬戦に誘い込む。


 「感謝しろよな、格上の俺たちがハズレ者のお前を強くするために相手してやるんだからよぉ」

 「そうそう。レベル俺らより上なんだろ?前回よりはマシな戦闘になるよな?」

 「あはは、おもしろーい!今日はあたしも混ざろっかなー」


 と口々に言うが、実際気に食わないこの俺をサンドバッグに見立ててリンチする気がだだ洩れだ。


 「訓練内容聞いてなかったのか、低能ども。近接系と遠距離系とで組むんだろが。他を当たれよ。あと、俺の前でそのキモいにやけ顔をするな。よけい気分悪くなる」


 不快気に大西たちに吐き捨てる。すると額に青筋浮かべた大西が俺の胸倉をつかむ。筋力差があるため振り払えない。


 「自分の立場がまだわかってねーのかよ!?雑魚ステの分際でよぉ!お前のそういうところが気に食わねーんだよ!!」


 顔面に衝撃が。胸倉を放した直後、拳を頬に叩き込まれる。殴られると分かって咄嗟に同じ方向へ首を動かし衝撃を和らげてもほとんど効果無し。思い切り吹っ飛ばされる。その様子を周りは面白がって見ているだけだ。倒れた俺に大西はボールみたいに蹴ってくる。

 一緒にいる山本と片上も便乗して蹴りにきた。他に、女子の安藤久美あんどうくみも魔法を撃って面白がってる。もうこいつらに模擬戦とか頭に無く、完全に痛めつけることしか考えていない。

 その後しばらく俺をボコる時間が続く。途中何人か加わり、面白がって暴行する。


 (いてぇ…!クソ、雑魚ステのせいでこんな奴らの思うがままだ。何で俺だけがこんなに弱いんだ……っ)


 またも碌に反撃できないままの状態でいると、駆け足でこちらに向かってくる音が。


 「何やっているの!?あなたたち!」


 藤原先生が血相を変えて俺を庇う様に大西たちの前に立ち塞がる。


 「大西君!みんな!どうして甲斐田君を!?甲斐田君、意識はある!?」


 先生が俺のところに駆け寄り、なんと、俺を背負い込んだ。俺の方が重いはずだが、ここではクラス全員にとって人一人背負って歩くのは苦じゃないのか。

 先生の剣幕に大西たちが怯み、後ずさる。


 「あー...えーと。み、みんな!訓練に戻ろうぜ!」

 大西は周りに聞こえるくらい叫ぶと、誤魔化しながらその場を離れる。

 後も続き、俺の周りには誰も...いや、一人いた...高園だ。彼女は悲痛な表情をしながら俺を見ている。


 「酷い、魔法攻撃までくらわせて...。『回復ヒール』」

 と、先生は固有技能の回復魔法を唱えて、身体についた傷を次々消していく。同時に、体力も元に戻っていくのも感じられる。


 「凄い、あっという間に傷が癒えていく…!」

 「ううん、この回復魔法は、癒すじゃなくて、“戻す”が正しいかな?」


 高園の感心がこもった呟きに先生は答える。先生が有する回復魔法は、一般の治癒魔法とは大きく異なる。「回帰」という意味の再生魔法らしい。

 腹を刃物で刺された場合、治癒魔法は傷口を塞ぐことはできるが、刺されて失った血は戻すことができない。回復魔法は、身体を刺される前の状態に時間を巻き戻すような魔法である。

 これだけのチート級の魔法は世界に数十人しかいないらしく、レア中のレアである。

 しばらくして身体が、大西たちにやられる前…傷一つ無い状態に戻った。


 「...ありがとうございます、先生。もう痛いところはありません」


 だが、俺の心はちっとも晴れない。あんなクズどもに一方的に痛めつけられたという屈辱が俺を苛む。


 「...甲斐田君。またみんなの反感を買ったの?元の世界みたいな態度だと、ここではさっきみたいに酷いことになるわよ。ましてや、あなたはその...ステータスが私たちと違って―

 「何?また俺が悪いっていうのか?あのクズどもが一方的に絡んできて、少し言い返したら、リンチされた。明らかにあいつらが悪だと思うけど?」

 「でも、彼らを怒らせることを言ったのは事実なんでしょ?だから、そういった言動を慎めば、もう少し穏便に事態を解決できたと思うんだけど...。」

 「テメーはまた奴らの肩を持つのかよ。俺がハズレ者とやらだからか?どうせテメーも内心では見下してるんだろ?協調性がなく、お前らを見下しているような態度をとっていた俺がこんな惨めな目に遭って、無様に思ってるんだろ?」

