第2話 第八依頼 狙われた王女を守り抜け
迷宮を攻略して2日後。3人はある街の食堂にいた。
「いやあ、迷宮が崩れたのはマジで焦ったなあ。全員無事で良かった、良かった」
「ホントにな。石像と戦うよりも危なかったぞ」
「怪我もないのは運が良かったよね。次は帰りのこともちゃんと考えないと」
迷宮からの脱出の際、通路が崩れたり、賢治が転んだり、焦って道を間違えたり、と、危うい場面はいくつかあったが、3人は無事に切り抜けることが出来た。実に幸運な3人だ。
「まあまあ賢治、反省は後にしようぜ。今は7個目の依頼達成の打ち上げだ! ほら、もう料理が来たぞ!」
悠馬の言う通り、この店の看板娘らしい少女が、大量の皿を器用に持って3人の元へと近づいて来ている。
「……まあ、反省会は後でいいな。賢、今は食うのに集中しようぜ。オレも腹減った」
「うん、そうだね」
亮太が腹をさすりながら言い、賢治は2人の様子に仕方なさそうに笑った。
そうこうしているうちに、看板娘が3人の元へと辿り着く。
「はい、おまちどー。まだ料理は来るからね。残しちゃダメよー?」
「「はい! もちろんです!」」
「えと、気を付けます」
ウインク付きの看板娘の言葉に、悠馬と亮太は勢いよく返事をする。賢治も照れた様子だ。
悲しいかな、彼らは年頃の男子高校生、美人にはとても弱い。
笑みを残して去って行く看板娘を、呆けたようにしばらく目で追った後、悠馬が我に返ったような表情をする。
「早く食わないと料理が冷める! 乾杯するぞ2人とも!」
「おう」
「うん」
3人が木製のコップを目の前へと掲げる。中身は酒ではなく、ただの果実の搾り汁。つまりジュースだ。
「女神様の依頼を無事に達成できたことを祝して~、カンパイ!」
「「カンパ~イ!」」
テーブルの中心で、3つのコップが打ち鳴らされる。その音すらも楽しむように笑い、3人は自分のコップを口元に運ぶ。
「んぐんぐっ、か~っ、うめえ!」
「おっさんかよ」
「はははっ」
わいわいと騒ぎながら、3人は食事を開始した。
20分ほど後、ある程度腹が膨れた3人は会話を増やしていく。
「あの石像で7個目の依頼だろ? てことは、8、9、10、残り3つだ! 終わりが見えて来たな!」
「暗算できなかったのかよ、悠」
「はあ!? できたし! いちようだよ、いちよう!」
「
「はははっ、樋口かよ」
「うるせえお前ら! 細かいことは気にすんなよ! それよりも今回の報酬を見てみようぜ! 賢治、アレ出してくれ」
「うん」
悠馬の言葉に、賢治は鞄の中を探る。取り出したのは丸まった羊皮紙だ。かなり古い外見をしている。
亮太が食べ終わった皿をテーブルの端に寄せ、中央にスペースを作った。その開いたスペースに、賢治が羊皮紙を広げる。
「おっ、出てる出てる。格好いい技だったら嬉しいな、と」
「前回が新しい技だったから、今回はまた能力アップじゃね?」
「僕は補助系の魔術が増えて欲しいなあ」
各々好きに言い、羊皮紙を覗き込む。この羊皮紙は、ただの羊皮紙ではない。女神から与えられた特別な品だ。
記載されているのは女神からの依頼と、その報酬。依頼を達成するごとに、羊皮紙を通して女神からの報酬を受け取ることができる。
「え~と? 俺のは……
「オレのは
「僕の分は
「……賢治の魔術の名前って、変じゃね?」
「え、と、女神様が付けた名前だから、あまり変って言わない方がいいんじゃないかな?」
「それはもう、変だって認めてるじゃねえか」
女神によると、『分かり易いような名前を付けました』らしいので、本来のネーミングセンスではないのかもしれない。
「まあ、効果はいいし、名前が変わってるくらいはいいんじゃね? それよりも、早く受け取ろうぜ」
そう言って、悠馬が自分の報酬が書かれた部分に触れる。2人もそれに倣った。3人が同時に触れた途端に、羊皮紙の文字が一瞬光る。
