第5話 第十依頼 王へと至る魔人を倒せ
周囲の魔力を集める。集めて、束ねて、形を変える。自分の力へと変える。
女神の加護をガイドに疑似的な肉体を構築。力を定義。ボクは世界へ干渉する術を得る。
仮初の肉体と共に、ボクは世界に降りた。
目の前で、剣を掲げた男がボクを見る。
「貴様、何だ?」
『お前の敵だよ。少し止まっていろ』
男の周囲を空間ごと捻じ曲げる。男がいた空間が黒で塗りつぶされた。空間が曲がった闇の檻だ。これで時間は稼げる。
そして、倒れる幼馴染たちに振り返る。
『まずは回復か』
今のボクは闇の疑似精霊。干渉できるのは空間とマイナスの概念だ。闇の力を使い、3人の負傷を奪い取る。
これで、再び戦うことができるだろう。
◇
悠馬は意味が分からなかった。謎の男に殺されそうになったかと思えば、死んだはずの幼馴染が急に現れて助かった。おまけに体の痛みも消えている。
「お前、総悟か……?」
『他の人間に見えるのか? とうとう頭だけじゃなく目も悪くなった?』
「うわあ……本物だ」
この皮肉は本物だ。もう何年も聞いてきた。悠馬はそう思った。
「うおっ、起きたら
起き上がった亮太も驚愕だ。ここは天国かと、周囲を見渡す。
「総く~ん、会えて嬉しいよお」
賢治は早くも泣き始めた。
『うん、そういうのいいから。早く女神からの報酬を受け取ってくれ』
「……相変わらず、すげえなお前。ここは感動の再会って奴じゃねえの?」
「この感じ、本物か。幽霊って初めて見たぜ」
「ぞうぐ~ん」
『いいから。早く報酬を受け取れ。アイツを閉じ込めておけるのは、そう長い時間じゃないんだ。あと亮太、今のボクは幽霊じゃなくて精霊だ。賢治は泣き止め』
総悟の言葉に、賢治は泣きながら女神の羊皮紙を取り出す。
「うわあっ」
賢治の手から、羊皮紙がひとりでに飛び出した。空中で広がり、中の文字が光り輝く。
一番近くにいた賢治が、報酬の内容を読み上げた。
「……最後の加護、
「ははっ、オレらにピッタリの能力だな」
「そっか……また4人に戻ったんだもんな。ははは、それなら俺らは最強じゃん」
全員が加護の内容を理解した瞬間に、羊皮紙が強く光を放った。その光と共に、4人は最後の加護を得る。
そして、羊皮紙の内容が書き換わった。
「最終依頼。王へと至る魔人を倒し、世界を救え……」
「王へと至るってことは、アイツ魔王か」
「おお! それなら倒せばホントに勇者じゃん! 俺ら4人が揃えば楽勝だろ!」
「うんっ、うんっ。なんだってできるよっ」
『はしゃいでいるところ悪いが、そろそろアイツが出てくる。戦う準備は?』
「完っ璧! 魔王だろうがぶった切る!」
「いつでもいいぜ」
「魔術の準備、始めてるよっ!」
総悟の発言どおり、魔人を閉じ込めていた檻が壊れ始める。その様子を見て、悠馬は思いっきり口角を吊り上げた。4人いると言う事実が楽しくて仕方ない。
「行くぜお前ら!! 最終決戦、スタートだ!!」
「おう!」
「うん!」
『ああ、行こう』
4人の目の前で、闇の檻が完全に崩壊した。散らばる闇の欠片の中から、変わらぬ様子の魔人が現れる。
その瞬間に、悠馬は飛び出した。既に
「輝け光れ!! デュランダル3号!! 行っくぜえー!!
「ぬう?」
魔人の周囲、ありとあらゆる場所から悠馬が斬撃を加える。魔人が捌き損ねた一刀が、白髪の一部を切り取った。
悠馬はさらに加速する。
「はあっはあー!! 絶っ好っ調ー!! これでも遅いかよ!! 魔王さんよお!!」
「確かに速い、が、足りぬな」
魔人が自身の膂力を以って、悠馬を切裂こうとする。だが、
「させねえよ!
