顔を奪う卑劣な犯行
2020年2月4日、午後7時ごろ、某有名企業で働く人間の田辺さん(49)が自分の顔が別人になっていることに気がついた。もともとはスマートな男前だったが、団子鼻の、太り気味の顔になった。当該事件は、顔の取り換え事件として幽霊警察が捜査を展開していた。
2020年10月7日、午前10時ごろ、ついに顔の取り換え事件の犯人が幽霊交番に出頭した。田辺さんの顔をした幽霊の男――秋田信夫さん(54)だ。秋田さんは以下のように供述している。
「俺は、人間としてモテたことがなかった。顔が悪かったからです。死ぬまでずっとひとりでした。会社をリストラにされたときだって、病気になってぽっくりと死んでしまったときだって、ずっとひとりだったんです」
秋田さんは、寂しい人間生活を送っていた。46歳のとき、身体を酷使した影響で、病気になり、幽霊に転身した。幽霊になってから、幽霊学校で身体の一部を取り換える霊術について学んだ。そのときは悪用するつもりではなかった。
「幽霊となっても、モテなかった。人間社会で有名な人が、死んでから、幽霊社会でも有名になる。俺は、人間社会で無名だったから、幽霊社会でも限りなく無名だったんです」
秋田さんは、寂しさを紛らわそうと、2018年の4月ごろから、ある家庭に居候するようになる。それが田辺さんの家庭だった。
「明るい家庭でした。なんせ、夫がクールでカッコよくて、妻がそれに惚れ惚れしていたんですから。家の中は常に明るくて、幸せに満ちていて、俺にとってはまるで別の世界でした」
田辺さんの高級マンションに居候するうちに、秋田さんは、徐々に田辺さんのカッコいい顔に憧れを抱くようになった。あの顔が手に入れば、自分も楽しい生活を送れるはずだ。そのように考え、2020年の2月4日、ついに犯行に及んだ。田辺さんと自分の顔を取り換え、田辺さんの周辺の人物の記憶を書き換えた。
「田辺さんの記憶だけ書き換えなかったのは、もともとの田辺さんの顔と俺の顔の落差を感じてほしかったからです。我ながら、ひどいとは思いましたが」
田辺さんの顔を手にした秋田さんは、ひととおりモテる生活を楽しんだ。
「徐々に罪悪感が込み上げてきて、罪を自供したくなりました」
現在、霊士の取りはからいによって、田辺さんの顔はもとに戻され、改ざんされた人間たちの記憶も元通りになっている。どんなに辛い事情があれ、他人の人生を奪ってはいけない。顔も。
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