第3章 シ カ ト

詩織は無事に家へ逃げ帰った。仕事から帰ってきた母に帰り道での出来事を話したが反応な実にぼんやりとしていた。聞いているのかいないのか。母は相槌だけ打って夕飯の支度を始めた。無事で良かったとか、用心して偉いとか、そういう言葉はない。いまここに詩織が居て夕飯を待っているのが無事な証拠でそれで十分ということだろうか。どうでもいいんだな。詩織はそう思った。

母は算数のワークブックについてまた間違えだらけだったと言う。昨日詩織が解いた分を添削したのだろう。母はキイキイと甲高い声で罵る。まだ小学生なのにこんなに引っかかってどうすんの?積み重ねなんだよ?絶対解きなおしなさい。バンと乱暴な音がして、ワークブックが開いた状態でテーブルに置かれる。例の如く毒々しい添削の殴り書きがある。もういや。添削が汚いし、お母さんの声はうるさいし、もううんざり。生活のワークブックのほうがどれだけ楽か知らない。生活というのは家庭科の基礎のような科目である。しかし母はこんなもの解く価値がない、と言って詩織から取り上げている。辛くて当たり前の勉強。将来はきっと楽になる。親として正しいことだ。詩織はその正論が痛かった。痛みに耐えかねて泣きじゃくったこと、母の怒鳴り声に文句も言ったこともある。しかし母は子供に遠慮なんてするかよ、と馬鹿にした態度だった。詩織はそのとき、ああなんにも通じないんだと思った。テレビのニュースの音声が耳に入ってきた。詩織は不快な気分から逃れたくてそっちを見た。テレビのチャンネルはいつもニュースである。母いわく災害や事件を知らなかったら危ないからだそうだ。「今日の午後、15歳の少年が家族を包丁で刺し、重傷を負わせました。大学受験のストレスがあり、親の期待が大きくて耐えられず犯行に及んだと供述」アナウンサーが少年の供述を言い終わる前にプツッと音がして画面が消えた。母がテレビを消していた。



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