第4話 第九依頼 王都を襲う邪竜を討伐せよ

 女神の加護によって体が強化されている3人は、王都手前の丘までノンストップで駆け抜けた。

 丘の上で、王都の様子を観察する。


「王都でか!! 竜もでか!!」


「……あれを倒すのは大変そうだな」


「でも、竜も傷付いてはいるみたいだよ」


 周囲を石の城壁で円形に囲っている王都。その上空を巨大な黒い竜が飛んでいた。時折王都へ向けて炎を吐いているが、それは王都を包む光のドームに遮られている。


 そして、竜が王都に近付く度に、城壁の上からは魔術や矢が竜へ向かって飛んでいた。その抵抗に、竜にも浅い傷は出来ているようだ。


「賢治、結界の残りって分かるか?」


「……たぶん、残り2枚。まだ大丈夫だと思う」


「それなら少し休もうぜ。さすがに疲れたし眠い。このまま行っても、すぐに集中力が切れるだけだろ」


「竜がうるさいけど、俺寝れっかなあ」


「大丈夫だ。お前はどんなときでも熟睡してる」


「ははは、とりあえず暗黒の猟犬ダーク・ハウンドを呼び出して警戒させるね。その間にみんなで休もう」


 すっかり野宿にも慣れた3人。素早く準備を終えて、すぐに眠りについた。




 数時間後、3人が起床する。


「ん~! 復活!」


「おう、だいぶ調子良くなったな」


「うん。すっきりしたね」


 起き上がった3人は、体をほぐしながら作戦会議を始める。


「とりあえず、アイツを地面まで落とさないと剣も届かないんだけど。どうにかなんね?」


「オレも同じだな。地べたで盾振ってもどうにもならねえ」


「竜を下ろすのは僕がやるよ。この杖のおかげで『遅延の闇鎖』がパワーアップしたんだ。『多重詠唱』と組み合わせれば、竜も捕まえられると思う」


「じゃあ、そこは賢治に頼んだ。俺は竜が落ちて来たら、飛べないように翼切っとく。また飛ばれたら困るし」


「それならオレは、悠が翼を切るまで龍を押さえ込んでおくか」


「悠くんが翼を切った後はどうしよう。僕も攻撃に加わった方がいい?」


「そうだな。賢は悠と一緒に攻撃に回ってくれ。オレ1人で竜を押さえるのが難しそうだったら補助を頼む」


「うん。分かった」


「よっし! 作戦会議終わり! 行こうぜお前ら! 目指せドラゴンスレイヤー!」


「おう、やってやるぜ!」


「うん。頑張るよ!」


 互いに拳を打ち鳴らし、3人は竜の元へと足を進める。竜退治の始まりだ。




 王都の城壁、その手前で、悠馬と亮太は竜を見上げる。


 賢治は魔術ための集中に入っており、2人は賢治を守る体勢だ。


「……ドラゴンの肉って、美味いかな?」


「急に何を言い出した……」


 悠馬が奇妙な言動をするのはいつものことだ。


「いや、あの竜ってすごいデカいじゃん? そしたら、こう、どんくらい肉が取れるかが気になってさあ。でも、肉が大量に取れても、不味かったら食えないよなあ……」


「……肉食の動物の肉ってのは、基本的にあまり美味くないんじゃなかったか? ドラゴンに当てはまるのかは知らねえけど」


「ん~、確かに草を食うようには見えねえなあ。ダメかあ」


 緊張感のない会話をする2人の後ろで、賢治が目を開ける。


「2人とも、準備できたよ」


「おっ、りょーかい! それならはじめっか!」


「頼んだぜ、賢。デカいのかましてやれ」


「うん、行くよ」


 賢治が握り締めた杖を中心に、闇が渦を巻く。渦はやがて賢治の周囲で別れ、いくつもの闇の塊となった。

 賢治が上空の竜を睨む。


「縛って!! 遅延の闇鎖スロウ・ダークチェイン!!」


 賢治の叫びと共に、周囲に浮いた闇の塊から、勢いよく漆黒の鎖が射出された。唸りを上げながら、鎖は意思を持ったように竜を目指す。


 攻撃が届くとは思っていなかったのか、これまでの戦闘で疲労していたのか、竜の回避は遅れた。


 漆黒の鎖が、竜の全身へと絡み付く。


 翼を無理やり畳まれた竜は、なす術なく地上へと落下を始めた。竜は怒りの咆哮を上げるが、絡み付いた鎖からは抜けだせない。


 それを見て、悠馬と亮太は走り出す。


「呑気に飛んでるからだぜ、トカゲ野郎!」


「油断大敵ってなあ!」


 地面へと迫る竜の巨体。その落下位置目掛けて、先行したのは亮太だ。


「初撃はもらうぜ! 膂力増加ビルドアップ! 光の盾シャインシールド! 食らいやがれ!! 盾打撃シールドバッシュ!!」