「お、来た来た」
「ああ、覚えたな」
「うん。でも不思議な感じだよね」
女神からの加護は、受け取ると自然に使い方を理解することができる。3人も新しく手に入れた力を把握したようだ。
3人が報酬を受け取ったことで羊皮紙からは文字が消え、別な文章と絵が浮かび上がる。
「次の依頼も出たな」
「トレント、スケルトン、ゴーレムと来たから、次は何だ? 強い方のスライムか?」
「ん~? 討伐依頼じゃないみたいだよ?」
賢治の言葉に、悠馬と亮太は羊皮紙を覗き込む。
「は? 狙われた王女を守り抜け?」
「急に依頼の内容が変わったな。王女は何に狙われてんだ?」
「う~ん、そこまでは書いてないみたい。でも、場所と時間は指定されてるよ?」
羊皮紙には新たに地図も浮かび上がっている。地図上には、現在地と目的地、依頼の日時が記載されていた。
「ええと、そんなに遠くはないみたいだね。依頼の時間にはちゃんと間に合いそうだよ」
「王女って、お姫様だよな? 普通、城にいるんじゃねえの?」
「地図を信じるなら違うんだろ。しかし、かなり辺鄙な場所だな。お姫様は攫われたのか?」
「姫って攫われるもんなん?」
「知らねえけど、攫われた姫~、とか、囚われた姫~、って良く聞かね? ピーチ姫とかもそうだろ」
「あ~、確かに」
悠馬が納得したように頷く。姫は本来厳重に警護されているはずなので、もう少し深く考えるべきだろう。
「よし! じゃあ、姫の救出作戦だな。俺がマリオをやるぜ!」
「は? じゃあオレ、ルイージ」
「え、え? ぼ、僕、キノピオっ」
「……ヨッシー役が足りねえなあ。総悟がいれば完璧だったのに……」
「いねえもんは仕方ねえだろ。戻ったら自慢してやろうぜ」
「そうだね。総くんの分も頑張ろう!」
「……そうだな。うっし! 次の依頼も頑張るぜ! おおー!」
「おう!」
「お、おー!」
3人は腕を掲げ、王女救出に向けて気合を新たにした。3人の次の旅が始まる。
ちなみに騒ぎ過ぎたせいで、あとで看板娘に叱られた。
◆
数日後。王国辺境の村近く。
「……なんもねえなあ」
「よく見ろ……畑はあるだろ」
「畑しか見えない……かな?」
3人の言う通り、歩いている道の両側には広大な畑が広がっている。視界に入るのは畑ばかりだ。人口が少ないのか、人の姿すら見えない。
「こんなところにお姫様なんかいるのかよー……」
「羊皮紙の内容は今まで全部当たってるし、今回もいるんじゃねえのー」
「地図の場所はもう少し進んだ先だし、畑を越えれば景色も変わるんじゃないかな?」
賢治の言う通り、羊皮紙が示す場所は畑を越えた地点だ。
「……もしかして、お姫様が野菜つくってんのかなあ」
悠馬がバカなことを言い出した。
「姫さまの手作り野菜……高く売れそうだな」
「ははは、味は変わらないと思うけどねー」
「バッカ、こう、プレミア感があるだろっ」
「いや、お姫様が美人かどうかにもよるんじゃねー?」
「……え? お姫様が美人じゃないとかありえんの? 俺、ちょー可愛いお姫様を助けるつもりでいたんだけど。違ったら俺のモチベーションどうすんだよ」
「知らねえよ。顔が普通でも、助けたら褒美に何かくれんだろ。そっちでやる気出せ」
「悠くん、人を助けるのはいいことだよ?」
「いやでも、美人だった方がやる気は出るだろ?」
「そりゃあな」
「……否定はしない、かな」
男子高校生3人。やはりどうせ助けるなら美人の方が良いのが本音のようだ。
王女について勝手にあれこれ話すうちに、3人は目的地へと到着した。畑を抜けた先にあったのは草原だ。離れた場所には森と山が見える。
「着いたー、けど、やっぱりなんもないな。ただの原っぱじゃん」
「お姫様どころか人の影も見えないな。賢、依頼までの時間はどんくらいだ?」