魔人の一振りを亮太が跳ね返す。今度は吹き飛ばされることはない。
「なるほど……これでは手間取るか」
そう呟いて、魔人は剣を持たない左手を振る。瞬間、青い光が輝き、剣の形を成した。二刀流だ。
両手に剣を持った魔人が自ら踏み込む。振るわれる二つの剣は、嵐のような連撃を生み出した。
「うおっ、はっや!」
「ちっ!」
悠馬と亮太が押され始める。
だがそこへ、漆黒の鎖が殺到した。
「
迫る鎖へと、魔人が剣を振るう。しかし斬撃を受けた鎖は撓み、逆に剣へと巻き付いた。そして、剣から腕、腕から全身へと鎖が巡る。
「ふっ!」
鎖は切れない。だが、魔人も止まらない。動作を阻害されながら、尚も攻撃を選択する。
「すげえ根性だな!! だけど
「
亮太が剣を弾き、悠馬が縦横無尽に斬撃を生む。魔人には、少しずつ傷が増えてきた。
悠馬を捉えようとした魔人の剣を、亮太が大きく弾く。
その隙を、悠馬は見逃さなかった。
「いただき!
悠馬の剣が、魔人の腕を切り裂いた。青い血が溢れ出る。自身の傷を見て、魔人が呟いた。
「認めよう。貴様らは強い。だが、貴様らの死が揺らぐことはない」
魔人が力を溜める。王に連なる種族には、爆発的に能力を強化する術がある。肉体の改変。すなわち変身だ。
その能力が、今ここで顕現す――
『待ってたよ』
変身を始めた魔人の胸へと、黒い矢が突き刺さる。痛みのない矢は、しかし魔人の変化を阻害した。
「なんだとっ」
魔人が初めて驚きの声を上げる。変身は、自らにのみ作用する能力だ。故に、他者から干渉されることはあり得ない。
『残念だったね。闇の精霊となっている今のボクなら、君の邪魔をすることができるんだ。ボクの全てを使って、君の変化は許さない』
これまで戦闘に参加していなかった総悟。その狙いは、魔人の切り札を押さえること。それは、今この瞬間に成功した。
焦りの表情を浮かべる魔人に向け、悠馬が駆ける。
「残念だったなあ! うちの総悟は性格が悪いんだ! 舐めプしてんじゃ勝てねえよ!」
攻撃を躱そうとした魔人の体を、賢治の鎖が強く縛る。
「馬鹿なっ!」
「反省はあの世でしてろ!
すれ違いながら、悠馬は剣を横凪に振り抜いた。手応えは完璧。振り向けば、魔人の体がゆっくりと倒れていく。剣が通った場所からは、大量の青い血が噴き出した。
ドサリと倒れ伏した魔人の体は、ピクリとも動かない。
「うおっし! 勝ったぜ!!」
悠馬が両腕を振り上げる。
「やれやれ、一時は死ぬかと思ったぜ」
亮太は肩をすくめた。なんとなく、まだ痛む気のする腹部をさする。
「僕たち4人の勝利だね!」
賢治は満面の笑みだ。魔人の討伐より、4人揃っていることが嬉しくて仕方ない。
『一応言っておくけど、ソイツ、まだ生きてるよ』
総悟の冷静な言葉に、3人はバッ、と武器を構え直した。
『動けないだろうし、もうすぐ死ぬけどね』
4人の視線を受けた魔人が、かすれた声を吐き出した。
「く……くく、くははは……! 無駄なことよ……我が死ねども、こちらの世界を望む者が尽きることはない。この世界の全てを手中に収めるまで、我らは何度でも侵略を繰り返す……!」
『いいえ、それはもう終わりですよ』
魔人の呪詛を、涼やかな声が否定した。急に現れた存在に、全員の視線が集中する。
そこにいたのは女性だ。目蓋を閉じた美しい女性。黒と白に分かれた長い髪を揺らし、神々しく佇んでいる。
「うおっ!? 女神様じゃん!」
悠馬がその女性を呼んだ。彼女が女神。光闇を司るこの世界の神だ。4人をこの世界に呼んだ存在でもある。
女神を見た魔人が、憎しみの籠った声を上げる。