 落下してくる竜。その頭部目掛けて、巨大な光の盾がカチ上げられる。


 激突。周囲に響いたのは膨大な衝突音。


 竜は首だけを跳ね上げたまま地面へと衝突した。衝撃で大地が揺れる。その上で、割れた竜鱗と牙の欠片が太陽の光を浴びて輝いた。


「ぐうっ、いってえ……っ! 悠!!」


 自身も反動を受けた亮太が、悠馬の名を叫ぶ。竜は落下のダメージと頭部への打撃で動けない。今がチャンスだ。


「ナイス亮太! あとは任せろ!」


 悠馬は竜が落下した揺れを跳躍で回避していた。着地した体勢から、そのまま前へと走り出す。


「輝けデュランダル3号!! 加速アクセル! そんで~っ限界突破リミットブレイクッ!!」


 踏み込んだ地面が陥没し、悠馬は限界を超えた加速を行った。剣の軌跡が光の尾を引く。


 直後。周囲に響き渡ったのは、一つに聞こえるほどの連続した斬撃音。倒れ伏した竜の右翼。その根元で、幾線もの光が走る。


 たった数秒で、竜の強靭な翼が切断された。土砂降りのように血が零れ、竜は苦痛に満ちた咆哮を上げる。

 自分を害した者を振り払おうと竜が体を揺らすが、悠馬はもうそこにはいない。


 ザッ、と、悠馬は亮太の後方へと着地した。


「ふうぅ、解除」


「体は大丈夫か?」


「まだまだ行けるぜ! アンジェリーナさんの腕輪のおかげだな!」


 悠馬が腕輪の嵌った左腕を突き上げる。その効果は疲労軽減。限界突破との相性はいい。


「それなら、こっから本番だ。くるぜ」


 2人の目の前で、竜が起き上がる。縦に割れた瞳孔には、怒りと憎しみが溢れていた。無理矢理に、賢治の鎖が引き千切られていく。


「さすがは竜。回復が早いな。翼の血がもう止まってる。こりゃ持久戦は無理そうだ」


「それでも新しいのが生えて来ないなら行けんだろ! 次は首をもらうぜ!」


 話す2人に向かって、竜が前脚を振り上げる。亮太は盾を構えて前へ出た。


「悠! 攻撃は頼んだ! おおりゃあ!」


 振り下ろされた竜の前脚を、亮太は盾で逸らす。衝撃が強すぎたのか、亮太の表情が歪んだ。


 その様子を視界に入れながらも、悠馬は竜へと突撃する。個々の役割はとっくに決めている。迷うことはない。


「行くぜ、羽トカゲ! その首真っ二つにしてやるよ!!」


 悠馬が加速する。竜の体を器用に踏み、あっという間に首元へと駆け上がった。


「おっしゃあ!!」


 女神から与えられた剣が振るわれる。その切れ味は恐ろしいほどに鋭い。一太刀ごとに、竜の鱗が切り飛んでいく。


 自身の急所への攻撃に、竜は前脚を振おうとする。だが、それは全て亮太が妨害した。


 苛立ち混じりの咆哮を上げ、竜が悠馬に向けて牙をむく。


 竜眼が悠馬を補足し、動こうとした瞬間、飛来した漆黒の槍が竜の頭部へと直撃した。賢治の魔術だ。


 竜が痛みに顔を逸らす。


「ナイスだ賢治! 一閃スラッシュ!!」


 悠馬の剣が、竜の首の肉まで届く。


 その痛みに危機感を覚えたのか、竜は体を急激に回転させた。残った翼も振り回し、悠馬と亮太を弾き飛ばす。


「うお、と、とお! あぶねえ!」


「くっそっ、さすがに全身を押さえ込むのは無理だ!」


 距離が開いた2人に対し、竜は大きく口を開けた。喉奥には赤い光が見える。


「ブレスとかマジかよ! まだ首の傷治ってねえだろ!!」


「オレらが避けたら賢に当たる! 防ぐぞ悠!!」


 亮太がブレスを防ぐために前へ出る。


光の盾シャインシールド!! そして行くぜ必殺!! 反射盾リフレクション!!」


 亮太が展開した盾目掛けて、竜が勢い良く炎のブレスを吐き出した。地面を焼き焦がしながら進んだ炎が、亮太の盾へとぶつかる。


「自分の攻撃を喰らってろ!!」


 盾にぶつかった炎が、本来ならあり得ない軌道を描いて跳ね返った。竜の体にブレスが当たる。だが……。


「はあっ!? お構いなしかよ!!」


 自分の炎を浴びながらも、竜はブレスを吐くのを止めない。それは憎しみによる衝動か、それとも亮太の限界を狙った計算か。

 いずれにせよ、亮太の表情は険くなった。だが、


「オレの時間切れ狙いかあ!? だけど残念だったな! オレらは3人にいるんだぜ!!」


 亮太の叫びに重なるように、竜へと向かって漆黒の鎖が幾本も飛来した。


 ガアアアアッ!?