「う~ん。時間的にも、もうぴったりくらいなんだけど……」
首を傾げる賢治の隣。ぼうっと空を見上げていた悠馬がピクリと反応した。
「なんか来る……馬車?」
悠馬が目を細めて草原の先を睨む。視線の先では土埃が上がっていた。微かに戦闘音も聞こえて来る。
「良く見えねえけど、戦ってるみてえだな。どう考えても、あれが依頼関係だろ」
「たぶんそうだね。依頼の内容を考えると、襲われてるのはお姫様だと思う」
「よっし! それなら助けに行くぜ! お姫様救出作戦、開始!」
「おう!」
「うん!」
悠馬が走り出し、亮太と賢治が続く。戦場と3人の距離は急速に縮まって行った。
3人が接近したことで、状況が良く見えるようになる。
全速力で走る馬車。馬を操る中年の御者は必死な表情だ。馬車の左右には、騎乗した鎧姿が2人。兜まで被った完全防備だ。騎士のように見える。
そして、その騎士2人に襲い掛かっているのは、悪魔のような外見をした3体の獣だった。強靭そうな四肢に、一対の翼。頭部は醜悪に歪んでいる。
「うおっ、キモ! 明らかに悪い奴じゃねえか。そこのお二人さん、助太刀するぜ!」
「貴方たちは!?」
くぐもった声で、騎士の片割れが聞いてくる。
「話は後だ! 行くぜ!
「縛って!
亮太が襲い掛かって来た魔獣を盾で吹き飛ばし、体勢の崩れた魔獣を賢治の魔術が縛る。
「はっはあ!! いただきぃ!! 輝け俺のデュランダル2号!!」
動けない魔獣へと、悠馬が高速で踏み込んだ。
「
ザンッ、と、魔獣の胴体が両断された。
悠馬は疾走の勢いのまま通り過ぎ、魔獣は力を失い落下する。しかし地面に落ちる前に、その体は塵となって消えた。草原には血の一滴も残っていない。
「うお!? 消えた!?」
魔獣の姿が消えたことに、悠馬は驚きの声を上げる。
「この魔獣たちは、異界の魔人が生み出した眷属だ! この世界での存在を確立していない故に、死ねば消える! 気にしなくとも良い!」
「おお!? 良く分かんないけど、解説ありがとう騎士の人!!」
騎士の説明に、悠馬はあまり分かっていなそうな様子で返事をする。
「素材も落とさないとはケチな奴らだ! 亮太! 賢治! 残り2匹もやるぞ!」
「おう! 叩き落としてやるぜ!
「
空を飛ぶ魔獣へと亮太が光の盾をぶつけ、地面近くにいた魔獣には、賢治が呼び出した闇色の猟犬が食らいついた。
2体の魔獣の動きが止まる。
「よし! やるぜ!
叫んだ悠馬の姿が掻き消える。一瞬後に、草原を勢いよく削って減速しながら再び悠馬が現れた。
「ふうぅー……解除」
深く呼吸をする悠馬の背後で、2体の魔獣が爆散して消えた。
その様子を見て、亮太と賢治も戦闘体勢を解く。
「やっぱりすげえなあ、その能力。オレでも目で追うのが大変だぜ」
「僕は全然見えないよ。すごいよね」
「はっはっはあ。そうだろう、って、イテテテテッ」
胸を張った悠馬が、そのままの姿勢で体を引き攣らせる。
「これ強いんだけどなあ。いてて、発動した後に体が痛いのがきつい」
「どんくらい痛いんだ?」
「酷い筋肉痛くらい?」
「寝る前にマッサージした方がいいかもね」
「あー、話し掛けてもいいだろうか?」
完全に身内のノリで会話する3人に、騎士の一人が近づいてくる。
「あっ、ごめんなさい。そちらはお怪我はありませんでしたか?」
3人を代表して賢治が謝った。人の話を聞くなら、3人の中では賢治が適任だ。悠馬では話が逸れ続ける。
「ああ、貴方たちのおかげで全員無事だ。礼を言う」
「それは良かったです」
馬車も含めて無事だったようだ。
「この恩は私の名に懸けて返そう。だがその前に、貴方たちの所属を聞かせてもらいたい。なぜ……このような場所に腕利きの戦士が3人もいたのか、私はそれを確かめる必要がある」
騎士の言葉に、賢治の顔が引き攣る。3人に所属はないし、女神のことは他人に話していけないという約束がある。