「女神、だとっ!? 貴様! どうやって顕現した! 貴様は世界の内へと干渉できないはずだ!」
女神が微かに笑みを作る。
『確かに、私たち神はその存在の大きさ故に現世へと顕現することはできません。ですが……』
目を閉じたまま、女神は4人へと顔を向ける。
『この子たちが、先に私の力を世界に拡散してくれました。おかげで、短い間ですが私はこうして顕現できるようになっています』
魔人が女神を睨む。
「……例えこの世に顕現しようとも、貴様の力で我らの侵略を止めることは不可能だ」
『ええ、不可能でした。つい先ほどまでは』
魔人の顔色が変わる。
「貴様、何をするつもりだ」
女神は歌うように話し出す。
『この世界と、貴方達の世界は古の時代に繋がってしまいました。その縁への干渉は、片方の意思や力だけではどうしようもありません。ですが』
女神が魔人へと手を伸ばす。
『貴方がここにいる。あちらの世界で産まれ、そして今、傷として私の力を宿した貴方が』
「まさか! 貴様ぁ!」
『私が顕現している今ならば、貴方を通して双方の繋がりへと干渉できます。つまり――』
女神が恐ろしい程に整った微笑を浮かべる。
『繋がりを遮る
そう言って女神が手を振った瞬間に、魔人の姿は掻き消えた。周囲には、血の一滴すら残っていない。
『さて』
女神が4人へと振り向く。
総悟を除く3人はビクリと反応した。それほどまでに、魔人へと向けた女神の微笑みには迫力があった。
『4人とも、良くやってくれました』
先ほどとは違い、4人へと向ける女神の表情は温かい。
「うす! ありがとうござあっす!」
「押忍! あのくらい当然です!」
「はいぃ! ぜんぜん大丈夫です!」
だが、3人からは恐怖心が抜けていなかった。綺麗な女性が怒ると怖い。頭にあるのはそれだけだ。
『エサをぶら下げて、上手く使っておきながら良く言うね』
総悟が皮肉気に笑う。
『ふふふ、何のことだが分かりませんね。総悟さんも良く働いてくれました。魔人への干渉は見事でしたよ』
『お褒めに預かり恐悦至極』
女神と総悟のやり取りを見て、3人が声を上げる。
「そうだ! なんで総悟が生きてんの!? つうか、出てこれるんなら、最初から出て来いよ!」
「そうだよ。いつからオレらの傍にいたんだ?」
「一緒に帰れるんだよね!?」
『質問は一つずつにしろと、いつも担任の上野から言われているだろうに……』
「今は! 授業中じゃ! ねえ!」
悠馬が叫びに、総悟は仕方なさそうに話し出す。
『じゃあ、説明しやすいところから話そうか。ボクは3人が女神の依頼を受けたときからいたよ。つまり最初から傍にいた』
「だったら早く出て来いよー。俺らの冒険譚を帰ってから聞かせる案がパアじゃねえか」
『手間が省けて良かったじゃないか。ボクがこのタイミングで出て来たのは、この状態には制限時間があるからだ。精霊としていられるのは一日だけ。しかも一度切りだ』
「少なっ!!」
「なるほどなあ……序盤で
「……それで総くん、一緒に帰れるんだよね」
縋るような表情で、賢治が聞く。
『残念だけど、それは無理だ。ボクが死んでいるのには変わりない。今の状態は、女神がボクの魂を保護してくれているだけ。それも、依頼が終わるまでという約束だ』
「そんな……」
「マジか……」
「まあ、そんな上手い話はないよな……」
薄々分かっていた事実に、3人の気分は沈む。
『気にするな。ボクはいないのが正しい状況だ。むしろ、もう一度話せた今が幸運だと思え。だいたい、3人の本来の願いは別にあるだろう』
3人の本来の願い。その願いを叶えるために、3人は女神の話へと乗ったのだ。