 巻き付いた鎖が竜の首元を締め付ける。


 炎が止んだ。


「悠!! 行けえ!!」


「2人とも完璧だぜ! 限界突破リミットブレイク!!」


 悠馬が弾丸のように飛び出す。狙いは動けない竜の首。全力で加速を付けた剣が、竜の首へと叩き込まれる。


「最大威力だ! 一閃スラッシュ!!」


 悠馬の全力の斬撃。それは竜の首を骨まで断った。切断された竜の首が自重でズレ落ちていく。その竜眼に、もはや憎しみは映っていない。


 加速した勢いにより、竜の後方まで進んで着地した悠馬は振り返り、落ちていく首を見て剣を空高く振り上げた。


「うおっしゃあ!! 勝った!!」


 悠馬の様子を見て亮太はガッツポーズを作り、賢治は疲れたように座り込む。姿勢は別々だが、3人とも浮かべた笑顔は一緒だった。


 邪竜の討伐は無事に完了だ。





 首の落ちた竜の前で、3人が並ぶ。


「俺たち大勝利! 今度からドラゴンスレイヤーって名乗ろうぜ!」


「名乗るのは勇者じゃなかったのか? まあ、いいけどよ。しっかし、よく勝てたなあ、これ」


「本当にね。竜が万全の状態だったら危なかったと思う」


 楽観的な悠馬に対し、亮太と賢治は危機感のある表情だ。


「いいじゃんか。勝ちは勝ち! 今は勝利を祝おうぜ!」


「祝いの前にもうひと眠りしたいとこだな。気が抜けたせいか眠い」


「兵士の人達には僕らの戦いが見えてたはずだし、お願いすれば寝る場所くらいは用意してくれるんじゃないかな?」


「メシも用意してくれっかな。動いたせいか腹減った」


「うん。僕も温かいものが食べたいな。兵士の人達も動き出したし、門の方に行ってみようか」


「よっし! じゃあ行ってみようぜ! メシ食って寝たら王都観光だ!」




「いいや、貴様らはここで死ね」




 至近から聞こえた声に、3人は一斉に振り替える。


 そこにいたのは一人の男だ。灰色の肌に白の長髪。頭の両側からは捻じれた角が生えている。その手には一本の長剣。


 刺すような殺気と共に、男の手が動く。視線の先は賢治だ。


 男の動きに亮太が反応した。盾を構えて賢治の前に出る。


「が……っ!?」


「う……」


 だが、男は構わず無造作に剣を振り抜いた。亮太は盾ごと吹き飛ばされ、背後にいた賢治もろとも地面を転がる。


限界突破リミットブレイク!」


 瞬時に悠馬が加速する。男の首を狙った高速の一太刀はしかし、相手の剣に止められた。


「遅いぞ人間」


 表情一つ変えずに男は言い、悠馬を蹴り飛ばす。


「ぐほ……っ!?」


 勢いよく悠馬が飛ぶ。攻撃を喰らう瞬間に自分で背後へ跳んでいたようだ。腹部を抑えながらも、目の前の男から目を逸らさない。


「我が竜を倒すとは、やってくれたものだ。おかげで余計な手間が増えた。この無駄は貴様らの命で払え」


 男の言葉を無視して悠馬が走る。


「はあっ……!」


 繰り出したのは高速の連撃。小刻みに位置を変える悠馬の姿は霞んで見える。


 だが、それも、目の前の男には通用しなかった。悠馬の剣の全てが弾かれる。その間、男は一歩も動いていない。