「え~と……僕たちは旅人なんです。なので、所属とかは特にありません」
「そうそう、根無し草ってヤツですよ」
「タンポポの綿毛みたいな感じですよ!」
馬鹿なことを言う悠馬を、亮太が横目で睨んだ。
案の定、騎士からの滲み出る不信感が増す。
「旅人、か。では、何のためにここにいた?」
「え~と……それは……そのう……」
上手い言い訳を見つけられない賢治を見て、悠馬が動く。
「ちょっとタイム! お願いします!」
「は……?」
呆然とする騎士から背を逸らし、悠馬が2人と肩を組む。
「よーし、タイムだ。作戦会議しようぜ。てか、俺たち助けたのに、なんでこんなに怪しまれてんの? ゴツイ鎧じゃなくて、可愛いお姫様と話したいんだけど……っ」
「はあ……バカ悠馬。でも、悪くない判断だったかもな。下手に嘘を吐くと戦いになりそうな雰囲気だ」
「うん……ごめんね。とっさに上手く話せなくて……」
「気にすんなよ、賢治。嘘を吐くのは得意じゃない方がいいぜ。で、どうする?」
「お前はノープランかよ……。女神様のことは伏せて、素直に喋るしかねえんじゃねえか? オレたち、別に悪いことなんてしてないしよ」
「ええと……王女様を助けに来たことは言ってもいい、かな?」
「いいんじゃないか? 聞かれたら、美人の占い師から言われた、とかにしておこうぜ」
女神が美人占い師にランクダウンした。
「よし! 作戦会議終わり! 戻ろうぜ!」
3人がくるりと向きを変える。
「……終わったか?」
騎士は律儀に待っていてくれたようだ。
「はい! お待たせです!」
「……では、なぜこのような場所にいたのか、聞かせて欲しい」
「ええと、僕たち、王女様を助けるように言われたんです。この場所に来るからって」
「……っ! いったい、誰にだ……?」
騎士の迫力が増した。王女がここにいるのは秘密らしい。
「え、と……美人な占い師さんから?」
「本気か……? その占い師は何者だ?」
「ご、ごめんなさい。僕たちも一回しか会ったことがないので、詳しくは分からないんです」
こちらは本当だ。女神とは一度しか会ったことがなく、詳しくも知らない。
「……」
騎士は黙って3人を観察する。沈黙が重い。
沈黙に耐えかねた悠馬が動こうとしたのを、亮太が殴って止めた。くぐもった悲鳴が沈黙を破る。
「……はあ、分かった。貴方たちの言うことを信じよう。どうやら私たちへの害意はないようだ」
3人の様子に気勢が削がれたのか、騎士が体の力を抜く。
「顔を隠したままで申し訳なかった」
騎士の両手が兜へと伸びた。留め金を外して出来た隙間から、長い金髪がこぼれ落ちる。
「私はアンジェリーナ。貴方たちが助けようとした王女とは私のことだろう」
兜の下から現れたのは、非常に美しい顔だった。王女と言うに相応しい気品が見える。
「ぐ、ぐはあっ!!」
「は……?」
悠馬が急に膝から崩れ落ちた。この3人の前では、真剣な空気は長続きしない。
「ゆ、悠くーん!」
「あー……」
「……いったい、どうしたのだ?」
王女はさすがと言うべきか、驚きを飲み込んで平静を保っている。そして驚きの原因、膝立ちになった悠馬はと言えば、顔を両手で覆ってボソボソと喋っていた。
「……駄目だ……美人すぎるだろ……」
亮太が王女と悠馬の間に入りながらフォローする。
「あ~、すみません。あのバカは馬鹿なんで、放っておいてください。気にしなくていいです」
「………………そうか」
長い沈黙の後に、王女はそう言った。青い瞳にはひたすらに困惑が浮かんでいる。
「……やべえ……やべえよ……」
葛西悠馬。何がとは言わないが、洋モノを心から愛する男子高校生だ。王女の美貌は刺激が強すぎたらしい。
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