第3話

 葵が玄関まで息子と高野親子を見送って戻ってくると、篠原氏と塚本氏がともに暇乞いの挨拶をしている所だった。

 喧騒に近い騒々しさを縫って、廊下に出て来た二人に一礼し、再び座敷の中に入った男に気付き、セイは目だけを上げる。

「まだ、何か用か?」

 問われても答えず、周囲を見回した葵は、すでに出来上がりつつある酔っ払いたちの様子を確かめてから、切り出した。

「……どうすればいいのか、決めかねてるんだ」

「……」

 ぽつりと言った男を見上げたまま、セイは小さく笑った。

「このままいくと、順序によっては殆どの目的を、達成してしまうだろうね」

 葵は、深い溜息を吐いた。

「何か、いい手はねえのか? 事を大袈裟にせず、犯人を止める手は?」

「決定的な証拠は、無かったんだろ? なら、ある程度は、成り行きに任せるしかない」

「しかし、そうしちまうと……」

 今度こそ、人死にが出る。

 そんな言葉を、葵はかみ殺した。

 セイがこの件を、側近に話さないのは、その裏付けが細かい作業になるからだ。

 一つ間違えば、今は出ていない人死にが、一気に増えかねない。

「……まあ、裏付け作業より、楽なやり方は、一つ思い浮かんだんだけど、それも、あの子たち次第だったよな」

「……」

 葵は溜息を吐いて辺りを見回し、気づいた。

「珍しいな、志門たちは来てねえのか?」

「宿題をしたいって言うから、私の部屋を貸してる」

「え、宿題?」

 何故か水月が耳にして、素早くこちらにやって来た。

「冬休みの宿題? オレも一緒じゃ、駄目かな?」

「……」

 目を見開き、セイはその保護者を見た。

「分からない問題とか、多いんだよ」

 そんな事を言う少年を見やり、律は若者に小さく頷いて見せた。

「狭い部屋だけど、それでもいいなら……」

「勿論っ」

 立ち上がりながら言う若者に続いて立ち上がり、水月は後に続いた。

 少し考えて、葵もその後に続く。

「その宿題が終わってからでも、志門を借りれねえか?」

「篠原家とは、あまり面識ないから、意味ないんじゃないのか?」

「現場見て、思った事を、凪たちに言ってくれりゃあ……」

 諦めが悪い。

「晴彦ですら、色眼鏡をかけてしまっているようだから、志門が意見を言ったところで、聞くとは思えない。いらない事をさせて、余計な傷つけ方は、したくない」

 廊下の奥へと向かい、自室の襖を軽くノックした。

「は、はいっ」

 妙に慌てた志門の返事に、盛大に何かを隠す音が、重なって聞こえた。

「……勉強じゃ、ないんじゃないのか?」

 水月が呟く。

 ノックされるだけ、まだましだ。

 親によっては、ノックなしで部屋に押し入る所もあるらしい。

 疚しい事をしていなくても、驚く子供に疑いの目を向けて粗探しし、暴力をふるう親もいる様だと、同級生たちに聞いていた。

「そろそろいいかな、入るぞ」

 セイが声をかけて襖を開けると、妙に背筋を伸ばして座る子供たちが、三人を迎えた。

「何だ、小、中、高が揃ってたのか」

 狭い畳部屋で、小さな炬燵を囲んで座る子供たちに目を見開きながら、水月は志門の傍に座った。

「丁度いい、宿題、教えてくれ」

 志門が答える前に、セイが呆れて返した。

「手ぶらじゃないですか」

「別にいいだろう。今度正式に宿題を持って、申し出る」

 大仰な言いようだと、更に呆れる若者に構わず、水月は笑って切り出した。

「その代わり、お前さん達が、頭を悩ませている宿題、手伝おう」

 正直者たちの反応は、それぞれ違った。

 健一はオロオロと志門を見、伸は水月から顔を逸らす。

 静は疑いの目を水月に向け、志門は困ったようにセイを見上げた。

「……」

「……篠原家に、行ったのか?」

 目を細めて見下ろす若者に、少年は首を竦めつつも頷く。

 溜息を吐いたセイの横で、葵が静かに座る。

「現場も、見たのか?」

「はい」

「何か、分かったかっ?」

 つい身を乗り出す大男の背で、静かに襖が閉まった。

 セイが襖を後ろ手に閉め、そっと葵の隣に座る。

 静かに子供たちを見回し、ゆっくりと問いかけた。

「面識がないはずの家に、どうやって入った?」

「ふ、不法侵入は、してませんよっ」

 思わず健一が当然の事を叫び、伸を呆れさせるが、セイの返しで顔を強張らせた。

「本当か? 君は、そういう隙を見つけるのが、何故かうまいからな」