「遅いと言ったはずだ」


 悠馬の剣を受け流し、男が剣を振るう。横凪のその一撃を、悠馬は自身の剣で受けた。


「がああっ!?」


 防御したはずの悠馬が数メートル宙を舞う。衝撃で痺れたのか、受け身すら取らず地面に落下した。


「がっ……くそっ……!」


 指先が地面を削るが、立ち上がることもできない。


「貴様ら殺し、忌々しい結界を割り、我はこの都を手に入れる」


 男が悠然とした足取りで悠馬へと迫る。


遅延の闇鎖スロウ・ダークチェイン!!」


 響く高い叫び声。男の周囲を漆黒の鎖が舞う。


「ほう」


 鎖は幾重にも巻き付き、男を縛り上げた。そこへ亮太が突撃する。


 2人は倒れたふりをしたまま、反撃のチャンスを窺っていたようだ。


「食らえ!! 盾打撃シールドバッシュ!!」


 動かない男の顔面目掛けて盾が迫る。


 だが……。


「先に死ぬのはお前か?」


 男の左腕が亮太の盾を掴んで止めた。砕かれた鎖の破片が落下する。


「くそっ!!」


 亮太が引こうとするが、男が掴んだ盾はピクリとも動かない。そのまま男が動く。


 盾を腕に装着している亮太ごと、男が盾を捻った。亮太の体勢が崩れる。そこへ男が踏み込み、剣が振られる――


 瞬間に、賢治が叫んだ。


「縛って!」


 声に従い残っていた鎖が動く。だが、縛る対象は男ではなかった。男の振るう剣へと鎖が巻き付く。


「がっはっ……!!」


 男の斬撃は打撃となって亮太を襲った。亮太が再び吹き飛ぶが、体は切られていない。


「仲間を守ったか。だがそのせいで貴様は攻撃も出来ず、自らを守ることもできない」


 男の剣が青い光を帯びる。


「では死ね」


 振られた剣から青い光が分離する。それは弧を描いた斬撃の軌跡のまま、賢治へと迫る。


加速アクセルっ!!」


 飛ぶ青い斬撃へ向けて、悠馬が体勢を崩しながらも剣を叩き付けた。斬撃の軌道が僅かにズレる。

青の斬撃は賢治を通り過ぎ、背後の地面が裂けた。


「まだ動けたか。だが、次は耐えられるか?」


 男の剣が、先程よりも大きく光る。眩しい程の青い光で、剣は青く燃え上がっているようだ。


「くっそが……」


 亮太は地面に倒れたまま動けない。賢治は無傷だが、肉体面では最も弱く、魔術を使うよりも相手の飛ぶ斬撃の方が早い。


 そして、剣を構える悠馬は満身創痍だ。腹部へのダメージが抜けていないのか、足が震えている。


 対して、相手は一切消耗していない。涼しい顔で悠馬を見ている。


「まとめて消えろ」


 青く輝く男の剣が振りかぶられる。ボロボロの3人に勝ち目はない。悠馬1人では、2人を連れて逃げることもできないだろう。


 逆転の手はない。


 このままでは全滅するのみだ。


 3人を救う者はおらず、奇跡は起こらない。



 ならば・・・ボクが行こう・・・・・・

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る