 「ち、ちが...私はただ、孤立して敵を作る態度でいるのは止めた方がいいって言ってるだけ、見下してなんか...!」

 「止めてくんない?そうやって俺が悪いって指摘するの、不快なんだよね。俺から仕掛けたわけでもないのにそうやって俺ばかりに非があるって言いやがって」


 俺はこの女も大西たち程じゃないが、良くは思っていない。協調性がない俺をよく窘めにきて、クラスの輪に入れようとしてくる。良く言えばお節介、悪く言えば良かれと勘違いしている女、だ。俺は望んで独りになっているというのに、こいつは―――


 (そんなの、いつか淋しい人間になってしまうよ?)


 などと、ボッチスクールライフを否定しやがった。好きでボッチになることをどうして注意されにゃあならんのか。所詮、この女も大西たちクズどもと同じなんだろうな...。


 俺と高園との言い合いを黙って見ていた藤原先生がここで割って入り、


 「はい、そこまで!甲斐田君、体は大丈夫そうね。でも、高園さんのこと悪く思わないで。高園さんは、君のこと心配しているだけ、言葉にして伝えるのが上手くいかなかっただけなの、分かってあげて?高園さんも、そうなんでしょ?」


 と、やんわりと悪意が一切無い笑顔で俺を窘め、高園にも彼女が思っていることを当てにくる。高園は赤面しながら俯いたのち頷く。だが、気が晴れない俺は、ここにいるのも苦痛に思い、立ち上がり、この広場を後にしようとする。


 「か、甲斐田君?」


 遠慮がちに声をかける高園に振り返ることなく、


「外で一人訓練しに行く。“クラスメイト”をリンチする奴らなんかと組みたくねーよ。碌に努力してねー奴らに劣りたくねーしな。一人ででも強くなってやる。あ、テメーとも組まねーから」


 そう言って訓練場を後にしようとする俺の袖を摘まんで止める人物が。


 「...先生、何か?」

 「なら、私と組まない?さっきみたいに甲斐田君に乱暴するクラスメイトから守ってあげられるし!それに、私も高園さんと同じ、君は危なっかしくて心配に思ってるし。」

 

さらっと俺を守るとか、プライド折るような言葉をかけ、またも高園を引き合いに出してきてるし...。これって断ってもついてくるんだろなぁ...。


 「ご勝手に、どうぞ」

 「もう。お願いします、でしょ?」


 と悪戯が成功したのを喜ぶかのような笑顔を浮かべながら俺の後をついてくる。

 そんな俺たちの背を、高園は一緒に行きたそうな表情でただ見つめているだけだった。



                 *


 あの後、2時間くらい訓練をして、一息ついて補給タイムをとっていると、藤原先生が俺の隣に座り、沈痛な面持ちで話しかけてきた。


 「ごめんなさい。私、クラスのことまだ色々分かってなかった。君が他の生徒たちとギクシャクしているなんて。それも暴力沙汰になるくらいに。浜田先生にも言われてたのに...。君がクラスで孤立しているから、たまに気にかけてやってくれって。君が傷つくのを止められなかった」


 さっきのリンチの光景がショックだったようだ。それにしても、浜田先生がそんなことをねぇ。もう俺のことお手上げなんだと思ってたが。いや、だからこそか。彼女に俺の問題を押し付けたようなもんか。


 「先生はうちの学校に赴任してまだ月日が浅いんだ。気にしなくていいですよ。そろそろ部屋に戻ります。訓練付き合っていただき、ありがとうございました」


 先生の謝罪に早口に返事をし、さっさと自分の部屋に戻ることに。去り際に先生がさらに声をかける。


 「甲斐田君、君は十分に強いわ。私たちの中で恵まれないステータスから始めて、とても悔しい思いしているはずなのに。でも、君は折れずに毎日とても頑張って強くなろうとしてる。その姿勢は私も尊敬するくらいに。でも、一人では限度がある。私は君の味方だから、頼ることも忘れないでね」


 俺は、振り返らず首肯して、その場を去った。








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