「し、信じて下さいよっ。オレ一人の時ならともかく、志門さんもいるのに、そんなことしませんっ」

「じゃあ、どうやって、あの家に入った?」

 志門が恐る恐る、正直に話した。

 直に会い、一緒に訪問させてもらった旨を話すと、葵が白い目を隣に向けた。

「おい、お前、動いてんじゃねえか」

「……知ってるだろ? あの家は、事件以前から、その兆候になりかねない奴が、住み着いてるのを」

「オレらがいた時には、来てなかったぞ」

 いたなら、ここまで時間をかけずに解決法を見つけられたと嘆く男を、セイは上目遣いに睨んだ。

「私が、いつ、この事件を知ったと思ってるんだ?」

 昨日、偶々客間に置き去りにされていた新聞で、知ったにすぎない。

「大掃除の後、直には申し出られたんだ。どちらにしても、あんた達との接触は、出来なかった」

 唸った男に構わず、水月は声を潜めて切り出した。

「何をこそこそと、隠したんだ?」

 少年たちが揃って顔を見合わせ、伸がそっと炬燵の中から紙を取り出した。

 A4サイズの白いレポート用紙で、何やら図と文字が書き込まれている。

「これは、あの部屋の間取り図じゃねえか」

「……覚えている限りの家具と、配置を書き連ねてみたんですが、間違いはないですか?」

 つい、感心した声を出した葵に、伸が思わず気楽に訊いてしまった。

 我に返って青くなったが、そんな少年に笑いかけ、男は答える。

「これで、合ってる。流石、秀才だなあ」

「で、こんな物を書いて、何をしていたんだ?」

 水月が笑顔で問いかけると、口を閉ざしてしまった志門の様子を気にしながら、健一と静が、交互に話し始めた。

 時々伸が補足して、考えを話し終えると、並んで座る男と若者が、それぞれ溜息を吐いた。

「誰が、篠原和泉を撃ったのか。それも、見当ついちまったんだな?」

「はい。というより、あの部屋に証拠が残っていれば、それで確定だったと思います」

 健一の言葉に、葵は頷いた。

 決定的な物は、残っていなかった。

 だから、只の傷害事件としてしか、対応が出来なかった。

「分からないのは、どうして先輩を撃って怪我をさせないといけなかったのか、なんです。そうまでした上に、あんな分かりやすい細工をする理由が、いまいち分からなくて」

「ただの愉快犯なら、相当頭のネジが飛んでいます」

 静も健一の言葉に頷き、真顔で言い切った。

 葵は頭を掻き、セイを一瞥した後、言った。

「三年前、篠原夫人が事故で亡くなったのは、知っているか?」

「あ、はい」

 まだ、安定期に入る前の胎児と共に、助からなかったと聞いている。

「事件当初から、疑いは上がっていたんだが、最近になって、疑いが濃厚になって来た」

 事故車は未だに、保管されている。

 事故当時、調べられた自動車には、ハンドル部分とブレーキ部分に細工が施されているのが分かった。

「え、じゃあ、その事故は……」

「ああ、夫人が乗ると想定してのことかまでは分からねえが、誰が運転しても、その直後に事故を起こす状態だった」

 流石に和泉には言えないが、篠原には告げている。

「濃厚になった、とは?」

 志門が、静かに問いかけた。

「夫人の手術を担当した医師が、証言したんだ」

 葵も静かに答えた。

「運び込まれた時は、すでにどちらも助からぬ状態で、手の施しようもなかったと」

 それは篠原氏にも申し出たのだが、信じなかった。

「篠原親子より先に、家にいた親戚一同が病院に来ていたそうだ。どうやら、その一人が、篠原を安堵させようと、嘘の報告をしていたようだ」

 今回、医師に説明を求めたのは、別な医師の意見を聞き、おかしいと思ったかららしい。

「病院のあった土地を丸ごと買って、そこの医師とも顔見知りになり、事故の話も話題になったようだ」

 塚本に調査依頼しに来た篠原氏は、自分の愚かさに頭を掻きむしっていたと言う。

 斎の死を知り、親戚一同は口々に言った。

 軽傷だったのに、助からなかったのはおかしい、もしや、医者は妊婦だと気づかなかったのではと。

 なぜ、それを鵜呑みにしてしまったのかと、男は長く喚いていた。

 医者の不手際の方が、事故の疑惑よりも重く感じてしまったせいで、三年も奴らを野放しにしていた。

 喚きながらも、塚本への申し出は、はっきりとした口調だった。

「誰が細工したかは分からねえが、そんな危うい奴らを、家に置いておきたくはないから、追い出す言い訳を、調べ上げてくれと依頼し、その材料は、充分集まってると聞いていた」

 警察の介入は望まないと、篠原からは釘を刺されていた。

 そんな時期に、この事件が起こってしまったのだ。

「……」

「まさか……」

 伸が、低く呟く。

「これからが、この事件の本番、なのですか?」

 天井を仰ぎ、健一も嘆く。

「ってことは、狙われるとしたら、その、親戚一同って人達じゃあ?」

「誰が一番に狙われるか、分からないのに、どうするんですかっ?」

 取り乱す子供たちを、水月はまあまあと抑え、志門を見た。

「止めようにも、時間がないです」

 顔を伏せて呟いた少年から、今度は成り行きを只見守っている、若者を見る。

「打開策は? 何かありそうだと言っていなかったか、お前?」

「……確認してみます」

 見返してから答え、セイは携帯電話を取り出した。

 番号を押して呼び出した相手に、名乗らずに切り出す。

「あんた、何で、志門を篠原家に入れたんだ?」

「ええっ、駄目でした? 何やら、心配そうにしてたから、気がまぎれると思ったんですけど……大丈夫でした? あいつ、部屋から出てきたら、入る前よりひどい顔になって……」

「あんたは、その部屋に入ったのか?」

 心配そうな声を遮り、セイは本題を切り出した。

「はい。帰る時、あいつら全員、様子がおかしかったんで、何事かと思いまして」

「今日は? 入って見たか?」

「はい」

 答えてから、直はああ、と声を上げた。

「あれの有無を、確認したいんですね?」

「ああ。あったか?」

 若者の問いに、男は笑いながら答えた。

「昨日見つけた時は、何であんな場所にと思ってたんですが、今日見たら、なくなってました」

「そうか」

「それから、そろそろ報告しようと思ってました。あなたの言う、奴、と会いました」

 無言で促すセイに、直は苦笑いする。

「あれ、単に、夏生さんが怖くて、今迄鳴りを潜めてただけですよ。一気に力がついたわけじゃなく、隠してるつもりになってただけですね」

「そうか、あんたの見立てなら、間違いないだろう」

「どうしましょう?」

 男は、すぐにそう伺いを立て、若者もすぐに答えた。

「今夜が、山だ。誰かを襲う気配があったら、すぐに捕まえてくれ」

「分かりました」

 通話を切り、時計を確認しているセイに、目を見開いた葵が問いかける。

「まさか、今夜、誰かが襲われるってのか?」

「誰かじゃない、誰か達、だ」

「一晩で、終わらせるつもりなんですかっ?」

 青ざめる静の隣で、志門はセイを見つめていた。

 それを見返しながら、若者が言う。

「君たちが見たと言う、ベランダの下の物が、消えているそうだ。あれさえ手に入れば、実行は近い。犯人は、動ける日時はそう多くないと、察しているはずだから、一気に片を付けたいと、考えているはずだ」

「……一人一人に、護衛をつけるのは目立つが、仕方がねえか」

「それを、しなくて済みそうな打開策、提案してもいいか?」

 志門を見ながら微笑み、セイは切り出した。


 篠原和泉は、年をこの病院で越し、年明けに金田の病院に転院すると言う。

 その前に、お見舞いに行こうと切り出したのは凪で、晴彦もすぐに頷いた。

 夕方に近い時刻に病院についた二人は、見た事のある少年が、見た事のある男と連れ立って病院に入っていくのを見た。

「あれって、河原かわら刑事じゃあ?」

「一緒にいたのって、金田君の友達じゃあ?」

 二人は仲よく顔を見合わせ、足早に病室に向かった。

 もしやと思っていたが、病室のドアをノックして入ると、案の定その二人がいた。

 顔を上げた河原たくみは、意外そうにしただけだったが、速瀬伸の方は緊張で顔を強張らせた。

「和泉の件の担当、じゃないですよね?」

 晴彦はつい、不審気に巧を見てしまった。

 父親の管轄の事件で、この刑事が係わるのは不自然だ。

「実はな、迷宮入りしそうだから、新しい視覚で見て欲しいと、市原刑事に頼まれたんだ」

 丁度少し前に、年末の挨拶にセイの元へと訪れ、葵が頭を抱えているのに行き会ったと言う。

「……見送りだけで、また戻ったと思ったら、あそこで油打ってるの?」

「違う違う。アルコールを入れないで、待ってるはずだ」

 あの中で待つのは、ある意味地獄だと巧は笑い、連れの少年を見下ろした。

「この子は、速瀬医師の息子さんで、伸君だ」

「初めまして」

 緊張して頭を下げる少年に、凪はついつい微笑んでしまう。

「可愛いですね」

「ああ、父親に似ず、可愛いんだ」

 笑顔で頷き、巧はベットに座る少年を見た。

「篠原和泉君だね? 私は、隣の市の警察の者で、河原と言う」

 内ポケットから手帳を出して見せ、巧はやんわりと切り出した。

「実は、他の家族の方には、すでに会った後なんだ。形通りの質問を、君にも一通り行いたいんだが、体調の方は、大丈夫か?」

 数日ぶりに見る幼馴染は、やつれて痩せたように見えるが、予想したほど顔色は悪くなかった。

 左肩の包帯が痛々しいが、少年は小さく頷いて答えた。

「はい」

「じゃあ、気分が優れなくなったら、直ぐに言ってくれ。まず、思い出したくないだろうが、襲われた時の状況を、話してくれるか?」

 少年は頷き、ゆっくりと話し出した。

 あの夜、部屋で寛いでいたら、ベランダのサッシ窓が開き、人が入って来たのだと言う。

 銃の様な物を手にしているのを見て驚き、部屋を出ようとして捕まり、何とか抵抗していたのだが、力尽きてしまい撃たれてしまったのだと、和泉は小さな声で話した。

 晴彦と凪が、目を険しくする中、巧が頷いて尋ねる。

「間近で犯人を見たはずだが、どんな奴だったのか、覚えているか?」

「すみません……叔父と父にも、話したんですが、輪郭しか分かりませんでした」

「そうか、視力が悪いとは聞いていたが、そこまでだったか」

 落胆するでもなくそう頷き、刑事は和泉の枕元に立つ伸に、声をかけた。

「お前は、何か訊いておきたいことは、ないか?」

 シーツの乱れを直していた伸が顔を上げ、少し考えた。

「そうですね……あ、一つだけ。篠原先輩、リモコンを手にしておられたと聞いたんですが、あのオーディオディスクの中のSDカードに、何を記録していたんですか?」

 和泉は、少し考えてから、答えた。

「あの後の番組を、録音するつもりで、入れていたんだ。結局、聞き逃してしまったが」

「そうでしたか。ちなみに、どの番組ですか? もしかしたら、金田が録音しているかも」

「……深夜のラジオ番組だが……少し、興味があっただけの番組だ。そこまで気遣われるほどじゃない」

 そうですかと伸は頷き、巧を見て笑った。

「すみません、これだけ、気になったんです」

「そうなのか。分からん事を、気にかける奴だな」

 呆れながら目を見張り、少年が傍に寄ったのを見計らって、刑事は笑顔を浮かべた。

「これくらいにしておくよ。また、何か分かり次第訪ねさせてもらうが、嫌な顔しないでくれよ」

 そして、ドアの前で立ったままの二人の少年にも声をかける。

「邪魔したな」

「いえ」

「まだ、犯人は捕まっていないから、暗くなる前に帰るんだぞ」

 二人は、刑事と少年を廊下で見送り、病室に戻ったが、ベットに座る幼馴染が溜息を吐くのを見て、心配になる。

「疲れたか?」

「少し、な。でも、お前ら見て安心した」

「昨夜、目を覚ましたばかりなのに、事情聴取なんて、相変わらず非常識よね、警察って」

 目を据わらせて文句を言う凪は、その警察関係者の息子だ。

「あれで済んだだけ、まだましだろ? 他の土地じゃあ、ドクターストップがかかるまで、問い詰める所もあるらしいから」

「それで、帰れと押したら、公務執行妨害でしょ? 嫌になるわ」

「……お前の場合、押されただけで、済まないからだろ」

 同じく、警察関係者の父を持つ晴彦が、友人を宥めて苦笑する。

「年越しは、病院か。とんだ災難だよな」

「ああ。めでたい筈の時期に、見舞いなんてさせて、すまなかったな」

 話しかけた幼馴染に、和泉も苦笑しながら軽く詫びると、凪が頬を膨らませた。

「いっちゃんが謝る事じゃ、ないでしょ? こんな時期に入院するような怪我を負わせた奴が、一番悪いっ」

「……だな」

 呟く様に返し、しみじみと二人を見やる。

 そんな和泉に、晴彦は何気なく呼びかける。

「冬休みの宿題、終わってたのか?」

「あ? ああ、どうした? 写したいなら、部屋の机の本棚に……」

「いや、そうじゃない。そうか、それなら、よっぽど暇だったんだな。部屋がやけに片付いてたんで、本当にお前の部屋かと、目を疑ったんだ」

 笑いながら言う晴彦に、凪も同調する。

「ベットの布団も、綺麗に畳んであるし、彼女でもできたのかしらって、話してたのよ」

「……どんだけ、オレがずぼらだと、思ってたんだよ」

「お前、勘を養うとか言って、近くに物仕舞う時すら、投げてたじゃないか。いや、人目を気にしないといけないと、考えられる彼女が出来たのなら、良かったよ」

 また苦笑してしまった和泉に、凪は身を乗り出した。

「退院したら、その彼女、紹介してよね」

「……ああ、退院出来たら、な」

 その後、当たり障りのない話をし、数分後に病院を後にした。

 帰り道で、二人は黙ったままだ。

 苦い気持ちと、何かが引っかかって、もどかしい気持ちが混ざり、会話が億劫になっていたのだ。

 市原家の前で、ようやく顔を見合わせ、凪が口を開く。

「あの家の、あのオジサンたちが、係わってるのかな?」

「そう言う気はするけど、違うから親父たちは、頭を抱えてるんだろ」

 和泉の顔を見て、一先ず安堵しようと思っていたのだが、何故かそうならなかった。

「和泉は、病院にいるから、安全なはず、だよな?」

「も、勿論だよ。明日また、会いに行こ」

 晴彦の不安が伝染したのか、凪は首を強く振ってから少し声を高くした。

「手伝えることはないけど、転院先に持って来てほしいものくらいは、訊いておけばよかった」

「そうだな。朝の内に行って、その辺りを訊いてみよう」

 晴彦も気を張って声を明るくし、頷いた。

「じゃあ、明日。良いお年を」

「良いお年を」

 何とか年暮れの挨拶を交わした時、薄暗くなった夜道を、足音が近づいて来た。

 大人にしては軽い足取りの人物は、通話しながら歩いている。

「そうか、ご苦労さん。役に立ったなら、いいんじゃねえのか? 後は、お前が判断しろ。……いやいや、そこまで知ったんなら、手伝ってやれよ」

 振り返る二人の少年の前で、その二人の中間程に成長した若者が、立ち止まった。

 少年たちを見てにやりと笑いながら、通話を続ける。

「あまり大袈裟な治め方はするなと、伝えとけよ。ああ、じゃあな」

「……蓮小父様?」

「ただいま。葵はまだ、帰ってねえんだろ? この時期に二人も不在じゃあ何だと思って、戻って来た」

 呼びかけた凪にそう言い、蓮は市原家の門を潜る。

「あの、蓮さん?」

 晴彦は、その背に、つい声をかけていた。

 振り返る若者に、尋ねる。

「今の電話の相手は……河原刑事、ですか?」

 何でそう思ったのか、自分でも分からなかったが、蓮は目を丸くした。

「ああ。ちと、試しに行って欲しい所があってな。その報告だ」

「それって、和泉の事情聴取ですか?」

 若者は、空を仰ぎ少し考えた。

「……ふうん、そう言う治め方を伝授したか。まあ、それしかねえよな」

 一人納得してから、晴彦の問いに答える。

「年始に行く予定だったらしいんだが、前倒しで行って来いと、ケツ叩いたんだ。もしかしたら、葵も高野刑事も、動きにくいかもしれねえからな」

 どこへ向かう話なのかも、晴彦は気づいた。

「若の、お屋敷ですか?」

「……まあ、そう呼んでもいい位には、立派な家だよな、ありゃあ」

「いっちゃんの事情聴取が、あの事件を治める足掛かりになるって事? じゃあ、やっぱり犯人は……」

 言いかけて凪は、蓮の呆れた顔を見た。

「小父様?」

「まあ、仕方ねえのかね。こういう事態は、滅多に起こるもんじゃねえもんな。だがな、本来は、お前らが止めるべき案件だったんだぞ」

「?」

 二人の少年が顔を見合わせるのを見て、若者はやれやれと首を振る。

「この件に気を回すのは、もうやめとけ。明日には解決してるはずだ」

 ここまで気づかぬのなら、最後まで気づかないでいて欲しいもんだと、心の中で思いながら、二人に声をかけた。

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