第6話 帰って来た日常

 悠馬と賢治は目を覚ます。長い眠りから覚めたような感覚だった。音の多い周囲を見渡す。


「はっ……マック?」


「学校の近くの、みたいだね。なんでだろう……?」


 2人はマクドナルドの店内にいた。悠馬は手にハンバーガーを持っていることに気が付く。賢治の前にはフライドポテトもあった。


「俺ら、さっきまで総悟と会ってたよな?」


 急に戻ってきた現代に、悠馬は先ほどまでの出来事が夢だったような感覚を覚える。


「うん。ついさっき、本当のお別れをしたんだ。大丈夫。僕も覚えてるよ」


 2人とも同じ記憶がある。つまりあれは現実だったと、悠馬は納得する。


「だけど、何で僕たちはここにいるんだろう? 女神様に依頼を受けたのは、確か悠くんの家だったよね」


「ああ、そうだった。訳が分かんねえな。夢遊病か? 金は払ってるみたいだけどな」


 トレイに置かれたレシートには、買い物の値段がちゃんと書いてある。首を傾げながら、悠馬はハンバーガーの包装を開いた。


「おっ、チキンクリスプだ。いただきます」


 久々のジャンクフードにかぶりつく。


「ん~? んー、うんうん。味濃いな。いや、濃いっていうか、こう、人工的?」


「あっちの食べ物は調味料控えめだったもんね。うん。確かに、一瞬びっくりするね」


 そう言いつつも、2人はハンバーガーとポテトを食べ進める。


「帰りに由香ちゃんの様子見に行かないとなあ。てか、亮太も探さねえと。どこにいんだろ?」


「一緒に帰って来てるはずだけどね。電話してみようか」


 賢治がそう言った瞬間に、悠馬のスマホが鳴る。


「おっと、スマホの操作もちょっと忘れたなあ……って亮太からだ」


「ちょうど良かったね」


「そうだな……もしもし?」


 悠馬は亮太からの電話に出る。電話の向こうからは、荒い息遣いが聞こえて来た。亮太は走っているようだ。


『もしもし! 悠か!? 今どこにいる!?』


「マック。チキンクリスプ食ってた。賢治も一緒」


 素直に答えたが、亮太から帰って来たのは怒りの声だ。


『はあ、お前ら今日の日付見てねえのかよ!!』


 席を挟んでも聞こえて来た亮太の声に、賢治は自分のスマホを確認する。


「あれ、この日付って……」


 スマホの画面に大きく載った日付には覚えがある。この日は……。


『今日は10月5日!! 時間は4時40分!! 総が事故で死んだのは10月5日の午後5時だ!! 良く分からねえがオレらは一ヶ月戻ってる!! 今ならまだ、総が生きてるぞ!!』


「マジかよ……すぐに電話しねえと!」


『もうした!! アイツ今日に限ってスマホ家に忘れてんだよ!! 小母さんが出たよコンチクショー!!』


 スマホで連絡が取れない。それならば、実際に会うしかないだろう。


 悠馬と賢治は、亮太が走っている理由を理解する。2人は同時に立ち上がった。


「やっべえ……っ! 急ぐぞ賢治!」


「う、うん。ポ、ポテトどうしよう……!?」


 混乱した賢治が慌てる。


「持って走れ!」


 悠馬はそう叫び、残ったチキンクリスプを口に詰め込んだ。空のトレイを持って出口へ走る。途中、全神経を総動員して高速でトレイを返却した。

 賢治も後へ続く。


 店の客の目も気にせず、2人は店外へと飛び出した。




 走る。走る。目指すのは総悟が事故にあった場所。通学路にある見通しの悪い交差点だ。細い道路からの出口付近で、総悟は低学年の小学生男子を庇って車に轢かれた。


 今この瞬間なら、まだ総悟は生きている。


「はあっ……はあっ……賢治! ついて来てるか!?」


「だ、大丈夫!!」


 出せる全力で走っている2人。だが、本人たちには非常に遅く感じた。


「だああっ!! 加速アクセルが使いてえ!!」


 悠馬の体感では、ついさっきまで人間を越えたスピードで動けていたのだ。普通のスピードでしか走れない体がもどかしい。


 その2人の元へ、横の路地から人が飛び出して来た。


「うおっしゃあ!! 合流ぅ!!」


「亮太!!」


「亮くん!」


 合流した3人は、川沿いの道を並んで走る。目的地は近づいているが、同時に時間も近づいている。


「やべえ、あと3分切った!!」


「最後だ! 全力ダッシュ!!」


「うん……!」


 3人が最後の力を振り絞って走る。


 川沿いから外れ、住宅街へと入った。家の塀によって、とても見通しの悪い区域だ。総悟の事故現場までもう少し。


「はあっ、はあっ、総悟が助けた小学生は、犬と一緒だったはずだ! 犬を追い掛けて飛び出した! んで、はあっ、犬が飛び出したのは、小学生のサッカーボールを追い掛けたせいだ!」