「ああ……由香ちゃんの病気、治さねえとな」
「そのために来た訳だしな」
「……うん」
それは3人の近所に住む小学生の名前だ。難病を発症したその子に、笑顔を取り戻したい。そのために3人は女神の依頼を受け、この世界へとやって来た。
『その願いは、女神である私が確実に叶えます。神の名の下に交わされた契約は絶対ですからね』
『ああ、だから早く元の世界へ帰るといい。この腹黒い女神が、すぐにでも戻してくれるだろう』
『総悟さん?』
総悟は聞いていないふりをした。
「……もう少し、この世界にいたいんだけど?」
「そうだな。王都観光もまだしてない」
「総くんと、もっと話したいよ……!」
『それは止めた方がいい。3人がこの世界にいられるのは、女神の依頼を受ける間。そういう契約だ。さっきも聞いただろう。神との契約は絶対だ。無理に残るのは駄目だ』
『そうですね。依頼を完了した以上、私の加護も回収しなければなりません。意思疎通や健康ための加護がない状態で留まるのは、あまりお勧めできませんね』
女神と総悟の言葉を、3人は噛み締める。
「……おっけー、分かった。総悟、これでお別れだ。墓には何を供えて欲しい?」
『適当に菓子でも置いておいてくれ。他に欲しいものはない』
「分かった。俺が選んだ菓子と、それだけじゃ寂しいから毎週ジャンプでも置いてやるよ」
『……それは迷惑だからやめろ』
悠馬が笑いながら下がる。代わりに亮太が話し出した。
「小父さんと小母さんに伝言はあるか? 何かあるなら伝えるぜ」
『いや……いい。異世界でボクに会ったなんて、うちの親も言われたら困るだろう』
「そうか、了解。じゃあな、総。死んだらまた会おうぜ」
『ああ、なるべく遅くなるのを祈ってる』
最後に、賢治が前へ出る。既に号泣状態だ。
「ひ、ぐ……そうくう~ん……」
『泣き過ぎだろ、賢治……』
「だ、ってえ、もう、あえないってえ……うえぇ」
『一度は整理を付けたんだろう? それを思い出せ。それから賢治、2人の面倒を見てくれよ。あっちの2人は馬鹿だからな』
「うんっ……がんばるぅ……」
全員と話した総悟は、女神へと視線を向ける。4人を見て、女神は柔らかく頷いた。
『では、元の世界への門を開きましょう』
3人の背後の空間が歪み、白と黒が渦を巻く門が現れた。
『中に入ったら流れに身を任せてください。そうすれば元の世界へ戻れます』
3人はその門を見て、総悟へと目を向けた。
「総悟は一緒に入んねえの?」
『ボクは行き先が違うんだよ。だからここでお別れだ』
総悟の言葉に、悠馬は大きく息を吸った。無理矢理に笑顔を作る。
「うっし! じゃあな総悟! 俺らは毎日楽しく暮らすぜ!」
そう言って、悠馬は門へと跳び込んだ。
「じゃあな、総。次に会ったときは、オレらの自慢話を聞かせてやるよ」
亮太も門へと入る。
「ひぐ、またね、総くん! バイバイッ……!」
賢治も門へと入る。
3人が入った門は無重力状態だった。振り返れば、まだ総悟と女神の姿が見える。
3人の視界の中で、総悟が一歩前に踏み出した。
『ヨボヨボになって、孫に囲まれるまで生きろよ』
そう言って、総悟は、この世界で初めての満面の笑みを浮かべる。
『お前らとの最後の冒険は楽しかった。じゃあな、ボクの親友たち』
総悟の言葉に、3人は手を伸ばす。だが、その手は届かず、3人は急速に背後へと引っ張られて行った。総悟の姿が遠くなる。意識も薄れた……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます