光闇の女神と男子高校生な勇者たち

善鬼

第1話 第七依頼 地下迷宮の主を討伐せよ

 地下迷宮の最奥部。巨大な柱が立ち並ぶ広間で、4つの影が動き回る。


 1つは5メートルを越えようかという巨体だ。その姿は石で作られた人型。無機質な相貌で周囲を睥睨し、両手に持った巨大な斧を振り回している。


 残りの3つの影は十代半ばの少年達だ。石像の攻撃を掻い潜りながら、慎重に攻撃を重ねている。


 今もその内の1人が暴れる石像の隙を突いて、その脚部に長剣を叩きつけた。だが、石像はそれを物ともしない。


「こいつってえぞ! 全然刃が通られねえ! 賢治! 動き止められないのかよ!」


 衝撃に痺れた手を振りながら叫ぶ少年の名は葛西悠馬。3人の中で最も背の高い少年だ。悠馬の叫びに、離れた位置で魔術を操る小柄な少年、東郷賢治が反応する。


「さっきからやってる! だけどこいつ力強すぎだよ! 効果薄い!」


 賢治の言葉の通り、石像を縛る闇の帯が時折姿を現すが、その効果は石像の動きを一瞬遅らせる程度でしかない。


 2人の会話に、残りの1人、盾を構えた中肉中背の少年、北山亮太が石像の斧を必死に受け流しながら叫ぶ。


「つうかこいつゴーレムとかそういう奴だろ!? 核みたいな奴を壊さないと止まんねえんじゃねえの!?」


 亮太の言葉に、悠馬と賢治は石像の体へと視線を走らせる。ゴーレムの核、それに該当しそうな物は一つ。石像の胸の中心に半分ほど埋まっているバスケットボールサイズの赤い玉だけだ。


 その玉を見つめて、悠馬は嫌そうに呟く。


「真正面て、一番あぶねえところじゃん……しかも剣届かねえし」


 5メートルある石像の胸部。近づけば見上げる高さだ。剣で切ろうとすれば跳び上がる必要があるだろう。もちろん、無防備な跳躍を見逃すほど石像は優しくはない。


 ゴーレムの押さえに亮太を残し、悠馬は賢治の元まで下げる。


「賢治、攻撃魔術で壊せねえ?」


「最大火力なら何とかなる……かも? でも、誘導とかないから、あいつの動きを止めないと当てられないと思うよ」


 その重量からは考えられないほどに、石像の動きは軽やかだ。今も斧の連打を亮太目掛けて降らせている。攻撃の対象は常に至近にいる人間だ。石像の判断能力があまり高くないのは3人にとって幸いだろう。


 悠馬が長剣を肩へと載せながら、前にいる亮太へと声を掛ける。


「亮太~。そいつ転ばせられねえ~?」


「無理!! つうかお前ら話してないで早く来いよ!! うっおりゃあ!! こっちはもう盾が曲がって来てるんだけど!?」


 亮太が盾を操る技量はかなりのものだが、防御に集中しても石像との一対一は厳しかったらしい。迷宮に挑む前に購入したばかりの盾も、無残に変形し始めている。


「仕方ねえ。賢治。俺と亮太で囮やるから、タイミング見てデカいの当ててくれ」


「うん、分かった。やってみる」


 賢治に声を掛け、悠馬は石像目掛けて走り出す。


「亮太! 交代!」


「おっけー! 任せた! おりゃあ!!」


 悠馬の声を聞き、亮太は石像の攻撃を大きく弾く。僅かに体勢がズレたその隙に悠馬が飛び込み、亮太は後ろへと下がった。


「はっはあ!! 石野郎! 全部避けてやるぜ!」


 言葉通りに、悠馬は石像の足元で高速に移動する。剣は攻撃を逸らすだけに使い、ひたすら時間を稼ぐ体勢だ。


 その後ろで亮太は衝撃で痺れた腕を休め、息を整える。


「ふはあ、疲れた~。ケン、あとどれくらい?」


「あと3分くらい!」


「おーけー。あと少ししたら戻るか……」


 そう言いながら、亮太は前方の戦いを見る。亮太の前では、悠馬が不規則に動き回りながら石像の攻撃を躱していた。


「おせえぞ、ノロマ野郎!! そんなんじゃ蚊が止まっちまうぜ!!」


「……ユウ~。それたぶん“はえ”だぞ~」


 悠馬の発言に、亮太が突っ込みを入れる。悠馬は抜群の運動神経を誇るが、残念ながら頭は良い方ではない。


「はあ!? 蚊の方が止まられたら嫌だろうが!! 血ぃ吸われちまうんだぞ!?」


 ステップ一つで石像の攻撃を躱しながら、悠馬は仰天の顔をする。


「いや、知らねえよ。それより、そろそろオレも復帰するぞー」


「おう! 2人で賢治のための時間稼ぎだ。はっはあー!! 石像野郎! 蚊みてえに鬱陶しく纏わりついてやるよ!」


 悠馬本人が蚊の役らしい。戦闘にはもう少し緊張感が必要ではなかろうか。


 とはいえ、緊張感が薄くても、防御だけに専念すれば石像の攻撃を凌ぐのは難しくはないようだ。


 亮太が戦線に戻ったことで負担は分散され、危なげなく攻撃を防ぐことができるようになっている。


 このまま行けば時間稼ぎは成功だろう、というところで、亮太があることに気付いた。


「あの赤い球、なんか光ってねえ?」


 石像の胸にある赤い球。核と思われる部位が発光を始めている。どう考えても、良い兆候には見えない。


 亮太と悠馬が見ている前で核の輝きは増し、それとは逆に石像の動きは鈍くなった。


「あん? 3分経った?」


「いや、ウルトラマンじゃねえし、点滅もしてねえよ。何かこう、力を溜めてるみたいな……」


 力を溜めているような、という亮太の呟きを、悠馬が能天気に拾う。


「ロボットで胸にチャージしてんなら、だいたいビーム攻撃じゃね?」


「いや、こいつロボットじゃねえ、し……」


 そこまで言って、2人は顔を見合わせる。


「やばくね……?」


「やべえだろ……」


 バッ、と2人は同時に賢治に振り返った。


「賢治! あと何秒!?」


「よ、40秒~!」


ケン! 移動は!?」


「今は無理ぃ~!」


 ビームを出すかもしれない石像に対し、魔術を準備中の賢治は動くことができない。


「うおっやっべえ! ビームって避けれんの!? 光速ってどんくらいだっけ!?」


「光速は1秒間に地球7周半だろ!」


「え!? それ避けんの無理じゃね!?」


「2人とも前~! やばそうだよ~!!」


 賢治の声に、悠馬と亮太は石像へと目を向ける。


 2人の視線の先で、石像は地面を踏みしめるように立ち、胸を張るように両手を構えていた。

 明らかにこれから何かをやる、という姿勢だ。


 その様子を見て亮太が叫ぶ。


「うおおお!! やるしかねえだろ!! 悠!! オレの後ろに回れ!!」


 悠馬が亮太の後ろに回るのと、石像の胸の核が激しい光を放つのは同時だった。


「切るぜ切り札! 必っ殺!! 光の盾シャインシールドおおおお!!」


 亮太の構えた盾。その前方から光輝く巨大な盾が出現した。亮太が女神から与えられた技能の1つ、“光の盾”だ。


 その盾に、石像が放った赤い光線がぶつかる。


「ぐっ……! 重っ!」


 盾にぶつかった光線はいくつかの筋に分かれて反射し、広大な室内を抉っていく。巨大な柱を貫通するようなその攻撃を、亮太は必死の形相で耐える。


 だが、光線の勢いは強く、亮太はジリジリと押されていく。鉄で補強したブーツが床材を削った。


 光の盾越しに、亮太は石像を睨み付ける。目を見開いて歯を食いしばり、浮かべているのは怒りの表情だ。

 自分の仲間を害する敵を、亮太は許さない。


 無理矢理一歩を踏みしめ、亮太は気合を入れるように吠えた。


「な、めんなよぉ!! おらあ!!」


 光の盾が形を変える。その変形に合わせ、反射していた光線の一筋が、石像の頭部を掠めるように走った。


 石像が体勢を崩す。光線は3人から逸れ、柱を幾本が破壊して細くなり、消えた。


「おっしゃ、成功!! ケン!!」


「うん! 行くよ! 暗黒の投槍:極ダークジャベリン:極!!」


 亮太のおかげで40秒は経過した。亮太が光の盾を消し、賢治のために射線を開ける。賢治の前方にある空間が捻じれるように歪んだ。現れたのは巨大な漆黒の槍。螺旋を描くように、闇の魔力が槍の周囲を巡っている。


「行って!!」


 賢治の声と共に、漆黒の槍が発射される。一瞬で加速した槍が石像へと迫った。


 しかし、石像が反応する。核を庇うように両腕が動く。


 石像の巨腕に迫る黒槍。両者が衝突し、盛大な破砕音を響かせた。


 ――砕けたのは石像の両腕だ。黒槍は両腕を破壊して進む。


 だがそこまでだ。両腕を破壊した黒槍は力を使い切り、石像の核にヒビを入れることしかできない。


「そんな……!」


「くそっ!」


「いいや、十分だ!!」


 悔し気な表情を浮かべる亮太と賢治を置いて、悠馬が猛然と走り出す。


「行くぜ、加速アクセル!!」


 悠馬の体が一瞬で加速。急激に石像への距離を詰める。両腕を破損した石像に、もはや攻撃手段はない。


「おおお!! 輝け俺のデュランダル!!」


 悠馬の持つ直剣が白く光り輝く。残光が尾を引く。光の軌跡を空中に残し、悠馬は石像の前へと跳び上がった。


「食らいやがれ!! 一閃スラッシュ!!」


 光の帯が弧を描いた。縦一直線の斬撃が、石像の核を両断する。


 割られた核の破片が床へと落下し、同時に石像も一切の動きを止めた。力の抜けた巨体が倒れていく。


 それらを全て器用に躱して着地し、悠馬が2人の元へと跳んで来た。


「勝ったぜ!!」


 どうだ! と言わんばかりに悠馬が胸を張る。


「おう! よくやった運動バカ」


「何とかなったね。助かったよ、悠くん」


 言いながら亮太と賢治が片手を上げる。ハイタッチの合図だ。


「はは、ちょっと待ってろ。さすがに剣持ったまんまじゃあぶねえから」


 悠馬が軽く剣を撫でると、白い輝きは消えた。剣の強化を切ったのだ。悠馬は満足そうに頷き、剣を鞘に収めようとする。


 いや、した。


 パキンッ、と、必死の戦闘の後では間抜けにも聞こえる音が、悠馬の直剣から鳴る。


「は……?」


「お?」


「あっ!」


 3人の視線が、折れて落下していく剣の刀身を追う。


 ガラン、ガラン、ガラン……。


 硬質な音を立てて、折れた刀身が床へと転がった。悠馬の手元にあるのは、長さが半分になった直剣だ。


「「「……」」」


 沈黙が降りる。亮太と賢治は哀れみの表情だ。


「……お」


 震えながら、悠馬が声を出す。


「俺のデュランダルがあー!!!」


 折れた刀身の前に、悠馬が愕然とした表情で膝を付いた。その様子に、亮太と賢治が顔を見合わせる。

 数秒間アイコンタクトをした2人は悠馬に近寄り、両側から肩を叩いた。慰めることにしたようだ。


「あ~……あまり気にするなよ、悠。装備なんて消耗品だ。オレの盾だって半分壊れたような状態だぜ? 街に戻ったら新しいの買えばいいじゃねえか。つうかそもそも、その剣普通の店売り品だろ? そんなに落ち込むことねえって」


「元気出しなよ、悠くん。新しい剣を探すのは手伝うからさ」


 2人の言う通り、悠馬がデュランダルと呼んでいる剣は、高価ではあるものの普通の剣だ。壊れたのなら買い替えれば済む。


「お、お前ら……」


 しかしながら、悠馬にとっては違ったらしい。顔を上げた悠馬が、キッと2人を睨む。


「お前らには自分の装備へと愛着ってもんがないのか!? この1ヶ月一緒に戦って来た相棒だぞ!? それが壊れてすぐに新しいのを買えばいいなんて、心がなさすぎるだろ!!」


「声がでけえよ。そうは言ったって、折れたもんは仕方ねえじゃねえか。そもそも、武器にそんなに感情移入すんなよ。デュランダルって何だよ。ただの鉄の剣だろ」


 呆れたように頭を掻きながら亮太が言う。悠馬の態度が面倒になったようだ。それに対し、悠馬が怒った様子で反論する。


「命を預ける相棒に名前を付けて何が悪いんだよ!?」


「いや、ただの剣だし……変だろ」


「変!? 変って言ったなあ!? そんなこと言うなら亮太だって変だろうが! 何だよ盾の技で必殺って! 必ず殺してないだろうが!! 盾の角で殴るのか!? 痛そうだなあ!!」


「はあ!? あれは分かってて言ってんだよ! 気合入れてんの分かれよ! あと何だよその半端な切れ方!」


「まあまあ、2人とも落ち着いて……」


 賢治が抑えに入るが、悠馬は止まらない。


「お前だって変だぞ賢治ぃ! ダークジャベリン極ってなんだよ!? そこはアルティメットじゃないのかよ!! 変だろ!? でも威力は良かったぞ!」


「え、いや、あれ、たぶん名前付けたの女神様だよ? 僕はそのまま言っただけだし。というか、え? 褒められた?」


 賢治が巻き込まれたことにより、状況は混沌としてきた。止める人間がいない。


「だいたいお前らは――」


 バゴンッ!!


 悠馬の言葉を遮るように、重い衝突音が響き渡る。正体は、天井から落下して来た構造物の破片だ。

 3人の視線が集中する。破片は頭にぶつかったら死にそうな大きさだ。


「「「……」」」


 さっきまでの勢いを忘れたように、3人は顔を見合わせて天井を見る。


「……ビームが天井まで届いたんかなあ」


「いや、柱が大量に折れたせいじゃねえか? 支えるものがなくなったら普通崩れるだろ」


「ねえ、なにかバキバキ鳴ってる音が聞こえない?」


 3人は息を潜めて耳を澄ます。


「……」


「……」


「……」


 ガゴンッ、とまた一つ破片が落下して来た。聞こえる破砕音が増していく。その音に、3人は揃って顔を青くした。


「に、逃げるぞお前ら!!」


「お、おう! 急いだ方が良さそうだ!」


「うわあ! 柱も倒れてきた!」


 3人は慌てふためきながらも迷宮の出口を目指して走り出す。




「うおお!? 通路が崩れたああ!!」


「折れた剣捨てろよ邪魔だろー!!」


「ふ、2人ともはや……あ」


「「け、賢治ー!!!」」



 地上の光はまだ遠い。

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