 亮太が事故の状況を2人に説明した。


「オーケー!! 俺が最初にボールを止める!」


「オレが犬だ!」


「小学生……!」


 役割分担を決め、3人は道路の角を曲がる。


「見えた! 左から来るぞ! 走れ!」


 限界を超えて痛む肺と心臓を無視し、3人は加速した。


 3人の目に、左の交差点から急に現れたサッカーボールが見えた。


「うおお!!」


 そのボールを、悠馬が足で止める。


「っしゃああ!!」


 ボールを追って走って来た小型犬が、悠馬がボールを止めたことによって減速した。その一瞬に、亮太が犬を抱き上げる。


「……あいたっ!?」


 最後に、飛び出して来た小学生男子を賢治が体で止めた。勢い余ってその場で転ぶ。


 その数秒後に、道路を車が勢いよく走っていった。


 事故は起きなかった。車を見送り、3人は呼吸を整える。


「うおっし! 成功!」


「ああ~、つっかれた……少年、犬のリードは今度から離すなよ」


「いててて、うん。車に轢かれたら危ないからね。飛び出しも駄目だよ?」


 サッカーボールを頭上に掲げる悠馬の横で、亮太と賢治が小学生に注意する。


 小学生男子は状況が分かっていない表情で目を瞬かせ、道路を見て、3人を見て、ペコリと頭を下げた。


「……ごめんなさい」


「ボール遊びは広い場所でな、少年!」


 小学生男子にボールを返し、悠馬はその頭を撫でる。


「ほい、犬のリード。次はちゃんと離すなよ」


 亮太が少年の手へと犬のリードを渡す。犬は小学生の足元で呑気な様子だ。


「……うん、気を付ける」


 そう言って道を戻っていく小学生を、3人は揃って見送った。


 そして、手を振る3人の元へと近寄り人影が一つ。


「3人とも、こんなところでどうしたんだ?」


 その声に、3人は一斉に振り向いた。


 3人の視線の先にいるのは、南川総悟。疑似精霊ではなく、生きている人間だ。


 ワッ、と、3人が総悟に突撃する。


「総悟~! 心配かけやがってこのヤロー!!」


「スマホ忘れんなよ馬鹿野郎!!」


「総く~ん、よがっだよお~」


「はあ? 何がどうした? いたっ、悠馬、殴って来るな!」


 歩道の上で、男子高校生4人が戯れる。


「総悟、俺ら大変だったんだぜ? お前がいないからヨッシー役がいなくてさあ。あ、でも、魔王戦はナイスだった! いい性格の悪さだった!」


「やっぱり4人いねえと締まらねえよなあ。3人の旅だと、色々不便だったぜ。食い物とか、4等分の方が楽だよな」


「ぞうぐう~ん、まだあえでうれじいよ~」


「お前ら酔ってるのか!? 酒、タバコ、薬は誰に誘われても絶対にやるなって言っただろうが!! それすらも忘れたのか!? ついに頭の中は空っぽか!?」


「お~、それだよそれ。やっぱり総悟のキツイ悪口がないとな~」


「総、安心しろよ。オレらは素面だ」


「素面でこれなら頭が不味いだろ……!!」


「ぞうぐう~ん……!」


「賢治は泣き止め!」


 悠馬は腕を組んで頷き、亮太は総悟の肩を叩く。賢治は泣きっぱなしだ。


「ああもう!! いったい何がどうした!?」


 3人に囲まれた総悟が叫ぶ。


 その様子を見て、悠馬が手を挙げた。


「うっし! 総悟ん家行こうぜ。俺らの冒険譚をみっちり聞かせてやるよ」


「いいなそれ。ははっ、最後には楽しかったって言ってくれるぜ」


「うぐ……ひぐ……」


「……まったく意味が分からん。冒険って何だ……? お前らとはさっき別れたばかりだろう……」


 混乱する総悟へと、悠馬が肩を組む。


「まあまあ、それも含めて教えてやるよ。ちゃんと付き合えよ、親友」


「……なんだその気持ち悪い呼び方」


「ははっ、気にすんじゃねえよ。なあ、親友」


「うん……! 親友、だよね!」


「……やっぱり酔ってるだろお前ら……」


「酔ってねえって。よっし! 総悟の家に出発だ!!」


「おう!」


「うん!」


「……はあ」


 悠馬を先頭に、4人は騒々しく歩き始める。



 家に着くまでの間、悠馬は馬鹿な真似をし、亮太はそれに突っ込み、総悟は皮肉を言い、賢治が笑いながらフォローした。


 彼らが進む先は、いつも通りの日常だ。




 おしまい

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光闇の女神と男子高校生な勇者たち 善鬼 @rice-love

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