筋トレの成果ではない

 2020年4月18日、午前10時ごろ、都内在住の大学生、新鍋さん(21)が心臓や神経物質やホルモン、意志や感情などを自由自在にコントロールできるようになっていることに気が付いた。筋トレの結果だと新鍋さんは考えていたが、実際には、そうではない。超人能力付与の霊術が使用された疑いがあると見て、幽霊警察が調査を進めていた。


 2020年6月30日、午後4時ごろ、同事件で霊術を使用した疑いで、都内在住のマッサージ師の幽霊、中部友助さん(享年34、現在38)が逮捕された。中部さんは犯行内容について全面的に認め、犯行動機について次のように供述している。


「筋肉が自由に動いてくれれば、それでよかったんです。筋肉が自由に動くようになれば、マッサージはこの世から必要なくなりますから」


 中部さんによると、中部さんは生前、マッサージ店を都内で経営していた経験があり、一時期はそれで生計を立てていた。しかし、とあるマッサージチェーン店が普及するにつれて競争が激しくなり、中部さんの顧客らは安価はマッサージ店へと流れていったという。ついには倒産へと追い詰められた。


 その後、病死した中部さんだが、幽霊に転身してからは、ふたたびマッサージ師としての仕事ができるようになった。とはいえ、人間世界で勢力を拡げているマッサージのチェーン店にはいい思いがしなかった。


「わたしの人生は、彼らのせいで台無しになったんです。少しくらいは、復讐じみたことをしてもよくはありませんか?」というのが、中部さんの主張である。


 中部さんは、幽霊通信講座で霊術を独学し、超人能力付与の霊術を重点的に習得しようとした。その霊術によって、ターゲットの筋肉をターゲット自身が自由自在に動かせるようになるのを目指した。かりに、世の中の人間すべてが筋肉を自分でほぐせるようになれば、マッサージ店は需要が消え、マッサージ市場そのものが消滅するはずだった。それが中部さんの復讐であった。


 復習計画を実行するために、まずは、霊術が使えるかどうか実験をすることにした。それが、新鍋さんの件である。


「失敗でした」と中部さん。筋肉を自由自在に動かすことができればそれでよかったのであるが、実際には、それ以外の、ホルモンや意志や感情までもコントロールできるようになった。中部さんは、自分の霊術が信用できなくなり、復讐を諦めたのだという。


 真人への霊術使用は決して許されないが、もしも霊術を勉強するなら、霊術学校の社会人の部に入学するのが近道だろう。幽霊通信講座には、悪徳のものが多いとされている。

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