第66話:待ち

 リカルド王太子は策を仕掛けたが、直ぐに思い通りになるわけではなかった。

 他国の王侯貴族や民が動くまで待たなければいけなかった。 

 その待ち時間は精神的に辛くもあり楽しくもあった。

 他国の民を蜂起させて権力者の戦争が勃発し、民が死傷していくような策、それが実際に起こることを待つのは、リカルド王太子の理想的な心に激しい痛みを与える。

 だが待ちの時間は妻子と一緒に過ごせる時間が増える幸せな時間でもある。


 とはいえ、全てを投げ捨てて妻子との幸せに浸れるような性格でもない。

 助けた民を飢えさせないように、十分な食糧を確保しようとしてしまう。

 憶病なくらい慎重だった前世の性格と、理想を追い求める今生のリカルド王太子の性格が一致して、必死に促成食糧生産を行ってしまう。

 そんなリカルド王太子の姿を見て、古くからの側近は安心し、新たに仕えた騎士や義勇兵は崇拝し、ライラとローザは苦笑してしまう。


 初めてリカルド王太子と寝室を共にして以来、ずっと寝言を聞いているのだ。

 リカルド王太子が理想の王太子として表に出している姿と、側近達に見せている少し砕けた姿と、深層心理ともいえる本音の違いを知っているのだ。

 リカルド王太子が本来持っている弱さや汚さを、帝王学で叩きこまれた理想の王太子となるべく、必死で抑え込んでいる事をライラとローザだけが知っている。

 

「リカルド殿下、食糧生産の一部は私達にも任せてください。

 殿下の教えを守って鍛錬する事で、少しずつ魔力が増えています。

 私達も殿下の力になりたいのです、やらせてください」


 ライラが少しでもリカルド王太子の力になりたくて提案した。

 最近のリカルド王太子の寝言から、手伝う方がいいと判断したのだ。


「そうだぜ、リカルド殿下、私達の事を信じろよ。

 私とライラは毎日一緒にいなければ仲が悪くなるような関係じゃないぜ。

 子供達だってそうさ、少々離れていても幼い頃の絆は切れたりしないさ」


 ライラとローザにそう言われても、リカルド王太子にはそう簡単に今一番安全だと思える状態を変える踏ん切りがつかない。

 確かにライラとローザがそれぞれの居城にいて、魔法陣を使って穀物の促成を行ってもらった方が、大陸中の民を養うのに必要な穀物を早く確保できる。

 だが最低限の守備部隊しか残さない魔境の近くの城砦は、易々と突破されてしまい、カウリー城とダドリー城は魔王軍に包囲されてしまう。


 本来なら両城を護る王太子の徒士団はウェルズリー領に移動させることになっていて、残るのは国王直属の王国騎士団だけになる。

 今までの魔王軍が相手なら王国騎士団だけでも護りきれるのは、リカルド王太子にも理解できているのだが、つい最悪の状況を考えてしまうリカルド王太子だった。

 ライラとローザの提案を拒絶するか、兵力配置を考え直すか、新たな方法を考えるか、悩むリカルド王太子だった。

 

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